第130話 ドタバタ劇

 グラブダブドリップ敷地内に侵入して。

 ”バクの腕輪”を使ったのは、ソフィア、ジョニー、ラットマンの順番だった。



 ソフィアの頭に腕輪を載せると、見えてきたのは豪奢絢爛な屋敷の一室。

 それと、今と違ってお姫様のように着飾った彼女の姿である。

 アルやステラの時と同じく、その後何ごとか起こるだろうと思って二人、ぼんやりと待っていたが、特に何も起こらなかった。

 やがて、ソフィアがぽつりと言う。


「私がこんな格好してたこと、――仲間のうちの誰かに話したら、あなたを殺します」


 それで彼女の回想は終いだった。

 案外、そこまで大きなトラウマを抱えていない人はそういうものなのかもしれない。



 続けて、ジョニーと名乗った寡黙な男。

 彼の心象風景は、どこかの荒野らしい。

 まず地平線まで延々と続く黄土色の大地が見えて、次にすぐそばで斃れている、首を撥ねられた二頭の馬と、カラカラに乾いたとある夫婦の骸が視界に入った。


 ジョニーは少し目を細めて、


「――十二の、ころ」


 と、呟く。


「ギャング、きた。俺、――……ここで、放置。通りがかった行商人、救われた」

「そうか。……」


 ジョニーは、少し天を仰いだ。

 京太郎は目をそらして、初対面の相手にこういうところを見られるのはどうなのかと思う。



 三人の中でもっとも悲惨だったのはラットマンであろうか。

 この街とは根本的に建物の作りが違う、ずいぶんと粗末な木造アパートと思しき一室。

 幼い彼の、その有様は、――とても見られたものではなく。


 彼の”ご主人様”は、少年の血が穢れていると詰り、自分は、彼に何をしても良いのだという倫理観の持ち主らしかった。

 醜悪な正義と性欲とが結びついた瞬間ほど、始末におけなくなるものはない。


 さすがの京太郎も、それに介入しないわけにはいかなかった。

 京太郎は幼きラットマンを”ご主人様”の手からひったくり、逃げるようにその館から飛び出した。


 京太郎の背中で、少年は呟く。


「たった一人で良い。あんたみたいに考える人が、身近にいてくれりゃあなァ」


 しばしの、間。


「……っつっても、あの男からは、家宝の”マジック・アイテム”を奪ってやりぁした。お陰でいまの拙者がいるんでござる」


 そしてまた、数十秒の間。


「でも拙者はまだ、救いがあった方さ。今んとこ人生が楽しくてしょうがないし。なにより、――姐御がいてくれた……」



 全てが終わって、京太郎たちはお互いの顔を見合わせる。

 場所は、魔導施設の裏口から入ってすぐ。用務員の休憩所と思われる空間だ。

 出入り口をサイモンやステラが見張っていて、ソフィアのパーティメンバーがそれぞれ床に寝かされている格好である。


「時間は、――どれくらい経ちまして?」

「十数分もたってない。あまり手間取らなかった」


 こうして考えると、アルのようなパターンの方が珍しいのかもしれない。


「ですか。――なんだか……百年くらい経った気がしましてよ」


 ソフィアが嘆息し、埃を払って立ち上がる。他のメンバーも同様に。

 どうやらこの中で、一番落ち込んでいるのは京太郎であるらしかった。


――どうせなら、本当に”なんでもあり”にしてくれよ。……”機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ”。


 彼は自身を、「安全装置」とした。

 世界の終末を察知して、自動的に正しい方向へ軌道修正する「安全装置」だと。

 だが、完璧な装置ではない。そもそも完璧な”マジック・アイテム”などないのだ。”造物主”ですら万能にほど遠く、過ちを犯すことは、この世界においてはとっくの昔に証明されている。

 という大前提は、”勇者”たち全員の共通認識だった。

 こういう言葉がある。


 この世界は一種のドタバタ劇スラップスティックに過ぎず、そこには悲劇などというものはない。ただ喜劇があるだけなのだ。


 と。

 「マジになりすぎるなよ」と、”機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ”は言った。


――世界を深刻に捉える必要はない。

――世界の方は、ぼくたちのことを深刻に捉えてくれてはいないんだから。


 もし、この世界がトツゼン終劇となっても、哀しむ人は誰もいないさ。

 そう断ずる彼に、その時の京太郎は何も言えなかった。

 だが、今ならこう言えるだろう。

 少なくとも、私は哀しい、と。


「……大丈夫、か? 立てる、か?」


 はっとして顔を上げる。

 ジョニーが、その硬質な顔面を少し崩して、京太郎に手を差し伸べていた。

 京太郎は弱々しく笑って、助け起こされる。


「俺、気付いた、ある」

「なに?」

「お前、”腕輪”、あまり使うな」

「……なんで?」

「恐らく、危険。リスク、ある」

「リスクって」

「俺たちは、いい。心の闇、いつも供にある。だが、お前、違う。はじめて。それ、ぜんぜん、ちがう」


 まあ、言いたいことはわかる。

 人の心の闇に触れて、それでもニコニコしていられるほど不感症ではない。


「でも大丈夫だよ。そこまでヤワではない」

「その考え方、危険。身体、簡単に壊れる。心も、簡単に壊れる」

「……ふむ」


 京太郎は頷く。不死の”探索者”らしい考え方だと言えた。


「お前に”腕輪”与えたやつ。仲間、違う。たぶん、お前、操るつもり。そういうやつ、俺、詳しい。使えなくなったら、すぐ捨てられる」


 それは、……まあ、ある程度織り込み済みだ。

 あの奇妙な赤髪の少年を、……そしてその持ち主、ユーシャ・ブレイブマンとやらを根っこから信用している訳ではない。


「了解。――なるべく”バクの腕輪”は使わないことにする。」

「うむ」


 そこで、ステラがうんざりしたように言った。


「日が暮れちゃうわ。……あたしなんだか、お腹も空いてきたし。お昼前までには終わらせちゃいましょ」


 京太郎とジョニーは同時に頷いて、部屋を後にする。

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