第129話 伝導体

 京太郎が”魔導施設”を初めて目にしたのは、ケセラとバサラ、……あの、双子のハーフリングのクエストを受けた時だったか。

 囲いの中で草を食む、透明な牛(?)めいたもの、どういう理屈かたてがみと尾がめらめらと燃えている馬、光り輝く蟲のようなものの群れに、三つ首の黒い犬。


 もし自分が、誰かを連れてこの街を案内するのなら、まずはここだと思う。

 そう思わせる程度には、観光者の目を楽しませるものに溢れているのだ、この場所は。

 牧歌的で、それでいてどこか刺激的で、何より土産物屋が充実している。


 もちろん訪れて楽しいのは、あくまで観光目的で訪れた場合。

 今の京太郎たちはそうではなかった。

 人間がいなくなった今もこの場所は、悪意を持った侵入者を生きて返さないための各種防衛術が施されている。無理もない。この施設は街の心臓部だ。ここが何かの不具合で稼働しなくなれば、火と灯りと水の供給が一度に絶えることになる。生活は全く成り立たなくなるだろう。すでに今、それに近い事態になりつつあるが……。


「”魔導線”なら、まだ働いてるはずですよ」


 ソフィアはそう断ずる。


「しかし、街は竜の光線で……」

「それは見ました。ですが”魔導線”そのものが根っこからまったく使い物にならなくなるようなことは、基本的にはないのです。あれはそう簡単に傷つくようなものではないし、もし傷ついても自然と修復されるようになっていますから」

「へえ。……まるで生き物みたいなんだな」

「おっしゃるとおり。生き物ですよ」

「え?」

「”魔導線”の正体は、――というと少し語弊がありますが。あれはもともと、街下に張り巡らされた”世界樹”の根なのです」


 口を挟んだのは、ステラであった。


「ええっ! そうなの? 知らなかった!」

「でしょうとも。――”魔族”のお嬢さん。これは、この街の人間でも一部の者しか知らないことです」


 京太郎は腕を組む。


「なんとなく、”魔導線”は……何かの金属、たとえば銅かと」


 もちろん、電線のイメージである。実際、街の中で見られた”魔導線”は電線とほとんど見分けが付かなかった。

 ソフィアはくすくすと笑って、


「どこからきた発想かわかりませんが、――銅は魔力伝導体としては極めて非効率です。本当はミスリル銀などがいいのですが、一般に出回ってるのはゴム線などですね。急ぎの設営などでは流水や木の蔦なども使われます」


 魔力伝導体。

 なんか電気伝導体みたいな言葉がでてきたが。


――たしか、理科の授業だと木は絶縁体だと聞いたことがある、ような。


 まあ魔力伝導体だからな。

 電気とは違うからな。

 よくわからんけど、便利だな、魔力。


「なるほど。街の下に自然の伝導体が張り巡らされているなら、――」

「当然、それを利用しない手はないでしょう? いかな”世界樹噛み”が恐るべき力を行使したとしても、世界を支える巨樹の生命力を根こそぎ破壊することはできません」

「なるほどね……」


 道中、ぽつぽつ話しながら、一行は北西部の外壁に到着する。


 グラブダブドリップ北西一帯を締める”魔導施設”は、一際頑丈な三重の外壁に囲われていて、それぞれ役割を与えられている”魔物”たちが飼われているという。

 もちろんこちらから中を覗くことはできない。京太郎が以前見かけたのは、あくまで観光客向けに解放されている見世物用の”魔物”たちらしい。


「いいですか、坂本京太郎。あと”魔族”のお嬢さん。我々がする仕事は単純ですワ。施設内の心臓部にある”魔導線”に、私の”マジック・アイテム”を接続します。……それで、街の中のワイバーンを一掃することができるでしょう」

「心臓部……と言われても、どういうところなんだい」

「中に入れば、すぐわかります。今もそこでは、街に向けて魔力を送り込んでいる”魔物”たちが接続されているはずなので。そこからなら、街の中を余すことなく私の”マジック・アイテム”の影響下におくことができるでしょう」

「ちなみに、……君の持ってる”マジック・アイテム”というのは?」


 ソフィアは、人差し指をちょっと唇に当てて、


「ひみつ」

「ひみつって……いや、そんな可愛い仕草ひとつでは騙されないぞ」

「それでも、――ぎりぎりまでひみつです。善き”探索者”は、自身の”マジック・アイテム”についてあまり人には話さないものでしてよ」

「ふーん」


 京太郎は微妙な顔でうなずく。


「何にせよ、私が無傷で”魔導線”の中心部にたどり着ければ、ミッションコンプリートということ。おわかり?」

「かしこまりました、お嬢様」


 嘆息混じりに言う。


「ちなみに、潜入するチームは?」


 京太郎はすでに、”バクの腕輪”の力について話している。もちろんそのデメリットも。

 志願者は、――残念ながら少ない。というか皆無に等しかった。

 不死の”探索者”が最も恐れるのは、自らの肉体が傷つくことではない。自身の魂が何者かに汚染されることであるためだ。


 だが、ソフィアが口添えしたからか、彼女が必要とする最小限の人材は揃ったらしい。


 一人は、さきほど京太郎から『ルールブック』をかっさらったラットマン。

 それとジョニーという、がたいの良い、どこかインディアンめいた格好の男だ。

 もちろんそれにサイモンとステラもつく。シムは居残って壁外での戦闘を手伝う予定だ。


「では引き続き、北壁一帯で暴れているワイバーンの掃討をお願いします」

「わかった」


 応えたのは、アクシズと名乗った偉丈夫である。どうやら彼が副リーダー的ポジションらしい。

 長身のアクシズは、いったん京太郎を見下ろすように立って、そして目線を合わせるようにかがむ。


「”正義の魔法使い”」

「ん?」

「俺たちの街と、――それと、俺の友だちを頼む」

「善処する」


 そういうと、男はいかつい顔に似合わぬ魅力的な笑みを作った。


「おまえの命は三番目でいいからな」


 それが、彼なりの微妙な皮肉だと気付いたのは、京太郎が”魔導施設”の裏口を開けた時のことである。

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