第128話 協力態勢

「どうも、――お世話様です」


 ソフィアは、例の”ユニコーンの鎧”を身につけている。

 胸から腰、尻のラインにピッタリ張り付いたそのデザインは、ぶっちゃけ端から見ていて「裸とどう違うの?」といった感じだ。

 とはいえ、そのブロンド髪の”探索者”は、少しもいまの格好を恥じている雰囲気はない。


「調子はどうだい」

「どうもこうも、――」


 ソフィアは頭がきりきり痛むのか、神経質そうに眉間を抑える。


「なんでこんな、厄介なことに……街の中は本当に大丈夫なのですか?」

「外から確認できないのかい?」

「グラブダブドリップは四方を外壁に阻まれていますので、――それに今、街に入ろうとすると、例の呪いが降りかかるでしょう?」

「呪い、――か」


 なんとなく、そういう禍々しいイメージの言葉を使って欲しくなくて、


「あれは呪いとは違う」

「では、病気でしょうか」

「病気とも違うな。――そういう術なだけだ」

「で、あれば、解く方法があるはず」

「ああ。それはいま、アルのやつが頑張ってくれている」

「アルバート先輩が?」

「うん。――”迷宮”の”魔女”と交渉して、彼女の一時的な庇護を受けているはずだ」

「……………………」


 ソフィアは目を細めて、京太郎を見ている。少なくとも信用しているふうではない。

 とはいえこの話は、事前にシムから聞かされているはずなのだが。


「”魔族”と”人族”が共存できる都市、あるいは国を創る。――あなたは先日、そう言っていました」

「ああ」

「この展開、――すべてあなたの手のひらの上のことでは?」


 京太郎はちょっとびっくりして、


「そう思うかい」

「思いますね」


 ソフィアははっきりと言った。


「いま、あなたの目的にとって、少し都合良く進みすぎている気がします」


 京太郎がまったくそういう風に思えないのは、――いちばん思い通りになって欲しかった女性に裏切られたためだろうか。

 少し視線を地に落とし、


「すまない。――いま、君に身の潔白を証明する手段はないんだ。ただ一つ確かなのは、私の手札だけでは、この街の人々を救えないということ。そしてこのままでは、悲惨な結末が待ち受けていること。それだけだ」

「どうだか」


 ソフィアは、自分の背中に控えている仲間たちを見る。

 その顔には、見覚えがあるものもちらほら。ちょっと意外だったのは、あの人懐っこいロアの姿がないことだ。


――彼はやられてしまったのだろうか。


 という京太郎の心配は、まったくの杞憂である。

 京太郎がそのことを知るのは少し後のことになるが、彼は今、無敵の”スタン・エッヂ”を使ってワイバーンの群れを食い止めてくれていた。今のところ彼は、たった一人でちょっとした街を興せるくらいの戦果を上げている。


「私には、――仲間の安全を守る義務があります」

「なるほど」


 そこで京太郎は、いつも肌身離さずにいた『ルールブック』を開く。

 一瞬、ソフィアと(彼女の側近にいる仲間たち)が警戒しかけたが、


「少し待ってくれ」


 そして、


【管理情報:その7

 ルールブックはかんりにんいがいさわれません。さわるとビリッとしびれます。】


 このルールに、


【補遺:管理人が「もういい」と言うか、元の世界に戻るまでこのルールは無効とする。】


 と書き込む。

 そして、それをソフィアにぽんと手渡した。


「――え?」


 彼女はぎょっとして一瞬、その手を離す。

 だが考え直したのか、やはりそれを受け取った。


「……良いのですか?」

「構わない。というかまあ、ぶっちゃけしばらく使う予定がないし。もし必要になったら返してくれよな」

「一生、返さないかも」

「でも、たぶん中身見ても何書いてるかわかんないし、使えないと思うよ」

「――魔術関連の言語を解析する学者なら、知り合いにいます」


 日本語が”魔術関連の言語”なのかどうかは置いておいて。


「ま、そうなったら自力で取り返すよ。……だが少なくともこれは、信頼の証ってことにならないかな?」

「……う、うむ……」


 ソフィアは、少し悩んでいるようだったが、彼女からひったくるように、


「結構、結構でござるぞ」


 と、背の低い男が本を手に取る。

 彼の名は、――たしか”ラットマン”と言ったか。

 ”亜人”の血を引くという彼はちょっと陰気だが、しゃれっ気を出せばまあまあ観れるくらいの容姿をしている。彼を一言で紹介するならば、チビで男前の陰キャ、というのがわかりやすいか。どうもアンバランスな印象だ。


「この文字は、……どうも見慣れぬ形でござるが。――ふむ。中央府で使われている言語に似ていますな」

「ちょっと、――ラットマン。わきまえなさい」


 京太郎は苦笑して、


「いいんだ。――それより、話を先に進めたい」


 ソフィアはしばし苦い顔をしていたが、……本の解析のために一瞬で奥に引っ込んだラットマンを見て、嘆息混じりに頷く。


「……わかりました。今回だけは信じましょう。……アルバート先輩も信用してるみたいですし」


 ふと気付いたのだが、この子、アル・アームズマンの話をする時ちょっと嬉しそうなのは何故だろう。


――仲良しなのかな?


 まあ、それはともかく。


「君の指揮下にいる”探索者”は?」

「かなり減りましたが、70人ほど」

「うち、不死の者は?」

「全員です。――”紋章”のない者は逃がしました。不思議とワイバーンたちは、逃げる者を追わない習性があるようなので」

「それは妙なことなのかな?」

「逃げる背に嗜虐性をかき立てられるのは人間だけではありません。生き物がもっとも獰猛になるのは、無力な逃亡者を追う時なのです」


 それは、どこかで聞いたことがある、ような。

 京太郎は、少し指を手に当てて、


「我々はこれから、街からワイバーンを一掃してしまいたい」

「……でしょうね」

「なお、さっき君らに託した本の力で街の人はみんな”無敵”になっている。そのためどのような打撃・魔法も受け付けない。対するワイバーンは”無敵”の術の適応外とした。――ここまではいいかい?」

「ふむ」


 ソフィアが驚いている様子はない。先日、彼女に見せた『ルールブック』の力を信じているのだろう。


「だが知っての通り、ほとんどの”探索者”はグラブダブドリップの街には侵入できない。例の術の影響でね。こればっかりは例の本の力でもどうしようもないんだ。……できればこの手勢だけで、街の中のワイバーンを始末したい。――難しいだろうか?」

「つまり。街の外からワイバーンに遠距離から攻撃する手段が見つかればいい、と」

「ただの遠距離攻撃じゃ駄目だ。やつらを一掃できるくらいの威力がほしい」


 ソフィアは、深く嘆息する。


「あなたそれ、鈴なしで”ブラインド・ボール”をするようなものじゃないですか」

「ブライン……? いや、その競技の例えは良くわからんけど」


 しかし、言葉とは裏腹に、ソフィアは口元に笑みをたたえている。


「ただまぁ、――私の頼りになる仲間がいれば、……難しくないかも、ですワよ?」

「ほんとぉ?」

「ええ。――でもそのためには、いまワイバーンどもが守ってる、とある施設を取り返さなければ」

「……その、施設とは?」

「この街に住んでいるなら、あなたも一度は見かけたことがあるでしょう? ――”魔導施設”といって、この街の”魔導線”が一堂に集まっている場所です」

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