第127話 北の門へ

 主を失った”ワイバーン”たちは一時、混乱した様子を見せたが、平静を取り戻すのは早かった。

 どうやらニーズヘグによる使役魔法とは別個に、何らかの洗脳が行われているらしい。


 できる限りワイバーンに対応できる人員を増やしたかったが、それには”バクの腕輪”を使う必要がある。――正直、あまり効率的ではないのだ。


「さァて。どっから手をつけたもんか……どうする? 旦那」


 一応、ニーズヘグを始末した後すぐにサイモンを起こしている。

 ”バクの腕輪”を使ったところ、彼の心に植え付けられたトラウマはわりと新鮮なアレであった。京太郎はそのことについて詳しく語るつもりはないが、おしりの穴には意外なほど大きなものが入るという知識は得ている。


 今、京太郎は、ステラ、サイモンを供に、北の外壁の内側を”ジテンシャ”で移動していた。

 ひどい有様である。このあたりでは多くの屈強な”探索者”たちがばたばたと倒れていて、ワイバーンたちの玩具にされていた。

 もちろん、”無敵”ルールのため誰も傷ついてはいないが……その武装や”マジック・アイテム”の類はことごとくぼろ切れのようにされている。


「ワイバーン全体の数はどれくらいだろう」

「さあ? さすがに数えらんないわよ。数千匹くらいかな?」

「ふむ……」


 数千、か。

 正直、人間の認知能力を超えた数だと思う。

 京太郎の好きな動画配信者が「視聴者も千人超えたあたりから、ただの数字になる」みたいなことを話していたのを思い出した。


「個別に対応している余裕はなさそうだ」

『どうにか一掃する手段があれば楽なんだけど』

「難しいな」

『わかってる。――もう一人の”管理者”に書かれたルールは上書きできないんでしょ?』

「どうやらそうみたいなんだ」


 それができれば、もうちょっと楽できたのだが。


「ただ、ワイバーンたちは街の”無敵”ルールの例外にはできるから、こっちは一方的に攻撃することができる」

『問題は、――それをする人手、よね。どーする? おばーちゃんに頼んで、”ゴーレム”の軍団を一部、こっちによこしてもらおうかしら?』

「いや。それはいい。彼らには救助に集中してもらう」

『でもどっちにしろ、いずれはぶつかることにはなるわ』

「そうなる前に連中をなんとかしたいな」

『はいはい』


 そこで、サイモンがボンヤリした顔でこちらの顔を見る。


「えっと、……旦那の言葉はわかるんだが、嬢ちゃんの言葉がわからないなあ。……それ、何語?」

「ああ、――”魔族”の言葉を使ってるだけ。あたし、”魔族”だから」


 そしてステラは銀髪をかき上げ、尖った耳を見せた。


「って、……デエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」

「どうする? ”魔族”とは組めない!」

「ぐへ!」


 サイモンはなんだか、お腹を殴られたみたいに唸って、


「……俺だって男だ。一度言った言葉を撤回したりせん」

「あら、そう。――そう言える人って、わりと珍しいのよ」

「だってそりゃあまあ、……うーん。なあ旦那、俺たちは正しいことをするんだよなあ。なんだか急に、足下がぐらぐらしてきた気分だよ」


 京太郎は無言で頷く。

 とはいえ、これら全ては異世界人である自分たちが招いたことでもある。負い目がないわけではなかった。


「……バカねー。悪意があるなら、あんたのことだって助けないし、街の人を救助だってしないわよ」


 そんな京太郎に気付いているのかいないのか。ステラはフォローするように言った。


「”魔族”は”人族”と仲良くなりたいの。そうじゃないと絶滅するから。――合理的でしょ。他に説明する必要、ある?」

「いや、……ない。……けどじゃあ、今回の”勇者狩り”は、……」

「そーするのがイヤだって人間もいるってこと。わかるでしょうが」


 もちろんこれは半分嘘だ。

 だが、間違ってもいない。


「あのおっぱいのでけぇ女は”マジック・アイテム”を使っているように見えた。……うん。なるほどな」

「わかってもらえたかしら?」

「まあ、……一応な」


 サイモンを納得させられるのであれば、一連の作戦も上手くいく見込みはありそうだ。


 北の防壁には、西と東にあるものに比べて一際大きい通用門がある。

 馬車であれば三台は同時に行き来できたであろうその門は、普段は数多くの行商人たちで賑わっていることが窺えた。

 門の周辺には行商人向けの大きなテントが大量にあって、その少し奥まった場所には市場と思しき空間が広がっていた。

 もちろん今は人気はなく、ゾンビのようなうめき声があちこちから聞こえているだけだが。


 京太郎たちは、いまは所在なさげにしている馬や驢馬たちを素通りし、門周辺にある階段を昇った。

 らせん状になっている石組みの階段を昇りながら、


「ええっと、俺ぶっちゃけよくわかってねーんだけど、この後どーすんだっけ?」

「門を開ける。――そして外の”探索者”たちと合流しよう」

「それ、不用心じゃないですかね?」

「ワイバーンは空から街に侵入している。一緒さ」


 街の外は”無敵”ルールの範囲外であるため、今も”探索者”たちが戦っている。

 その証拠に、ここに至るまでで、いくつかの魂魄が街の教会まで飛んで行くのを見かけていた。


 門は鋼鉄の落とし格子になっていて、見張り台に備え付けられた回転式のハンドルを回すことで開け閉めする仕組みらしい。

 サイモンに頼んで城門を開けてもらうと、外で活動しているシムが手を振っているのを見た。

 一応、彼には再び《擬態》してもらって、その上で外で戦っている”探索者”と話をつけてもらっている。

 見張り台から顔を出し、門の前にいる人を確認すると、


「……お」


 見覚えのある人々が。

 ソフィアと、その”探索者”パーティの面々であった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――


はいどうも。

またまたしゃしゃり出てしまってすいません、作者です。


なんだかもう発表してもいいみたいなのでお話させていただきますが、

レジェンドノベルス様にて来年刊行予定の『終わるセカイの救い方(仮)』に続けて、

ただいまご覧になっている『32歳、《ルールブック》片手に異世界救世紀行』も1月30日(水)、ファミ通文庫様にて書籍化するようです。


バ…バカな…簡単すぎる…

あっけなさすぎる…………


と自分でも思っちゃうくらいのスピード刊行、私じゃないと見逃しちゃうね。

……いや実際、想定していたより半年~一年くらいお声かけいただくのが早くて、自分でも驚いています。


ちなみに、イラストは冬ゆきさんというお方。

モブキャラにしか見えない京太郎と主人公感あるシムくんという、素晴らしいプロのお仕事にご注目です。


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