第119話 大きな貸し

『うっがああああああああああああああああああああああああああああッ! いっそ殺せぇえええええええええええええええええええええええええええええええ』


 体操選手を思わせる見事なアーチの海老反りで、ステラが絶叫している。

 格好だけはかなりセクシーなのに、絵面は完全に『エクソシスト』であった。

 そのすぐ横では、


「落ち着いて、落ち着いてステラちゃん! がんばれがんばれできるできる気持ちの問題だから!」


 そう叫びながら、アンドレイが”教会”のシンボルを模した何かを掲げている。

 対するステラは、泡を吹きながら白目を剥いていて、


『ぎええええええええええええええええええええええええええええええッ! 無理もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 地獄絵図だ、と思った。

 京太郎はベッドのそばによって、


「……どういう状況?」

「彼女の中のトラウマが、思ったよりも大きくって……薬だけじゃあ回復してくれないから、ちょっと色々試してるところ」

「そうか」


 京太郎は短く言って、”バクの腕輪”がある方の腕をステラに近づける。

 ちょうどシンボルマークが描かれてる部分をステラの頭に当て、――アルにした時と同様に、意識を集中しようと、して……。


『やめろぉ!』


 ステラはすぐそれを払いのけた。


『き、きやすく……あた、あたしのなかに入ってくるな、ぼけー!』

「しかしな、ステラ。――このまま君を放っておくわけには」

『あんたのワケワカラン道具の力など借りなくてもねえ……気力でどうにかしてみせるから……っ!』


――わりと元気じゃん。


 褐色の少女は、生まれたての子鹿のような足腰でぷるぷると立ち上がろうとする。


『ぐぬぬ……ぐうう……』

「がんばって! トラウマに立ち向かうのよ!」


 三十秒ほどたっぷり時間を掛けて、ステラは食いしばる歯の間からよだれを垂らしつつ、不安定なベッドの上で遊んでいるみたいに立ち上がった。


『ど……どうよ?』

「どうって言われても」


 京太郎はちょっとだけ意地悪な気持ちを発揮して、軽くステラを押してみる。

 すると彼女は、すてーんとベッドの上で転がって、


『かつての黒歴史があああああああああああああああああああああああああああ』


 と叫びながら再び海老反りになった。


「ダメみたいですね……」

「でも、ないわ」


 アンドレイが嘆息する。


「一応、ライカちゃんの加護がかかった薬酒を与えたから、時間を掛ければ良くなるはず」

「ライカ? ”反魂の勇者”の?」

「ええ……昔ちょっと、恋の相談を受けたことがあって。そのお礼に」


 マジかよ、すげーなこのオカマ。


「その”薬酒”とやら、どれくらい残ってる?」

「……。私たちの分だけで使い切ってしまったわ」

「そうか」


 京太郎は嘆息して、

 

「時間がたっぷりあるわけじゃない。――やはり、私が」

「やめてあげて」


 アンドレイが寂しげにそれを制止した。


「仲が良いからこそ、知られたくないことってあるわ」


 だが、残念ながら彼の忠告を受け入れてやるには、事態は切迫しすぎている。


「では、本人に決めさせよう。……ステラ?」

『………………ウウウ』


 ステラはベッドの上で横たわり、手負いの狼のように唸っている。

 それだけでも実は、わりと大したモノであった。

 ”あの”感覚を一度でも味わった者ならわかる。十年に渡って拷問を受けた後、ようやくそれが終わったと思ったら再びもう十年拷問を受けると宣告されたような……そういう虚脱感。

 ヒトの心で御しきれるものではない。

 京太郎は、彼女の耳元に口を寄せて、睦言のように囁いた。


「ステラ。やっかいなことになった。敵はもう一人の”管理者”だった。……つまり私の、……同僚ということだ」

『……ウウ……』

「知ってるかもしれんが、いま、街を馬鹿でかい竜が襲っている。一刻も早く奴を始末して、ついでにもう一人の管理者を捕縛したい。……そのためには、君の力が必要なんだ」

『…………ぐ、うう………』

「完全に回復を待ってから参加するか。――私を受け入れて、すぐに気力を取り戻すか。選んでくれ」

『………うう……………』

「どちらを選んでも君を恨まない。……だが、」

『…………う………………』

「できれば、――手伝ってくれ。わがままをいってることはわかってる……でも」

「ぅうう…………」

「私の惚れた女性が、間違ったことをしようとしているんだ。止めさせてくれ」

『ぐう………』


 ”魔女見習い”の少女は、最後に小さく唸った後、しばし黙った。


――やはりダメか。


 無理もない。アルの一件で良くわかった。心と心を繋げるのは、ある種のリスクがある。彼女がそれを感覚的に理解しているなら、受け入れてくれるかどうかは五分五分か。


『…………や、』


 しかしステラは、泥を吐くように言った。

 一瞬だけ、「イヤ」の「や」かと思って落胆するが、


『やりなさい………はやく!』


 彼女は、どこまでも誇り高く、そう言った。

 そして、自らの手で”バクの腕輪”を引き寄せて――


『でも、この貸しは、――でっかいわよ……!』

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