第117話 逆転の一歩

 はっと目を覚ますと、実に不機嫌そうな表情のアル・アームズマンと目が合った。

 彼は自分の頭の上に京太郎の手が載っかっていることに気付いて、忌々しそうにそれを払いのける。


「――最後、どうなった?」


 最後? と首を傾げようとして、イメージの世界での出来事だと思い出す。


「ああ。――私が宇宙最強の術を使って君を消し炭にした」

「嘘だ」

「そっちが覚えてないなら、そういうことだろ」

「ぐぬ……」


 小男は、野良犬に噛みつかれたみたいな顔で、


「……まあ、いい。ぼくは何をすればいい?」


 あっさり切り替えた。どうやら彼なりに”協力する”方を優先してくれているらしい。

 まだその辺でサイモンとカークがウンウン唸っているのをチラとみて、


「ぼくを最初に選んだと言うことは、急いでやるべきことがあるんだろ」

「ああ。――君はなるべくニーズヘグに気付かれないよう、一人でも多くの街の人々を救出してくれ」

「それは構わないが、この街の人間と言ったって、何人いると思ってる。一人一人助けたとしても効率が悪いぞ」

「人手のアテはある」


 実を言うと、救える人数そのものは問題ではなかった。

 他ならぬ”国民保護隊”の英雄が協力してくれること……それ自体に意味がある。


 アルは数秒ほど、内心を探るべく、じっとこちらの顔を見ていたが、


「まあ、よかろう」


 納得と疑いの半分半分、といった感じで頷いた。


「……二つ、疑問がある」

「なんだ」

「救出するといっても、どこへ連れて行けばいいかわからない。外壁の外へ向かえばいいのか?」

「それはわかりやすい。街の真ん中にある、――”魔王城”へ」

「……なんだと?」

「あそこならニーズヘグも手出ししたがらないみたいだし、……どちらにせよ奴は、私が早めに対処する」

「それはいいとしても、……”魔王城”には大量の罠が仕掛けられているぞ」

「問題ない。


 京太郎は真っ直ぐアルを見て。

 その後何か、自分を正当化するための言葉を重ねようか迷ったが、


「わかった。この一件に関しては、全面的に貴様を信用することにする」


 三白眼の男はあっさり頷いた。


「しかし、”魔王城”に連れて行ったとて、この街の人間が救えるとは思えん」

「それは心配ない。さっき私も心配になってちょっと調べたんだが、――この、気力を奪われる現象は街の中にいる人間にのみ起こっているらしい」

「なるほど。”迷宮メイズ”の中なら”グラブダブドリップ”ではない、から……」

「そこまで避難できれば、元気を取り戻すってことだ」

「ふむ。明快だな」


 アルは片眉をくいっと上げて、


「しかし、……リカはどうする。――あのヘンテコな牛乳ウシチチ女の目的は、リカを殺すことなのだろう?」

「それは問題ない。彼にはスマホで連絡済みだ。今はウェパルの気が逸れるよう、遠方に誘導してもらってる」

「なるほど」


 そしてアル・アームズマンは立ち上がり、どうやら”憂鬱ルール”の適応外らしい馬を呼び、それに跨がった。

 そして、馬上から貧民を見下ろすような目つきで、


「では、貴様の言う”人手”のいる場所を指定してくれ」

「避難所と同じ。”魔王城”だ。いまはそこに集まっていて、君の指示を待ってる」

「わかった。じゃあな」

「ああ」

「――それと」

「ん?」

「まあ、いろいろ努力しているのは認めよう。……必ず全てを救うぞ」

「わかってる」


 そしてアル・アームズマンは、ぱっと手を差し伸べた。

 京太郎はそれを掴む。骨張った、筋肉質の手だった。

 一時反目し合っていた男との友情、……みたいな展開を期待したが、


「だが全てが終わった後、必ず貴様を殺す」


 それだけ言い残して、彼は猛々しく馬を駆り、走り去っていくのだった。



「さて、と」


 京太郎は、埃にまみれた両手をぱんぱん払って、カーク・ヴィクトリアとサイモンを見下ろす。

 サイモンだけでも起こしてやりたかったが、――果たしてその時間を使っている暇はあるか。


――悪いが、こいつらは……後回しだな。


 まず、優先して進めなければならない作業がある。

 アルたちが大手を振って救助活動を行えるよう、一刻も早くなんとかせねばならない相手。

 いまは、世界樹の横で日向ぼっこしながらグースカ寝息を立てている黒竜、ニーズヘグ。

 奴を始末するのだ。


 残念ながら”侍龍”は破れてしまった。

 しかし完全に命を絶たれたわけではない。恐らく何らかの固有魔法を受けて死にかけているのだろうが、そうなったとしても必ず再び立ち上がってくれると信じていた。


――さて、


 小声で「”ジテンシャ”」と呼びかけると、ニーズヘグに消し飛ばされた道路の一角から、京太郎がこの世界に来て最初に産み出した友だちが現れる。


『MOOOOO……』


 彼はどうやら白灰をもろにひっかぶったらしく、いまは白馬のようになっていた。だが、身動きが取れない感じではない。恐らくはこいつも”憂鬱ルール”の適応外らしい。

 ニーズヘグはもちろん、ワイバーンの軍団も元気そうだし、どうやら”憂鬱ルール”には例外とする者もいるようだ。


 京太郎は少し考えて、”ジテンシャ”の荷台のところにカークとサイモンを積み込んでから出発する。


――まずは、ステラだな。


 ”スマホ”に出ないところを観ると、彼女もまた”憂鬱ルール”に囚われているらしい。

 京太郎は念のため、『ルールブック』の”ジテンシャ”の項目に、


【補遺12:気配を消す能力は、彼に接触している者にも働く。】


 という一文を書き加えて、走り始めた。


――”竜狩り”はいつもの三人でやる。


 この街を襲う憂鬱の波はいまや街を廃墟に変えている。

 死んだようになった街を、”ジテンシャ”は音もなく駆け抜けた。

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