第116話 三つの武装

 結論から言うと、この勝負は最終的に、――坂本京太郎の勝利に終わるだろう。

 だが、は判然としなかった。

 それは京太郎次第だと言われた。


 誰も彼もを犠牲にして、たった一人だけ生き残ったとしても”勝利”の範疇になる。

 ありとあらゆる手を尽くして、胸の内に不快なものを残して”勝つ”ことだってあるだろう。

 坂本京太郎としては当然、完全に勝つことを求めている。


 だからあの、――”機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ”を名乗った奇妙な少年の望み通りに動く訳にはいかなかった。

 彼はこう言った。


――策を尽くして、うまくいくかどうかは二、三割くらいかな? いずれにせよ、もう一人の”管理者”は殺してしまった方がいい。


 と。

 まったく、冗談じゃない。

 神を名乗るくらいなら、なんでもありのハッピーエンドにしてほしいものだ。


 奴はその理由についてあれこれと長い講釈を垂れてくれたが、――結局のところわかったのは、ユーシャ・ブレイブマンと呼ばれる女”勇者”はある種の壮大な夢想家であり、いずれ始末しなければならない相手だという事実だけだ。

 わりと日和見主義的な京太郎ですらそう思うのだから、彼女は危険すぎる。


 とはいえ”機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ”の力を借りない手はなかった。目的はどうあれ、もらえるものをもらっておくのは次男に産まれたものの性質である。


 京太郎は、自身の右腕に嵌まっている”バクの腕輪”をちらと見て、


――これがいい。実にすばらしい。特にこの世界の道具である点が最高だ。君のセンスで産み出したものではうまくいかないところだった。


 いま、この腕輪は、この世界の基準で言うならば”A級”の力を得ている。これは部分的に『ルールブック』の性能を上回る現実改変能力を持つと言うことだ。

 ”機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ”の力はつまり、である。

 この世界に存在する”マジック・アイテム”の本質にある力を引き出し、強化する。

 この場合は「」力だ。


 いま、坂本京太郎の本体はこの場にいない。恐らくは今もニーズヘグが暴れているであろう、グラブダブドリップの街の瓦礫の上だ。

 京太郎はアル・アームズマンの頭に手首を載っけるような形で彼自身の心に語りかけている。


――この場所は、……アル・アームズマンの心の中。


 つまり、彼が望んだ通りのことが起こる空間だということ。

 そんな世界にいて、京太郎は奴を完全に屈服させなければならない。



「――天の力よ。雷神の力よ。我が意に従い力となりて、――」


 アルの右手の”雷鳴の剣”が、直視できないレベルで発光している。

 そのエネルギーの奔流たるや、ニーズヘグの破壊光線に勝るとも劣らない。

 本物の剣も頑張ればこれほどの力を発揮するのか。それともこれはアルのイメージに過ぎないのか。


 天へと轟く雷光は、アル・アームズマンの両腕でバリバリと光を放ち、今にもこちら側に向けて解き放たれようとしている。


「我が意にそぐわぬ邪知暴虐を、――打ち払え!」


 京太郎は思った。


――”マジック・アイテム”の力を発動する呪文は、使用者が自由に決められるという。


 ということは、つまり。


――この男も、寝る前とかお風呂入ってる時とかに「あ! 今の表現ナイス! メモっとこ!」みたいにして呪文を考えたのだろうか。


 アル・アームズマンが、「喰らえ」とか「くたばれ」とか、たぶんそんな感じのことを叫んだ。風を裂く轟音で当たりは突風が吹き荒れているため、具体的に何を言っているかはわからない。


 光の柱が、こちらに向けてゆっくりと倒れてくる。

 ぼんやり考え事をしているうちに、もはや回避するとかそういう段階ではなくなっていた。

 アルは、虐待を受けているゴブリンも、こちらに一瞥もくれずに連中を引き裂いているかつての仲間も、一緒に吹き飛ばしてしまうつもりのようだ。


「……よし。いっちょうやってみるか」


 京太郎は剣を捨てて左手を構え、光の柱に対して真っ向勝負を挑む。

 与えられた”雷鳴の剣”は、明らかにアル・アームズマンの持つそれよりも少しボロい。マトモに立ち会っていれば折れていたところだ。


――ひどいよな。これで対等に勝負しろ、とか。


 案外、戦士というものは、相手の戦力を自分よりほんの少しだけ過小評価したい生き物なのかもしれない。

 とはいえ、特別に焦ってはいなかった。

 使えるものはなんでも使う次男の坂本京太郎は、”機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ”の力を借りて、三つの武装を強化してもらっている。


 一つは、”命の指輪”。

 一つは、”焔の手袋”。

 一つは、”フリー・ジャンパー”。


 かつてステラが買い与えてくれた”マジック・アイテム”。

 ひょっとすると、――彼女がひた隠しにしていた”固有魔法”というのは……。


「誰かの運命に影響する力、……とかだったりしてな」


 ぼそりと呟く。

 光の奔流の中で、京太郎は”焔の手袋”を起動。

 引き出されたこの”マジック・アイテム”の本質は「発熱による破壊」だ。


 京太郎は真っ直ぐ光の柱に向けて左手を掲げる。

 そして、ショップの店主にかなりボられたという羊皮紙に書かれていた呪文を思い出し、唱えた。


「ええと、――火よ。原初の同胞はらからよ。……我が手のひらで、在るべき姿を示せ」


 ちょっと長いな、と思った。

 安全対策なのか知らないが、一秒を争う戦闘時なのだからもうちょっと短い方がいいか、とも。


 しかし、目の前に産み出されたそれが、光の柱を呑み込む超巨大な火球であった時点で即座に思い直す。


「……ウッソ、だ、ろォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 絶叫する。

 想定していた数百倍の大きさとエネルギーであった。

 世界そのものを焼き払わんとする火力であった。


 絵付きの説明書によるとこの術は、火球をぽいっと投げつけて使うと記憶している。


 だが、わざわざそうするまでもなく、京太郎の手のひらに産み出された火の球は、襲い来る光の柱やら得体の知れない”国民保護隊”の試練やらもろもろを呑み込んで、アル・アームズマンを吹き飛ばした。

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