第86話 彼らのシンボル

『あたしが欲しいのは、――そうね』

「世界最強になれる武器、とか?」


 ちっちっち、と指を振るステラ。


『バカねー。そんなの出してもらってもつまんないじゃん。それにそれだと、なんだかあんたの手のひらの上で踊ってるだけって感じがする』

「そうか?」

『あたしはね、自分の実力で最強目指してるの』

「まあ、それならいいんだが」


 ホッと胸をなで下ろす。そもそもそんな願いは叶えられないことに遅れて気付いたためだ。


「じゃあ、……どうする?」


 ここに、京太郎がこの一週間で知ったステラに関する所感を箇条書きにまとめたものがある。

 それによると、こうだ。


【・甘いもの好き。部屋には常に異常な量の甘味が備蓄されている。

・日光浴が好き。暇があれば太陽の下で日に当たる癖があるらしい。お陰様で彼女の日焼け痕はそこだけペンキで塗り分けたみたいにはっきりしている。

・石集めが趣味。どうやら彼女、その辺に転がっている石ころを集めるのが大好きらしい。なんでも良い石ころは武器になるのだとか。だとすると実にリーズナブルな武器である。

・血の気が多い。街で喧嘩が起こると嬉々として見物に向かう。一度など、どさくさに紛れてセクハラまがいの行為をした酔っ払いをぶちのめしたこともある。

・服に拘らない。どうやら彼女のふわふわひらひらした服は何かの魔法がかかっているらしく、汚れはすぐ浄化されるらしい。そのためか、彼女が服を着替えているのを見たことがない。

・自分の容姿にあまり拘りがない。私は未だに、彼女が髪をとかしたり整えたりしているところを見たことがない。なんだか形状記憶合金的な髪質らしく、放っておいても勝手にいつもの髪型に固定されるらしい。

・性に関する感心が強い。本人は大人ぶって隠しているようだが。なお、彼女の性知識はおよそ男子小学生のそれに似ていて、”関心はあるけどよくわからない”というところで止まっているらしい。いちど、「唇と唇をくっつけるとか、ばっちくない?」とか言っていた。】


 このメモ書きは、(本人が読めないのを良いことに)こう結論づけられている。


【本人が話そうとしないので、彼女の正確な年齢はよくわからない。が、生き物の精神年齢というのは案外、見た目年齢に合わせて成長していくものなのかもしれない。

 総じてステラは幼稚すぎる。私の好みじゃないな。】


 と。


 以上の情報から京太郎が予想したのは、

 ”なんかお菓子いっぱい”とか、”組み手用のロボット”とか、”携帯用のふかふかベッド”とか、そういう欲望に直結したアイテムだと思っていたが。


『じゃあ、――あたしたちだけ専用の……チームの証というか、……ブレスレットみたいなの、つけない?』

「ブレスレット?」


 意外な提案に、京太郎は片眉を上げる。


「というと、なんの実用性もない装飾用の腕輪のことだよね」

『基本的には、そうね』

「子供の頃にミサンガが流行ったが……私の故郷ではあまり男がつけるものじゃないんだよなあ」


 男の腕周りのオシャレといえば腕時計と相場が決まっている。もちろん粋にブレスレットをつけている洒落者も存在する。が、自分が如き野暮ったい男にブレスレットとなると、そこだけヘンテコに見えること受けあいだ。


『ねえ、ダメ?』


 ステラが、父性に訴えかけるような口調でこちらを見上げてくる。京太郎は正直嫌だな、と思ったが、約束は約束だ。


「……デザインは?」

『盗まれると嫌だし、高価な素材はダメね。かといって安物の金属は肌に出ることあるし……。できれば革製の、――そうだっ。バクの革を使ってみる、ってのは?』

「ばく? バクというと……」


 頭に浮かんだのは、京太郎の世界にも実在するバクと、――伝説上の生き物である”獏”だ。

 果たしてこの世界のバクはどちらかと思っていると、


『バクというのは、生き物の夢を喰うとされている”魔物”の一種です』


 後者だった。


『わりと人間が住む都市付近に現れるので、よく業者が”クエスト”を出していますよ。バクの革で作った枕は夢を記録できるので、良くできた夢は”夢小説”といって有料販売されることもあるんです』

「そんなんでブレスレット作って大丈夫か?」

『腕輪に加工した場合も、想い出を記録する”マジック・アイテム”にはなりますが……まあ、特に害にはならないかと』

「……なるほど」


 それに、革製ならばデザインを工夫すれば普段使いしてもセーフな気がする。


『で、ワンポイントにシンボルマークみたいなの、入れてもいい?』

「別にいいけど、デザインの案は?」

『もちろんあるわ』

「いかにも”魔族です”って感じなのはダメだぞ」

『わかってるって♪』


 ステラは鼻歌交じりに、部屋の机から七色の色鉛筆を取りだした。鉛筆といえばこの世界においてかなり高価なものなのに、予備の箱が三つもある。


――この娘、絵を描くのか。


 かなり長く付き合ってきたように思えるが、まだ、たかだか数週間だ。当然、知らない側面も山ほどある。

 ステラは、さらさらとキャンパスに絵を描き込んでいった。


『こんなん、どう?』


 それは、人間と魔族が一体化した一つの顔である。

 顔の左半分が”人族”を、右半分が”魔族”を戯画化しているらしい。


「へえ? よく描けたもんだ。君、漫画家になれるんじゃないか?」

『なにその”マンガカ”って。絵描きのこと?』

「こういう可愛らしい絵で物語を紡ぐ職業のことさ。……この世界にはないのかい」

『そういうのは、……ないわね』


 よくわからない褒められ方をしたのがツボだったのか、ステラはぽおっと頬を赤らめている。


「よし、このマークでいこう」


 京太郎は、ステラとシムの手をそれぞれ握って、


【管理情報:その16 管理者は、手を当てて念ずることで、その者にふさわしい装備を自由に産み出すことができる。】


 昨日、ソフィアにも使ったルールを実行する。


 すると、三人の左手首にそれぞれ革のブレスレットが顕現した。

 太さは三センチほど。ワンポイントに先ほどステラが描いたマークが刻印されている。


『うわあっ! 思った通りのデザインね!』


 三人はそれぞれ、自身の手首をまじまじと眺めた。

 京太郎にしても、一見、腕時計に見えないこともないそのデザインに納得する。


「しかし……このデザインで良かったのかい」

『ん。何が?』

「確かステラは、――わりと過激なことを言っていたよな。”人族”なんて片っ端から殺してしまった方がいい、とかなんとか。このデザインだと、”人族”と”魔族”の和平を意味している気がする」

『それは……』


 ステラは視線を逸らす。


『まあ、リーダーの方針に従って、……ぷろふぇっしょなるなデザインをした、というか?』

「素直じゃないやつだなあ」


 すると”魔族”の姫は、唇を尖らせてそっぽを向いた。



 その後の空き時間も、三人は京太郎発案で生み出した”お菓子ガチャ”(この世界で生産されているお菓子がランダムで出現するガチャ)で遊んで過ごす。


 気付けば時刻は五時。

 京太郎は、二人がすっかり元気を取り戻していることに満足した後、異世界を後にするのだった。

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