第85話 善い日
結局京太郎は、その日の夕方までゆっくりと部屋で過ごすことに決めた。
ステラもシムもよく頑張ってくれているし、たまにはそういう日があってもいいように思えたのである。
ステラはまだ気分が悪いと言って、起き上がるのも億劫なようだったが、
【管理情報:その6
管理人が『治れ』と言いながら手を添えた場合、その箇所の傷は全快する。
補遺:その箇所の傷だけでなく全身の怪我が回復し、体内の不調、精神的なストレスなども取り除く。】
そう『ルールブック』に書き込んで、
「――治れ」
と言ってやると、
『うぉおおおッ! なんだか人生の前向きな側面が心に広がってきたぁあああ!』
てきめんに元気になった。
――ストレス取り除くって、なんかちょっと洗脳みたいだな。
場合によってはこのルール、見直す必要が出てくるかも知れない。魔法の力で気持ちよくなるなど、ディストピア感丸出しじゃないか。
とはいえ今は、心の怪我を治した、と、前向きに考える。
「それではっ。いまから二人に、重大発表を行う」
京太郎は少し咳払いして、シム、ステラの前に立った。
元気を取り戻した二人は、新たな仕事を言い渡されるものだと思っているらしく、少し神妙な顔つきだ。
「今から、……終業時刻まで使って一人一つずつ、『ルールブック』で望みを叶えたいと思う」
『はあ? 何言ってんの?』
ステラは、さっきまでギャン泣きしていたことなどどこ吹く風、という調子でふてぶてしく応えた。京太郎はこんな可愛らしい友人ができたことを微笑ましく思う。
『でもあんた、……よくわかんないけど、仕事でこっちに来てるんでしょ? そんなことして怒られないの?』
「現地スタッフへの特別ボーナスってところだ。これも仕事のうち……と解釈する。大丈夫だ」
――多分な。
そういえば、これまであまり私物として『ルールブック』を利用してこなかった。
ひょっとすると怒られたりするかもしれない。
だが構うものか。二人はそれに見合う程度、頑張ったんだから。
「ただその……あんまり大それた影響を与えるものは困る。あくまで個人的な娯楽品のようなものを考えてほしい」
『じゃ、じゃあ!』
シムが素早く挙手した。
『あの……その、”一人一つずつ”っていうなら、……その中にフェルおじさんも含んでいいですか?』
「えっ。フェルニゲシュを?」
『は、はい。……アルの屋敷の一件も、フェルおじさんが指輪ごしに伝言してくれたから成り立った作戦だったんです』
「ああ。……そうだったのか」
そういえば、ロアと飲んだ時にも似たようなことがあったな。
あの時と同じことをステラとシムの間でも行った、ということだろう。
「わかった。フェルニゲシュの望みはあるかい」
『簡単です。「”魂運びの指輪”を改良して、こっち側でも動ける身体が欲しい」とのことです』
「よし」
京太郎は『ルールブック』を開いて、
【名称:魂運びの指輪
番号:SK-7
説明:死者の魂を保存しておける指輪。
指輪の装着者は好きなときに魂と交信することが可能。】
このページを見つけ出す。
この時は巨大な怪獣を目の前にしていたからか、文字がかなり震えていた。
当初、
【補遺:この指輪に封じ込まれた火竜フェルニゲシュは、任意のサイズで顕現することが可能。】
このルールを採用しようとしたが、何故だかうまくいかない。どうやら何かのルールと矛盾しているらしい。
しばらく時間をかけて、何十回ものトライアンドエラーを繰り返した結果、
【補遺:この指輪に封じ込まれた魂魄は、使用者のエネルギーを消耗することで一時的に現実世界へと顕現できる。そのサイズは大きくて五十センチほど。なお、指輪から五メートル以上離れると自動的に魂魄は指輪に再吸収される。】
ここまで条件を限定すれば何とかなることがわかる。
この作業には丸々一時間ほどかかった。
『便利なようでいて、意外と不便ねー、その本』
「魂の扱いにはいろいろと制約があるみたいなんだよなぁ」
『なるほどねー』
シムは改めて“魂運びの指輪を薬指に装着し、
『では……フェルおじさん、出てきてくださいっ』
同時に、シムの薬指から靄のようなものが生み出され、……かつて見た巨竜のインパクトとは比べるべくもない、ミニチュア版の竜が出現した。
『これで、――己れも少しは自己主張できるな』
「しかし君、さすがに外を出歩くことはできないんじゃないのか」
『シムと連れ歩けば問題ない。――この辺ではほとんど見られないが、北方の、竜族が多い地域では”獣使い”の変型で、”竜騎士”と呼ばれる連中がいる。シムは今後、その”竜騎士”を名乗ってもらおう』
「”竜騎士”か」
――何それこの宇宙で一番カッコいい響きじゃん悔しい……。
ちょっと咳払い。
「で、シムはどうする?」
『ぼ、ぼくは……せっかく”竜騎士”になったので、彼らがよく使うとされる槍型の”マジック・アイテム”……に、見える”魔族”用の武器を持ち歩きたいです。そうすれば”人族”のカモフラージュにもなって、今回のようなことも減る……かもしれませんし』
「ふむ」
京太郎は少し考えて、
「もちろんそれは出してあげよう。……だがそれは仕事に使う用だよな。君のご褒美にはならない」
『ご、ご褒美……ですか』
「ああ。特別ボーナスって言ったろ」
『でもそんな。畏れ多い』
「お父さんにするみたいにしばらく抱きついてきたくせに、今更”畏れ多い”もないだろ」
『うう……』
シムはふにゃりと耳をたれて気まずそうにした。今更ながら、さっきの振る舞いを恥ずかしがっているらしい。
京太郎は、シムのふわふわした毛並みが頬に触れていたことを思い出しながら、
「どうだい。さっき一時間も暇な時間があったんだから、何か考えてるんじゃないか」
『ええとその。……ええとその。…………ええと、その』
「”エエトソノ”が欲しいのかい」
『ち、違います!』
シムは立ち上がって、こう言った。
『で、で、では。……ちょっとだけ欲張りますならば……あの、アリアちゃんにあげた”浮遊”の巻物の変型で、……その。まとうと空を飛べるようになる……マントを』
「空飛ぶマント? スーパーマンとかアンパンマンがつけてるような?」
『その、”すーぱーまん”と”あんぱんまん”がどのような方か存じ上げません、が……多分、はい』
「浮遊の巻物じゃ駄目なのかい」
『あれよりできれば、スピードが出るものを。あと、色は濃い青色で、頑丈につくってほしい、です』
『ふむふむ』
『それと雲の上でお昼寝できるような、……暖かい布地で、お布団の代わりになるような……』
「……ふむ」
何だかんだで、いろいろ考えてたのか。
「ちなみに、空の上に浮かんでる雲な。あれ水蒸気の塊だから、乗っかれないぞ」
『えっ! ……京太郎様、雲に乗ろうとしたこと、あるんですか?』
「ない。けど、私のいた世界じゃ常識なんだ」
シムはしゅんと尾を垂れて、
『そう……ですか。なら雲に乗るのは諦めます……』
「いや。せっかくの望みだ、ちょっと考えてみよう」
微笑ましく思いながら、シムの望みを実現すべく、ペンを取る。
「とりあえず、槍。――そしてマントを」
【名称:シムの槍
番号:SK-14
説明:”管理者”の親愛なる友人、シム専用の武器。彼以外には使用できない特注品の槍。
普段はボールペンくらいのサイズだが、戦闘時はシムの扱いやすいサイズへと変型するのが特徴。また、この槍を手にしている間はフェルニゲシュの力を借りることができる。なお、槍そのものに殺傷力はなく、自動的に敵を追尾して気絶させる雷撃を放つのみ。】
【名称:そらとぶマント
番号:SK-15
説明:”管理者”の親愛なる友人、シム専用の装備。彼以外には使用できない特注品のマント。色は濃い青色。布地は厚めで頑丈。だが羽根のように軽い。
このマントの装着者は、思うままに空を飛ぶことができるのが特徴。
また、装着者の身体は常に適温に調整され、どのような外気にも適応できるようになる。ついでに、これを身にまとった状態であれば雲はふわふわの綿毛のようになり、その上で跳んだり跳ねたりできるようになる。】
まず、槍が部屋の中央に落下して、床板に突き刺さる。
それを引き抜くと、もの凄いスピードで”アマノジャクなシロアリ”が修復にかかるのが見えた。
ついで、ばさ、と音を立ててマントも出現する。
シムはそれをふわりと身体にまとって、
『すごいっ! まるで仕立屋さんであつらえたみたい!』
どうやら、彼専用と明記した甲斐があったようだ。
『ねえねえ!』
そこでステラが、我慢できない、とばかりにぴょんぴょん跳ねた。
『はよ! あたしの順番、はよ!』
「わかった、わかった」
先ほどまでの昏い雰囲気は払拭されている。
京太郎はにこりと唇を斜めにして、再びペンを取った。
――毎日命がけなんだ。こういう善い日があってもいいよな。
明日……うまくすれば、”勇者”と会う。
そうしたらひょっとすると、何もかも変わってしまうのかも知れないことだし。
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