第83話 狂人役
気の進まない昼食(誰もテーブルに並べられた肉のおかわりに手を伸ばさなかった)を終えて。
「ところで、――話によると、私たちの疑いはまだ晴れていない、と聞いたが」
「ん? 誰から? ケセラたちではないな?」
「答える理由がない」
「まあ、それもそうか」
アルはあっさり引き下がって、
「疑っていると言っても、今になっては半信半疑だ。――ただ、君たちが”魔族”ではないかというタレコミがあった」
「……そんな、根も葉もない。誰だ、そんなタレコミをしたのは」
「答える理由がない」
アルが、とびっきりの冗談みたいに、唇をゆがめる。
三人の中で、演技が一番下手だったのは京太郎だった。顔面がこわばって、それを「不愉快だ」という風にギリギリで装う。
――裏切り者が誰かによっては詰む可能性もある、が……。
とはいえ、こちらには『ルールブック』がある。イチから出直すことは不可能ではない。
京太郎は撤退すべきラインを慎重に見定めながら、
「……別に、我々は”魔族”ではない。ただ、彼らとわかりあう必要がある、という説を提唱しているだけだ。それを歪んで受け取った者がいたというだけだろう」
「そうかもしれんな」
アルは、内情を悟らせない能面で口元に笑みをたたえる。何もかもお見通しだ、とばかりに。まるでミステリー小説の探偵役を相手にしているようだ。
「ここで正直に、捜査の内情について話させてもらうと、――実を言うと我々はこの一件、”魔族”が関係しているのではないか、と思っている」
「はあ? ”魔族”?」
「昨日殺された一族の者は全て、”国民保護隊”の装備を身につけた者ばかりだった。竜の鱗を使った鎧を貫ける者など、そうそういはしない。そして何より……犯人は、貴重なはずの”マジック・アイテム”を盗まず、そのまま放置した状態で現場を去っている。これは”マジック・アイテム”に興味のない”魔族”ならではの行動と言える」
うーん、と、京太郎は唸って、
「そうか? 言っても”保護隊”の装備なんて目立つようなもの、足が付くのが怖くて盗めないだろ」
「まあ、その可能性もあることを認めよう」
なんだかこの男、こちらの知能程度を試しているようにも思える。
「例えば、ほら。君らに恨みを持つ”探索者”の誰か、とか」
「その線でもしらみつぶしに調べている。――中でも、一番怪しいのは君らだな」
「どうしてそう思う?」
「君たちだけだ、……首脳会議レベルに強固な盗聴防止の術を使っているのは。未だに我々は、君らの正体について何の確証も得ていない」
さすがに苦い顔になった。
”盗聴防止”のルールは便利だが、こういう側面もあるらしい。
「……この国の警察組織は、盗み聞きのような真似までするのか」
「国の安全のためだ。国民も納得している」
「やれやれ」
嘆息する。こういうところ、後進国じみた考え方だ。
京太郎は、友人の誘いで人狼ゲームに参加したときのことを思い出している。
あのゲームに例えるならば、――この場にいるのは”人狼”が二人。
――となると私は”狂人”役、といったところか。
京太郎は自嘲気味に笑う。少しだけ余裕が出てきた。”
「それで?」
「ん?」
「それであなたは、我々をここまで呼び出して、何がしたい?」
「簡単だ。君らが”魔族”ではないという確証がほしい」
そして、先ほどまでローストされた鹿肉が載っていた食卓に、ごとんと一振りの剣を投げる。
「――ぼくの得物。”雷鳴の剣”だ。これの力を引き出してみろ」
「……?」
「”魔族”であれば、一部のC級、そしてB級以上の触媒は起動できないはずだからな」
「へ? ……ああ、なるほどな」
納得しかけて、「あ、これヤバい」と頭の隅っこで思う。
この世界において、京太郎が”人族”の扱う術を利用できることははっきりしている。
だが、ステラとシムは……。
「これがぼくにとっての”踏み絵”だ。さあニホン人、剣を取れ」
「いいけど……その、クッソお腹痛いんでちょっとトイレ行って良いっすか」
「ダメだ。今すぐにやるんだ。それとも、何か小細工しないと不味い事態なのか?」
「いや……」
京太郎は視線を逸らす。
立派なもので、仲間二人は無表情で、平然としていた。
――大丈夫、ということか?
京太郎は恐る恐る、”雷鳴の剣”を取る。
「……ええと……?」
「それで、剣を鞘から抜くんだろ」
「ういっす」
慣れぬ手つきで、剣の柄を掴む。
見ると、顔が反射するほど磨き抜かれた、美しい刀身だ。剣の中ほどにはオレンジ色の宝石がはめ込まれており、実用品というよりはある種の芸術品のように感じられる。
「かっけぇ……」
率直な感想。男の子としてこれに心引かれないものはいないであろう。
「キーとなる呪文は、”天の力よ、雷神の力よ。我が剣に宿りて邪悪を打ち払え”だ」
「ちょっとまて」
「……なんだ?」
「使うとどうなる? 部屋が滅茶苦茶になったりしないのか。危ないんじゃないのか」
「すぐ鞘に収めれば問題ない」
「こんな重いものを、すぐ鞘に収められる自信がない」
「……君、”探索者”なのに剣の扱いも知らないとは、――よくここまで生きてこられたな」
「幸せな人生だったんだよ」
京太郎は、ぷるぷる震えながら、剣を立てる。
そして、
「ええと、テンノチカラヨ……、」
「雷神の力よ、だ」
「ライジンノチカラヨーダ?」
「”だ”はいらない。”天の力よ、雷神の力よ”からもう一度」
「テンノチカラヨライジンノチカラヨ」
「……我が剣に宿りて」
「ワガケンニヤドリテ」
「邪悪を打ち払え」
「ジャアクヲ?」
「打ち払え」
「ウチハラエ」
なんだか業者とメールアドレスの確認しているみたいなやり取りの後、”雷鳴の剣”が光を放った。まさしく嵐の夜の雷鳴を思わせる轟音の後、剣に強烈な稲光が走る。
ほとんど自動的に剣がぶるぶるぶるぶるとバイブレーションして、剣そのものが、その身に宿した金色の力を外の世界にうち放てと言わんばかりに輝く。
「うわ、何コレ怖っ!」
「鞘に仕舞え! 早く!」
「無理無理無理! 思ったより怖いってこれ!」
「馬鹿者! 家財が壊れたら弁償させるぞ!」
「だったら格好つけて室内でやらせないで……外でやればよかったじゃないか!」
「外だと、ぼくの大切な果樹園が怪我するかもしれないだろうが!」
「知るかッ!」
アル・アームズマンの顔つきにはっきり焦りのようなものが見られたのは、恐らくその時が初めてだった。
アルは慌てて食卓の上を駆け、京太郎の手の中で暴れる剣の柄を掴んで、器用に鞘に収める。
瞬間、食堂を満たしていた轟音が止み、静寂が戻った。
「なんという……君、本当にそれでも”探索者”の端くれか」
アルは心底軽蔑した眼を向けて、
「なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。――剣の達人は構えを見ただけで腕前がわかるというが、……ぼく程度の目で見ても、君は素人以下だな」
「頭脳労働専門なんだ」
京太郎がほっと一息吐いていると、
「では、私からさきに」
ステラが自分から率先して”雷鳴の剣”を手に取った時は驚いた。
「えーっと。天の力よー、雷神の力よー。我が剣に宿りて邪悪を打ち払えー」
すると、京太郎がしたのと全く同様に”雷鳴の剣”が煌めく。
今度は本格的に剣が輝き出す前に、鞘に仕舞った。
「……そっちの子供も、だ」
シムもステラと全く同じようにして、”雷鳴の剣”を危なげなく鞘に収める。
「これで満足ですか」
シムが不満そうに剣を戻す。
アルはそこでようやく一息吐いたように、
「なるほど。――少なくとも君らは”魔族”ではないらしい」
その場で一番驚いていたのは京太郎である。
――あれ、シムとステラは人間の魔法が使える、みたいなルール、書いたっけ?
今まで書き込んだルールの内容を一つ一つ思い返してみたが、そんなことをした記憶はまるでない。
つまり、二人は二人の器量でなんとか切り抜けた、といういことだ。
その種明かしは後回しにするとして……。
「これで疑いは晴れたかい」
「まあ、半分はね」
「まだ半分なのか」
「”魔族”の協力者である可能性は否定できないからな」
「用心深いことで」
「気にするな。何ごとも断言を避けるのは、ぼくの癖だ」
とはいえ、アルのまとっている雰囲気が幾分柔らかくなっていることを京太郎は見逃さない。
どうやら、ひとまず”狩人”の信用を勝ち得たようだ。
しかし、アルの話はこれで終わらない。
「とりあえず、これまでの非礼をわびよう。……そして一つ、”探索者”として君たちに”クエスト”を注文したい」
「”クエスト”?」
「ああ。これは内密に願いたいのだが、夜明けとともに、……”勇者”リカ・アームズマンが戻る」
「何?」
「君らには、”勇者狩り”を仕留める手伝いを頼みたいのだ」
――夜明けとともに、か。まいったな。
京太郎は唇をへの字にした。
今夜はウェパルとのデートの約束があったためである。
――業務時間外であることもそうだけど、それじゃあ夜更かしできないじゃないか。
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