第82話 不味い食卓
”ジテンシャ”により真っ二つに引き裂かれたはずのカークの死体は、今やほとんど寝ている人間と大差ないように見えた。どうやら不死者は魂魄と化した時点で肉体の修復そのものは完全に済んでいて、魂だけ抜けたような状態で棺の中に収まるらしい。
「こいつは……?」
「見覚えがあるね?」
「ああ。――カーク・ヴィクトリアと、もう一人は……」
代わりにステラが応える。
「ラムとかいう盲目の”戦士”ね。最後に仮面をたたき割った時、ちょっとだけ顔を見たわ」
「その通り。――彼らがしたことはすでに通報を受けている。同じ”保護隊員”として許されざる不祥事だ」
「まあ……でしょうね」
そうか。カークの蘇生は間に合わなかったか。
苦い想いになる。とはいえ、彼らを助けてやる義理もメリットもない。
……と、思っていると、ステラが一歩前に歩み出る。
「この人たち、どーするつもりです?」
「どうもこうも。このままだ」
「え」
「重大な悪事に手を貸した時点で、この者たちは”勇者の仲間”たる権利をなくしている。彼らはこのまま、復活の儀式を執り行わずに紋章を奪って土葬する」
「そんな……!」
ステラが目を剥く。
「この娘の腕前は達人に達してるわ。それを消滅させるなんて、……技術者の喪失よっ、もったいないっ」
「そうかね? ……彼女、ニホン人の中ではわりと弱い方だと言っていたが」
「えっ、それマジ?」
「うん」
ステラは一瞬、きらきらした眼を向けて「こんど行こうね」という顔をする。
「……で、でもっ。それはともかくとして、……何をするにも、本人の意志をちゃんと確認すべきで……その、このまま、っていうと、私も心にくさくさしたものを残す、というか……」
「しかし君、B級以上の”マジック・アイテム”の盗難と、それに加担した者はわりと問答無用で死罪となるのが我が国の法律なんだがね」
「グ、グムーッ……」
“マジック・アイテム”とそれを扱うものの処置に慎重なのは、この世界においてわりと常識である。
そこで京太郎は助け船を出した。
ステラがカークたちを助けたいという意志を見せるのならば、できるかぎり口添えしてやるべきだと思ったのだ。
「彼らは”マジック・アイテム”の盗難だと思っていない。恐らくだが犯行は彼の妹、――アリア・ヴィクトリアの独断で、カークは攫われた妹を救出しに来ただけなんだろう。”マジック・アイテム”云々の話は寝耳に水だったのではないか?」
「ほう? つまり、兄妹の間ですれ違いが起こった、と?」
「そういうことだ。アリアが我々の”マジック・アイテム”を盗もうとしたのは、……まあ、”冒険者の宿”の従業員に聞いてもらえばわかるが、動かしがたい事実だと思う。だが、彼女の兄がこちらを襲ったのは、単に我々を誘拐犯だと思い込んだせいじゃないか。そういう意味では、彼は単に義務を果たそうとしただけ、とも言える」
この言葉には半分、嘘が混じっている。
カーク・ヴィクトリアは確か、アリアが”マジック・アイテム”を盗もうとしていたことを把握していた。
京太郎たちを襲った背景に、あわよくば『ルールブック』を盗んでやろうという意図がなかったかというと、それは保障できない。
「君……適当なことを言ってるんじゃなかろうね?」
小男は、蛇が獲物を見定めるように眼を細めた。
「言ってない。……というか、縁もゆかりもないこいつを庇うメリットがないだろ」
「どうだかね。こういう仕事をしていると、人間とはなんのメリットもない嘘を吐く生き物だと思い知らされるからな」
アル・アームズマンは少しつまらなそうにして、
「まあ、よかろう。……報告書にはそう書いておく」
「こいつらはどうなる?」
「とりあえず蘇生させた後、事情を聞くことになるだろう。話に矛盾がなければ、釈放になる……かもな」
ホッと胸をなで下ろす。何だかんだで、人命は救われるに越したことがない。
「アリアは?」
「あの子は見つけ次第、死罪になるだろう」
「そうか」
そこから先は、彼女の器量次第になる。
これ以上肩入れするのも妙な話だと思って、京太郎は話題を変えた。
「では、そろそろ本題に入ってもらいたいな」
「よかろう。……だがその前に」
アルは、ぱちんと食堂に反響するほど大きく指を鳴らし、
「昼食を食べていけ。今朝狩ったばかりの良い鹿肉があるんだ」
同時に、十人ほどの召使いたちが、ぞろぞろと列をなして現れた。
それはまるで、劇の中で出番を待っていた役者のようでもある。中にはケセラとバサラもいた。さすがに今は神妙な顔をしている。
「えっ、いや、その、ちょっと……死体見たあとすぐメシっていうのは、その……」
「細かいことを気にするな」
――細かい? 細かいのか、私。
五分もせずに棺は片付けられ、食卓と椅子の位置がもどされていく。
辛気くさい雰囲気の中、あっという間に人数分のランチが並べられていった。
料理は明らかに急遽こしらえたお客様用、という感じで凝ったものはなかったが、それでも十分な心づくしに思える。
食卓の真ん中には、どでん、と、豪快に、鹿の足をローストしたものが置かれた。
この国の貴族のやり方は、家の主人が自らそれを切り分けて客人に振る舞う、という方式を取る。
アルは熟練の肉屋のように手慣れた調子でナイフを振るい、さっと食べやすく肉を切り分けていった。
「バターを載せて、塩と胡椒だけで食べてくれ」
京太郎、シム、ステラの三人はほんの一切れだけ肉をもらって、食卓に付く。
異世界に来て、ここまで気の進まない食事は初めてだったが、
「ども、あざっす」
と呟き、頭を下げた。
それがどのように異世界語に翻訳されているか知るよしもなかったが、
「まあ、遠慮せずに食べたまえ」
アル・アームズマンは気にしたふうもなく、肉のおかわり分を刻む作業を続けた。
一同、鹿肉のステーキに、付け合わせのパンとスープをもそもそ食べながら、
――これは、……こいつなりに歓迎しているつもりなのだろうか。
と、疑う。
「ところで、――そろそろ、本名など聞きたいところなのだが、よろしいかな」
「ああ……」
言ってなかったっけ。
「坂本が名字で、名は京太郎だ」
「キョータロー? ……ああ、ニホン人か」
「まあね」
「あすこでは、やってきた外国人に“踏み絵”をさせられると聞いたが、本当かね」
「“踏み絵”?」
「ああ。――なんでもあの国、自分たちの王を創造主として崇めているから、我々の信仰する女神は偽物だと言い張っている、とかなんとか。それで我らが女神の絵を踏ませて、入国者に異教徒がいないか判別するのだという」
「そ……そうなんだぁ……」
「なんだ、自分の故郷のことなのに。よく知らないのか」
「ええと、……実は、ちょっとニホン人の血が混じってるだけなんだよ。故郷のことはよく知らない」
「移民か」
「そんなとこだ」
「ふうん」
――あ、あぶねえ。
この設定を貫くなら、この世界のニホンという国、いずれ行ってみなければなるまいな。
「ところで、――ニホンと言わず東方では、”魔族”の肉を喰うらしいね」
ぽつり、と、アルはさりげなく嫌な話題を振る。
その時気付いたのだが、この男が空気を読めないのは、半分天然なところもあるのかもしれない。
「エルフの遠い親戚に、”オーク”という種があるという。連中、顔こそ豚に似ているが、身体はほとんど人間と変わらぬ生き物でな。東洋人はそいつのバラ肉をパン粉にまぶして、油で揚げて喰うらしいぞ。なんでも”トンカツ”という料理で……」
「やめて。――不愉快だわ」
ステラは、京太郎たちに向ける冗談めいた雰囲気でなく、本気で不愉快そうな顔でテーブルを叩く。
「そこだ」
アルは笑って、
「なぜ我々は、知的生命体の肉を喰らうのを嫌うんだろうね? 別に頭が悪ければ殺しても構わない、という話でもなかろうに」
「……”人族”が、理性を神聖視しているためでは? ――だってほら、あなたたちは、理性を失ったせいで一度、”造物主”に滅ぼされかけています」
「あなたたち? ――あなたたちといったのか? 少年。……まるで”魔族”側に立っているような口ぶりだな?」
シムは冷静だった。彼が嫌いな相手にどういう態度を取るか、京太郎は新鮮な気持ちで見ている。
「そんな、言葉の綾に飛びつかなくったっていいじゃないですか。ぼくは皮肉を言ったんですよ」
「ほほう……」
万事が万事こんなで、京太郎はここまで不味い昼食を食べたのは初めてなくらいの気持ちでいた。
話題がようやく本題に入ったのは、食後のデザートが運ばれてくるまでの間である。
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