第81話 二つの死体

 京太郎は、バサラたっての要望で彼女を肩車する格好になりながら、アル・アームズマンの背に続いた。


「しかし……ちょっと意外だな」

「何がだ」

「こういう立派な屋敷のご主人様が、庭師みたいな仕事をするものなのかい」

「……ふむ。兄弟の中では、きっとぼくだけだろうな。子供の頃から土いじりが好きでね」

「へえ」

「それに、こうした方が余計な人件費がかからずにすむ。我が家はあまり家計が潤沢ではないからな」

「そうは、……思えんが……」


 アルの屋敷の本邸は、それだけでちょっとした格式のホテルを経営できそうなくらい立派なもので、京太郎はこういうところに住むという感覚がまるで掴めない。

 どう考えても、今自分が住んでる四畳半の方が暮らしやすいと思った。

 これでは小腹が空いた時、ちょっとコンビニに出かけることもできないじゃないか。まあ、そもそもこの世界、コンビニないけども。


 真っ正面にある大きめの扉をでると、訪問客を圧倒させるために作ったとしか思えない、瀟洒な大理石の大階段に行き当たる。

 手すりを滑り台みたいにしたら面白そうだなと思っていると、まさしく今頭に思い描いた通り、つるつるとケセラが滑り降りてきた。


「こら、ケセラ。無礼だぞ」

「ごめんなさいっ!」


 ケセラは無作法を簡単に謝って、ぴょんと廊下に着地する。


「でもその! お、お客様の相手は、どうか私にお任せいただきたくっ」

「ん」


 アルは頬を掻き、


「みんな忙しくしているようだしな。ではまあ、頼んだ」


 そして挨拶もそこそこに、高らかに踵をならして階段を昇っていく。


「ごきげんよう、キョータロー」


 ケセラは可愛くスカートの裾を掴んで、丁寧に頭を下げた。その所作はどこかぎこちなく、覚え立ての挨拶、といった感じが丸わかりだ。


「ああ、ごきげんよう」


 京太郎はバサラを肩に載せたまま頭を下げる。けらけらけらうひひひひとバサラが笑った。


「元気してたかい」

「もちろん」

「怖いご主人様にいじめられたりとかは?」

「アルさま、とっても良い人よ」


 ホントかよ。

 京太郎の印象としては、昨日の無礼な態度と、あと全裸のイメージが消えない。


「とりあえず、応接間へっ」


 ケセラは、ちょこちょこちょこっと京太郎たちの前を駆け、器用な子猫のようにドアノブを掴み、戸を開ける。すると、様々な動物の剥製が睨みをきかせる、とてもではないが落ち着けない応接間が現れた。

 案内されるがままに革のソファに座って、ケセラとバサラがちょこまかと豆茶の準備をするのを見守る。


「すっかり馴染んでるみたいだ」

「まあね。いま、ちゃんとした味付けのお料理も習ってるところ。これまでは茹でたり焼いたりばっかりだったから……」

「ほう」

「私、こっちに来てすっかり驚いちゃった。お肉屋さんで買うお肉って、ちゃんと血抜きしてあるのね」


――そのレベルで手料理が報酬とか言ってたのか。


 京太郎は意図的に前の“クエスト”の報酬の話を切り出さないようにしている。できればその一件、永久に忘れていただきたい。


「……ってか、そんなことどうでもいいの! ねえキョータロー。アリアって娘と会わなかった?」


 視線を逸らす。


「どうして?」

「理由はないんだけどさ。あの娘トツゼン、仕事着を貸して欲しいって。なんだか秘密の任務がどうとか言って。……それきり、顔を見せてないの。キョータローなら何か知ってるんじゃないかと思って」

「貸したのは、――仕事着だけじゃないだろ」


 そして、懐から浮遊の巻物を取り出す。

 ケセラはそれを受け取って、


「あ、これ……」

「アリアに私のことを話したんだね」


 ハーフリングの少女は、曇った表情でこちらを見上げる。


「でも、”ギルド”にも報告書を出したし……色んな人に知ってもらった方が、あなたのためになると思って……」

「別に、それを責めてるわけじゃない。ただ色々あって、今後アリアとはもう会えなくなったと思う」

「…………っ」「ええっ!? なんでなんで?」


 ケセラの代わりに、頭の上にいるバサラが驚く。

 ケセラの方は、どうやらアリアが何をしたか察したらしい。


「……悪い子じゃなかったの。ただ、すごく自分の出自に拘って……この世は、陰謀と神の采配でのし上がるものだって、よく言っていたわ」

「まあ、たまにある悲劇さ」

「……えっとその。……アリアは、生きてるのね?」

「生きてるよ。ただ、仕事着は返ってこないかもしれないな」

「それは残念だわ。――本当にこのおうち、家計が厳しいのよ」

「そうなのかい? 話によるとアルって、”国民保護隊”でもかなり偉い方だと聞いたが」

「偉い、というとそのとおりかも知れないけれど。どちらかというと名誉の人で、お給料をたくさんもらってる訳じゃないの」

「へえ……」


 京太郎はこれをチャンスにと、


「ところで今、私たちは”勇者狩り”の一件について調べてる。何か聞いてないかい」

「アルさま、お仕事の話はあまりしないの」

「そうか……」

「でもでもっ! この家の人みんな、あぶないかもだから外出禁止だって時、私たちだけ買い出しに出かけたことがあったの。――私たちなら新人だから、顔は割れてないだろうって。その時、アル様こう言ってた。もし、女に声をかけられても安心するな、って。……わざわざ、出かける私たちを追いかけきて、よ?」

「ふむ」

「私思うに、アルさま、一瞬だけ”勇者狩り”の顔を見たんじゃないかしら」

「つまり、アル・アームズマンを刺したのは、……女?」

「うん」


 思わぬ収穫に、京太郎たちは互いの顔を見合わせる。

 その時、ノックする音が応接間に響いた。

 扉を開けると、髪の毛がほとんど灰色になった女性が立っている。ケセラ・バサラの服を人間サイズに仕立て直した格好で、この家の召使いの一人だとわかった。


「……準備が整いましたので」


 短く言われて、京太郎たちは残りの豆茶を飲み干し、立ち上がる。

 ケセラとバサラが付き従おうとしたが、


「あなたたちはここまでよ」


 と、押しとどめられた。

 内心、京太郎は助かったと思う。この二人に、アルとやり合うところを見られたくない。


 彼女に従って大理石の階段を通り過ぎ、別室に通された。そこは、二十人はゆったり一同に介することができるであろう大きめの食堂で、どうした訳か食卓は部屋の隅に片付けられているらしい。

 部屋の奥には、作業着を着替え、京太郎に合わせてかキッチリとしたスーツ姿になったアルが立っている。

 それより何より目を引いたのは、部屋の真ん中に乱雑に放り出された、二基の棺だ。


「ん?」


 首を傾げていると、アルが棺の蓋を、足で蹴り開けた。

 そこから転がり出たのは、黄色人種の女の子だ。見た目の歳はステラと同じくらいだろうか。

 京太郎には見覚えのない顔だったが、シムとステラは、


「――あらっ」「……え」


 と、声を漏らす。

 アルは特に何も言わずに、もう一つの棺を開いた。


 そうしてついに、何が起こっているかを悟る。

 棺の中の死体は、――先ほど京太郎が倒した男、カーク・ヴィクトリアのものであったのである。


「……一人で一万人分の働きをする男だったのだが。残念だ」


 ぽつりと言って、そこでようやく、アルと視線が合う。

 その眼は昏い。どのような感情も読み取ることはできない。

 まだ、先ほどの作業着だった時の方が人間味は感じられたが。


 ……今は、よくわからない。

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