第77話 どこにでも行けるもの
「おや? 奇遇だなあ」
『ああ。
「そんなとこだけど。そちらも?」
『まあね。――ちょいとばかり勃ちが良くなる薬の買い出しを頼まれちまって」
出会って三言目にはシモの話か。職業的に仕方ないことかも知れないが。
「……っていうか、勃起を促進するような代物まであるんだ」
『そらな。女も大変だが、男娼もキツいときあるぜ。風俗と違って
「え」
京太郎は一瞬耳を疑った。
「フリムも客を取ることがあるのかい?」
『まあ、金に困り果てた時だけな』
「でも、シムの話では”亜人”は”亜人”同士とくっつくって」
『生きてくためには、泥を啜らなきゃならねえこともある。――特に俺たち”魔族”が生きていくためにゃあな』
「それって、――」
ゾッと背筋を凍らせる。
異種間との交配。
日本育ちの京太郎にはそれが、よくわからない背徳的な行為に思えた。
同時に、なんだか申し訳ない気持ちにもなる。この世界に来てから金銭的に厄介な思いをしたことなど一度としてないが、それが幸運に恵まれているために過ぎないと痛感した。
「大変、なんだな」
『そうでもない。あの
「なるほど」
それが彼なりの強がりかどうかはわからない。
『でも今の話、シムには内緒な』
「もちろん」
『そーいや挨拶がまだだったな。――おいら、フリム』
「坂本京太郎だ」
『オーケイ、坂本。――シムとは長いのかい?』
「まだ会ってから一月も経ってないよ」
『それであの懐きようか。……やるじゃん』
そしてフリムは、拳を京太郎の前に突き出した。ちょっと戸惑うが、たぶん映画とかでアメリカ人がやるのと似た挨拶だろうと思って、同じく拳を突き出し、こつんとする。
『これでダチだな。困ったことがあったらなんでも言ってくれ』
――なるほど。気持ちの良い奴だ。
京太郎は話題を少し変えて、
「じゃあその、……おすすめのバイアグ……元気になる薬って、ある?」
『あるぜ。ここの主人が特別に調合したもので、一口飲めば一晩でも勃ちっぱなしよ』
「マジすか」
夢のエロマンガオチンチンが。栄養剤一本で。
京太郎はちらりと店番の、年老いたガマガエルみたいな男を見た。何となく、信頼できる職人めいた雰囲気をまとっている。気のせいかも知れない。そう思いたいだけかも知れない。
そして、仲間に聞こえないよう声を潜めて、
「それって、副作用は……」
『ないんじゃね? おいらは人間じゃないからわからんけど。でもそもそも人間用だし、友だちからはそういう話は聞いたことないなあ』
それで京太郎は購入を決意した。普通の活力剤を一つ。そして身体の一部分が元気になる薬を一つ、……いや三つ。これはもしものとき、夜用に取っておこう。
二人はこそこそと魔法薬を購入し、シム、ステラにゆっくり買い物していて良いこと、何かあったらスマホで連絡する旨だけ伝えて、外に出る。
そして京太郎は、元気になる薬と間違えないように活力剤の封を切った。ラベルには単純に『ポーション』とある。
内容物はなんだか気の抜けたコーラみたいな味がして、一飲みで済む程度の量しかない。
――とりあえず、それほど身体に害のあるものは入っていないような気がするな。果物と野菜のジュースって感じか?
と、思っていたのもつかの間。
京太郎の全身を、ぽう、と、緑色の輝きが包んだ。
「うおっ!」
まるで、ゲームとかで回復を示すエフェクトがかかったみたいだ。不思議な光を放っていたのは一瞬のことで、すぐに消失する。
――本当に……ゲームをパロディ化したみたいな世界観なんだな。
そう再認識していると、一拍遅れて、京太郎の肉体の細胞一つ一つが生まれ変わったみたいに力がみなぎってきた。
「おお……おおおっ、すげっ、これ……シムが勧めるのもわかるっ……」
その感覚を強いて例えるなら、極上の睡眠環境でぐっすり眠った次の日の朝、といった感じ。異世界に来てからこれほどの快感を得たのは始めてだった。下手すると癖になりそうでもある。
「こ、これ……本当に依存性とかないんだろうな」
『ない、ない』
フリムは口元をゆがめて、
『ってかあんた、これまで活力剤も飲んだことなかったのか。変わった奴だな』
「イイトコ育ちでね」
『まあ、それはなんとなく察してた。ちなみに、――それが効くのはよっぽど疲れてる時だけさ。試しに二本目飲んでみろ。苦いだけで飲めたモンじゃなくなるから』
「言われてみれば、三十過ぎてからどんどん眠りが浅くなっている気がする」
『不幸だねえ』
からからと笑うフリム。対する京太郎の表情は暗い。
――こんな劇薬飲んで、得体の知れない奇病とかにかからなければいいのだが。
そういえばこの会社、健康診断の費用とかちゃんと出るのだろうか。数年ほど医者の診断を受けていない生活を続けてきたものだから、血液検査とかでいきなり引っかかりそうな恐怖がある。
『ところでさ』
「ん?」
正直、フリムとはそれきり別れるだろうと思っていたので、なんだか話したそうにしているのを少し意外に思う。
『ちょっと相談に乗ってもらえないか』
「先約があるので、手短であれば」
『ああ。すぐすむ。……あんた、”魔族”の協力者なんだろ? ってことはひょっとすると、”亜人”の村に出入りすることもあるんじゃないか?』
「ああ……」
そこで頭に浮かんだのは、どこにでもテレポートできるタイプのルールだ。
ここ数週間、いくどとなくそういうルールを追加しようと思っていたが、結局先送りにしている。
その理由はいくつかあって、この街の交通機関は非常に発達しており、徒歩による移動でもあまり困ることがなかったこと、テレポート系の”マジック・アイテム”は基本的に高価なものが多いため、人前で使うにはリスクが高いこと、そして何より京太郎自身、道草をそこそこ楽しんでいたことが挙げられる。
――実際、あっちこっち散歩した時の知識があったお陰でカーク・ヴィクトリアを倉庫まで誘導できたわけだし。
不便であることに救われる時もある。……時々ブラック企業が悪用する言い回しのため、あんまりこの考え方に傾倒している訳ではないが、道草を楽しむ程度の余裕は仕事に必要だと思っていた。
「まあ、行こうと思えばいつでも行けるよ」
『そうか! いつでも行けるか……!』
そしてフリムは、ポケットから二通の手紙を引っ張り出す。宛名は『フリン』と『リム』。
『そんじゃ、いつでも良い、何ヶ月かかっても構わないから、こいつを届けてもらえないか』
「ああ……構わないよ。でも、直接渡しに行けば良いんじゃないか?」
”魔族”同士であれば、あのペーターとかいうおじさんがいくらでも手を回してくれそうなのに。
『そういう訳にゃいかねぇ。おいら、追放されちまってるからな』
「でも、それなら手紙のやり取りだってNGだろ。手紙を受け取ってくれてるってことは、まだ仲直りの芽があるんじゃないか」
『いーや。手紙はいつも送りっぱなしだから、相手が読んでるかどうかも定かじゃなかったのさ。正直、シムがおいらを頼ってくれたときはちょっと涙が出るくらいうれしかったんだぜ』
「そうか……」
彼が何をしたかは、だいたい予想が付く。
――才なき者は才ある者に命ぜられて死ぬ義務がある。
いつだったかの“魔女”の言葉が頭に浮かんだ。
要するに彼は、――潔く仲間と共に散ることを良しとせず、自分一人だけ”人族”に紛れて生きることを選んだのだ。
京太郎には、それが良いことか悪いことはわからない。ただし、残されたかつての仲間とはこれまでどおりという訳にはいかないだろう。
「一つ、忠告しておいていいかい」
『ん?』
「もし、気まずい気持ちがまだ残ってるなら、こんな届くかどうかもわからない手紙を出さず、早いうちに仲間と会って、きっぱり仲直りした方がいいんじゃないか」
『そりゃあ……言うのは簡単だけどよう』
「近々、世界は変わる。私たちが変える。状況が良くなってからのこのこ戻るより、今のうちにそうした方がよっぽど男らしいと思うぞ」
『ううむ……』
フリムは腕を組み、
『まあ、……わかったよ』
「言ったな?」
スマホで時間を確認する。お節介の虫がうずいていた。
どうせ時間を約束したわけじゃないし、ちょっとくらいアルを待たせても問題ないだろう。
『そのうちちょっとだけ、顔出ししてみようと思う』
「そのうちに、じゃない。いますぐ会おう」
『……でもなあ、いくら”魔族”って言っても、あそこまで行くのに、準備が……それに、今は金だってないことだし』
「必要なのは気持ちだけだよ」
――まあ、いずれテレポート系のルールは考えなきゃいけないところだったし。ちょうどいいか。
そして京太郎は、近場の花壇に座って、ペンを取る。
【名称:どこにでも行けるドアノブ
番号:SK-13
説明:”管理者”が移動用に使う道具。一般的な金属製の事務扉のドアノブと同じ形状のため、例のあの猫型ロボットのアレと違ってかさばらない。
このドアノブを何もない空間で捻ると扉が現れる。扉の先は頭に浮かんだ場所であればどこにでも繋がっている。
……とはいえ、海の底とか宇宙とか、そういうところとうっかり繋がってしまったら怖いので、移動出来る先はこれまで見たことある場所に限定することにする。】
ぽんと現れた銀色のドアノブをキャッチ。
――うーん……。
さすがにこの内容だと、個人的なこだわりが過ぎるだろうか。
だが、初見の場所はできるかぎりこの世界の移動手段を使って向かいたい、というのが正直な気持ちだった。もちろんところどころ
――まあ、もし必要になったら追加のルールを書き込めば済むし、これでいいか。
『何を……何をしてる?』
「いまから”亜人”の村に行く。着いてきてくれ」
『は? …………はあ!?』
すっくと立ち上がり、人気のない路地に入って”どこにでも行けるドアノブ”をひねる。
『お前、まじなのか? だとするとそれ、かるく城が建つくらい貴重な……』
「細かいこと気にするな」
京太郎は気楽に言った。
『しかしおいら、……心の準備が……』
「手紙に書いたことを、そのまま話せばいいのさ」
――リムの元へ。
そして扉を開く。
その先には、――
『え』
「え?」
『――は?』
どこか、見覚えのある澄んだ水質の湖のほとりにて。
一糸まとわぬ姿で水浴びをしているリムの姿があった。
京太郎にはそれが、一人の女性の裸体であることを理解するのに時間が掛かる。リムのシルエットそのものはしっかりと女のそれだが、彼女の身体は全身、もさもさした毛で覆われていたためだ。
正直、京太郎にははそれが普通に服を着ている女性とあまり変わらないように見える。
ただその脳裏では、とあるアニメキャラクターの声が響いていた。
――「キャー! の○太さんのエッチ!」
『え……あ……アンタ、……サカモト?』
リムは鳩が豆鉄砲を食ったような顔のまま、京太郎を見ている。
さっと手で乳房と股間を隠したあたり、羞恥心は人間と変わらないらしい。当然か。裸に抵抗がない種族なら、裸族みたいに過ごしているはずだし。
『で、でも…………なんで……?』
坂本京太郎は、たっぷり十秒ほど考えて、
「ふ、フリムくんが……」
ごくりと息を呑み、
「ともだちのフリムくんが会いたいというので、……来ました」
すぐ隣の”人狼”に全責任を押しつけることにした。
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