第76話 アイテムショップ
京太郎は従業員たちに「しばらく部屋の修復中だから、誰も入らないように」と言った後、”冒険者の宿”を出る。
早くもお気に入りになった”異世界用のスマホ”で確認したところ、時刻はまだ十一時前。
――ひどいな。もう丸一日経ったような気分だったのに。
実を言うと京太郎は、カーク・ヴィクトリアの一件でとてつもなく消耗していた。できるならさっさと家に帰ってお布団に包まれて眠りたいと思う。
アルとの約束には明確な時間が決められていないが、カークの情報では未だ京太郎たちは容疑者扱いされているという。正直これ以上の厄介ごとはゴメンだった。
一行は大通りをしばらく歩き、うまく通りがかった辻馬車を止める。
辻馬車の車内は狭く、座席は堅く、三人は恋人同士よりもぎゅっとくっついて座る羽目になる。とはいえ、誰もそのことに不満を漏らす者はいない。この二週間ですっかり慣れてしまった。
草葉の陰から覗く”ジテンシャ”の嫉妬の視線を感じつつ、
――この体調でアル・アームズマンとやり合うのか。……気が重いな。
それを察してか、道中、シムは少し気遣わしげに、
『あのあの、京太郎さま?』
「ん」
『なんなら、”マジック・アイテム”のショップに寄って
「え」
京太郎は露骨に嫌な顔をする。異世界の生産品に対する差別意識が発動したのだ。
「……いや、いいよ。何が入っているかわからないし」
『そ、そうかも知れませんけど……! そのぉ、ちゃんと効果はあるんですよ? ちょっとだけ奮発して良いのを買えば品質は保証されますし、一日中だって元気でいられます!』
どうやらシムは、もっとこの世界のことを知ってほしいらしい。その気持ちはわからないこともない、が……。
「しかしなぁ」
京太郎が見たところ、この”探索者の街”の技術レベルは元禄期以降の江戸時代とか、かなり近世寄りの中世ヨーロッパ、といったところか。
つまり民間療法が平気でまかり通っていた時代である。大学時代、同じサークルの女の子に騙されてイモリの黒焼きを食わされたことがあるが、気持ち悪くなって寝込む羽目になったことをよく覚えていた。
「そもそも私は、この世界の”人族”と同じ身体の構造なのかも良くわからないし」
『それでも、生き物であることには変わりないです。……ちょっとだけ試してみませんか? ほら、ステラさんとも前に、”マジック・アイテム”屋に行こうって話、してたみたいじゃないですか』
「ああ……」
確か、仕事を始めた週の金曜日だったか。よく覚えていたな。
『あたしは別に、……どっちでもいいけど?』
『またまたぁ。ステラさんあの時、京太郎さまが週に二日も休むっていうんで、すっごく残念そうにしてたんですよ』
『シム、ちょっとうるさい』
ステラが身を乗り出す。むぎゅっと鼻をつままれながらも、弟分はにっこり笑ったままだ。
京太郎は少し考え直して、この可愛らしい少年少女の厚意に背くのはある種の罪だと思うようになっている。
「……しかし本当に効果あるのかな」
『効果は保証します! いい活力剤は、”魔族”だって服用するくらいですから!』
「ふむ」
いつだったか、友人の浩介が「三回連続で失敗した」といっていたことを思い出す。実を言うと京太郎もそうなるのではないかという恐れがあった。もちろん自信がないわけではない。今だって二十代の若者にも負けないくらいの気持ちはある。だが肝心の身体がそれについていくかどうかは不明だ。
「じゃあ、ちょっとだけ見ていこうか」
『やった!』
シムは嬉しそうに言って、馭者に道順を言う。
「道が変わるなら、多少お駄賃変わりますが」と、馭者。
「へーきへーき、です!」と、シム。
どうやらお気に入りの店があるらしい。
ステラだけがちょっとだけ不満げに、
『ねえあんたら、馬車代食事代薬代、誰が出してるか、時々で良いから思い出してね』
『ふふふ! そんなこといって、ステラさんが稼いだお金じゃないでしょ?』
『……ふんっ、このヒモ男どもめっ』
▼
”マジック・アイテム”には多くの場合、ざっくりとした等級が存在する。
A級、B級、C級の三種類だ。
その基準は実のところはっきりせず、ただ何となくで決められているが、それはそれでも問題ない程度に”マジック・アイテム”ごとの性能差がわりと明瞭であるためだった。
A級品の最低条件として挙げられるのは「使用者の一族が一生喰うに困らない」性能であること。
B級品の最低条件としては「使用者が一生喰うに困らない」性能であること。
C級品の条件は「一時しのぎのもの」であること。
必然的に”マジック・アイテム”ショップが多く扱うのはC級品ばかり、ということになる。
C級品のアイテムは最も種類が多彩であり、中ではほとんどごく一般的な薬品の一種に過ぎないものや、単純に科学技術の応用、と言っても大差ないものまであった。
例えば極東にいる黄色人種は”ライフル銃”と呼ばれる武器を使うが、これも広義において”マジック・アイテム”の一種とされている。
”魔族”が利用するのは基本的にこうした、ほとんど名前だけ”マジック・アイテム”と呼ばれるものばかりだ。
シムとステラに案内されて、いかにもアンダーグラウンドな雰囲気漂う、暗い照明の店に向かう。
京太郎の感覚では、おしゃれな街角にある雰囲気満点のアンティークショップ、といった印象だろうか。
「へえ……」
とりあえず、店内をぐるりと見て回る。店は意外なほど明るく、棚の奥の商品まで良く見えるよう照明が工夫されていた。
瓶詰めにされた中でねっとりと蠢いているナメクジのような生き物は、一時的に雨を降らせる効能があるらしい。
日本円に換算すると五千円くらいの小さな杖は、振るとライターの代わりになるのだとか。
自分の行動を五分間までなら記録できる鏡や、水流を操るステッキ。非常灯代わりになるという光蟲。
また、ボールペンみたいな筆記用具が三万円くらいするのも興味深い。
――現実世界の百均ショップと往復すれば、一代で大金持ちになれるな。
まあ、そうするメリットはほとんどないが。
何よりも京太郎が好奇心を刺激されたのは、色とりどりの(身体に悪そうな)駄菓子類であった。
一つ当たり二十円以下で安売りされていて、近所の子供たちがよく買って帰っているらしい。
――へえ。こういう雰囲気、小学生のころを思い出すな。
とはいえその種類は多くない。
多彩なのは色と味付けだけで、基本的にはどれも、普通のビスケットに改良を加えたもののようだ。
少し顔を上げると、
『叩くと増えるビスケット(B級品)』
と題されたビスケットが一枚、頑丈なガラスケース入りで飾られている。
『※ケースを揺らさないでください! ちょっとした衝撃で増えます!』
これの価格は交渉次第、とのこと。
▼
店内巡りも一段落。
京太郎は、瓶詰めにされた魔法薬を一本ずつ確かめて、その中から滋養強壮の効果がある物を眺めた。ちょっと匂いを嗅ぐと、爽やかな果実の匂いがする。
「ふうん……」
正直、来て良かったと思った。
買い物などしなくとも、観光地としてこの場所はなかなか興味深い。
京太郎は『空飛ぶ箒(C級)』と題された”マジック・アイテム”を指さし、
「なあ、ステラ。君が乗ってた箒って、あれかい」
『違うわよ。――あんな使い捨てのものと一緒にしないで。私たちは普通の箒を《念動力》で浮かして使うの』
「へえ……」
その時だった。
『お、奇遇だな』
聞き覚えのある声。
振り向くとそこには、昨日知り合ったばかりの女衒の人狼、――フリムがいた。
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