第74話 異世界用のスマートフォン

【名称:異世界用スマホ

 番号:SK-11

 説明:管理者のために作られた特製スマートフォン。相手の電話番号を知らなくても名前を唱えればその人といつでも通話することができるのが特徴。充電不要、完全防水で世界のどこにいてもアンテナ最大。性能とOSは常に最新のスマホと同等にしてほしい。

 また、現実世界に存在する全てのゲーム・アプリの最新版が入っており、いつでも暇つぶしに使うことが可能。あと、そうしてダウンロードしたゲームは無限にガチャとかできるようにしてほしい。】


 そうして生み出されたぴかぴかのスマートフォンを手に、京太郎はまず、


「ええと……じゃ、コウちゃん。廻谷浩介で」


 最近交流が復活した友だちに電話をかけてみる。だが駄目だった。ウンともスンとも言わない。どうやらこの世界と京太郎の世界で連絡を取るのは難しいようだ。


――そういえば、サブナックさんも会社に戻らないとライン繋がらないとか言ってたしな。


 それでも京太郎は、もう一度試してみる。


「ウェパルならどうかな?」


 するとどうだろう。耳慣れたプルルルルル、プルルルルル……という音の後、


『うわビックリした。何よ、急に』


 通じた。

 相手が会社にいる場合は通じるのだろうか。あるいは会社が管理している異世界は同じ宇宙に存在していて、異世界にいる者同士ならOK、……とか?


「ああいや、ちょっと『ルールブック』で出したアイテムの仕様確認に」

『だからって……びっくりするじゃん』

「悪かったよ。今何してた?」

『そりゃまあ、君と同じ、――――……、仕事だよ?』

「そっか」

『それで? 仕様確認は済んだ?』

「ああ。ありがとう。助かった」

『そう』

「じゃ、長話しても悪いし、すぐ切るから」

『うん……』


 ウェパルは言いかけて、


『やっぱりちょっと待って。……あの、その……』

「ん」

『今晩、なんだけど……ええとその……また一緒にごはん、たべない? たべないかい?』

「え」


 京太郎は耳を疑った。人を殺してすぐ女性とデートの話をするとは思わなかったのだ。


『嫌?』

「もちろんっ。もちろん、いいとも」

『おっけ。じゃ、お店は私が予約しとくね』

「ああ……」


 内心驚いている。これまでの人生で、女性側からデートに誘われたことなど一度としてなかったためだ。デートとは男性が一生懸命自分を磨いた末に許可を得てするものであり、女性からアプローチを受けるようなことは一部の超絶イケメンを除いてあり得ないと思っていたのである。


――いやいや、落ち着け。ただ会社の同僚に食事に誘われただけだ、食事に。


 たったそれだけで突っ走るのは危険だ。もう少し自身の分際をわきまえなければなるまい。


『じゃ、またあとで』

「了解。お疲れ様です」

『うい、お疲れ』


 平静を装いながらも、京太郎の心臓は早鐘のように鳴っていた。

 震える指で”異世界用スマホ”を操作し、通話を切る。

 そして小さく「ぃよぉし!」とガッツポーズしてみた。

 ずいぶんと長く、泥にまみれたような生活を強いられてきたが、――少しだけ自分にも運が向いてきたかも知れない。そう思えたのだった。



 ”異世界用スマホ”は、ある種のテレパシー的な働きをするらしい。わざわざ相手もスマホを持っている必要はないようだ。

 試しにシムに連絡を取ってみると、数秒のモタつきの後、早口で、


『は、……はい! ぼくはシムです』


 と、返答がある。


「もしもし。――私だ、京太郎だ」

『モシモシ? ……あ、京太郎さま? ……なんだか、不思議な……こんな力が』

「まあね。それより、そっちの調子はどうだ?」


 シムは歯切れの悪い口調で、


『ええとその…………あのその。一応、襲撃者は一名で、撃退しました。アリアさんも無事です』

「撃退? ――さっさとアリアを受け渡して、それで解決すれば良かったのに」

『それが、いろいろと事情がありまして。ごたごたしちゃって』

「なんだそりゃ」

『実を言いますと……あっ、ステラさんちょっと、……わかってますわかってます……。ちょ、ちょっと待ってください京太郎さま』


 そこでしばらく口論するようなどたばたが聞こえて、


「シム?」

『はい……京太郎さま。実はその、ステラさんがやり過ぎちゃって。ご期待に添えず大変申し訳ないのですが……ちょっとその、……誤って人殺しの方を……してしまいまして……』

「マジか」

『と、とはいえ! あ、相手は”不死”の方でしたもので。死人を出したわけではない、です。ハイ』


 京太郎は苦い顔を作り、次いで怒られてしゅんとしている”ジテンシャ”を見た。

 ステラを責める気にはなれない。全ては自分の指導力・交渉力が足りていないせいだ。


――二人も死者を出すとは。百点満点中、四十点ってとこか。


 ある意味、これまでずっと厄介に思っていた”不死”のルールに救われた形になっている。出会い方が変われば友だちになれていたかもしれない相手の命を奪っていた可能性など、考えるだけで虫唾が走った。


――今回のことを教訓として、私ももっと成長しなくては。


「わかった。ステラにはあとで言っておく。――反省してるか?」

『うーん……その。ここだけの話、あんまり……』

「そうか。両方のほっぺたをつねってやる」

『あんまり痛いことはしないであげてください。彼女も”人族”の生命力を過大評価していただけのようなので。不可抗力、というか……』

「わかった。片方のほっぺただけにする」

『あの! それと、京太郎さまの方は……?』

「問題ない。例のニンジャ男なら撃退したよ」

『で、ですか……』


 シムが少し黙って、


『撃退したのは、たった一人ですか?』

「ああ」

『おかしいな』

「何が?」

『ひ、”人族”はほとんどの場合、三人一組スリーマンセルかそれ以上で動くのが普通なのです。……おそらく先ほどのチーム、ステラさんが仕留めたのは”戦士”、京太郎さまがやっつけたのはきっと”暗殺者”ですよね。……それとは別にもう一人、”獣使い”か”奇跡使い”がいるはず、なのですが……』


 京太郎は眉間に手をかざして、しばらく考え込む。


「そうかっ。――最初にあの、羽虫をけしかけたやつ!」

『は、はい。恐らくあれは”獣使い”の変型で、”蟲使い”と呼ばれる役割ロール、ではないか、と』

「だが、あれから襲われる気配はない。そっちも敵の気配を感知していないんだろう?」

『はい。――恐らく逃げてしまったか、と』

「そうか」


 退散したのならそれでいい。

 というか心の底から、”蟲使い”とかいう連中とは関わりたくない。


「奴らは街を出ると言っていた。もう脅威は取り除いたと思って良いんじゃないかな」

『なら、――良いのですが。……ううむ』

「どうした?」

『”蟲使い”は、陣地の作成・保持よりも諜報に長けた役割だと聞きます。……何か、ぼくたちの秘密を握られてなければ良いのですが……』

「怖いこと言うなよ」


 そういう台詞がでた場合って、百パーセント後々の伏線になるやつではないか。あくまで物語の中の話ではあるが。

 とはいえ、京太郎たちには”盗聴禁止”のルールがある。

 真に危険な情報を丸ごと盗み聞きされる可能性は低い、が……。


「まあいい。とりあえず合流しよう。後処理をして、そのままアルの屋敷に向かう。さっさと済ませて、昼飯にしよう」

『はい!』


 京太郎はこの日一番長い嘆息をして、通話を切る。

 ”ジテンシャ”にもう一度、感謝と注意喚起をして別れ、京太郎は重い足取りで”冒険者の宿”への帰途につく。


 その途中、このひっそりとした工場を借りれば例のドスケベメイドロボと思う存分楽しめることに気付いたが、――


――まあ、ひょっとすると今晩元気になる必要あるかも知れないし。


 と、例の案は保留とする。


――しかし、……さっきの一件、後々の遺恨にならなきゃいいんだがな。


 そうして、京太郎はゆったりとした歩調で工場を去るのだった。

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