第73話 カーク・ヴィクトリア
「おいっ。大丈夫か?」
京太郎は、ぴくぴくと白目を剥いて痙攣している赤いマフラーの男を助け起こす。
「しっかりしろ。傷は浅いぞ」
すぐさま回復してやるべきか少し迷ったが、結局止めた。強化した”スタン・エッヂ”があるため今度こそ負けないとは思うが、さすがにそれでは元の木阿弥だ。
「う…………うう…………」
「話せるか? 起き上がるのも辛いか?」
「ぬう、む…………」
彼の傍らに座り込み、
「……ジョージ、おいで」
”冒険用の鞄”を取り寄せ、中からペットボトル入りの水を取りだし、彼の頭にどぼどぼとぶっかける。
「う……ぐ……っ! すわ、毒物か!」
「何てこと言うんだ。お前の妹の友だちが作った自家製のお茶だぞ」
「ぐっ……殺せ!」
「嫌だよ気味悪い」
嘆息し、
「それよりすこし話そう。それでこちらが納得したら、医者を呼んでやる」
「敵の情けなど……」
「まあ、そう言うなって。……ふっふっふ」
不敵に笑って、京太郎はポケットに入ったままだった”嘘から出た実”の瓶を取り出す。
別に実を食わせるほど彼の情報を必要としているわけではなかったが、下手な駆け引きは面倒だと思ったのだ。
実を男の鼻先に突きつけると、ぐぎゅるるぅうううううううう……と、腹の音が鳴る。
「お、ま、え……なんだ、それ……」
「妹さんも食べたやつだ。真実をしゃべりたくなる美味しい実だぞ」
「なっ……! お前、そのようなもの利用して、いったいどういう風に妹を辱めた」
「応える義理はない」
そこで我慢ができなくなったらしく、男は噛みつくように実を口に含んだ。
「ぐ、ぐぬぬ……う、うまい……っ!」
「よし」
とりあえず効き目が確かか確認するため、
「君、さっき必殺技の名前みたいなの言ってたよな」
「ああ」
「あの、ドッスンの術っていうの? ……私はすごくダサいと思うんだけど、どう思う」
「やかましい。咄嗟のことで良いのが思い浮かばなかったのだ」
「なんでわざわざそんな真似を?」
「技に名前が付いているとわかれば、すべて計算尽くだったみたいな雰囲気出て相手を威圧することができるだろう?」
「うーん……」
むしろ逆効果な気がするが。
何にせよ、男の舌ははっきりと回るようになっている。効果は確かに出ているらしい。
「じゃ、一応、自己紹介からよろしく」
「……俺は、カーク・ヴィクトリアだ……一応、”国民保護隊”ではアル・アームズマン隊に所属している」
「よぉし、キャプテン・カーク。これから私は、君と紳士的に話し合いをするぞ。医者を呼ぶのはその後だ。異存はないな」
「……敗者の義務として、受け入れよう」
「素直で大変よろしい」
元来、交渉とは武力で抑えつけた状態で行うのが一番楽なのだ。
「昨日、アリアも言っていたが……君らが”王族”だというのは本当かね」
「ああ」
「ならば、私は君たちと関わるつもりはない。我々は”勇者”と敵対するわけにはいかないからね」
「……それはこちらも同様だ。一応弁解させてもらうが、昨晩の一件は完璧に妹の独断である。我々は”勇者”に反抗するような勢力ではない。妹は生まれつき負けん気が強くて、いつかこの国を自分の一族のものとするのが目標なのだ。当初こそアル・アームズマンの子を産むことでその目的を為そうとしていたようだが、肝心のアルに脈なしと気付いたせいでその手段を見失っていたのだと思う。そんな折、君たちが特殊な”マジック・アイテム”を使うと聞いたものだから、それを国興しの材料とするため、あのような愚行に及んだのだと思われる」
「そ、そうか……」
あの実も一長一短である。必要か不必要か定かではない情報ですら、長々と話してくるためだ。
「何にせよ私は、君らのような連中に一切関わりたくない。また、今後君らと何らかの関係を築くつもりもない。いつ寝首を掻かれるかわからん相手と協力するつもりはないからね」
「わかっている。――”保護隊員”として犯罪行為に手を染めてしまった以上、我々もこの地を去るつもりだ。アル様には本当に申し訳ないことをした」
「ちなみに次はどこへいく?」
「南のバルニバービを経由して、天空の国ラピュータを目指す。――”偽物の勇者”の統治下ならば、身を隠すのにちょうどいい」
「らぴゅた? ……ふむ」
なんだか、どこぞのジブリなアニメのタイトルみたいな……。
「まあ、別に君らを訴えるつもりはないけどな」
もちろん、ステラやシムが殺されたりしていれば話は別だが。
とはいえそれはないだろうと思っている。なんでも平均的な”魔族”はライフル銃で撃たれても死なないくらいには頑丈らしい。その点、京太郎は仲間を信頼していた。
「悪いが、その言葉に甘えられるほど、お前を信頼できないな」
「そうか……」
京太郎は少し考え込んで、
「ところで、……君らは結局、”勇者狩り”とはまったく関係ないのかい?」
返答は早かった。
「ない。……というか、そもそもお前こそが”勇者狩り”だと思われているのだが」
「違うよ。――疑いは昨日のソフィアの証言で晴れたものだと思っていた」
「アル様はそう思ってない。そもそも、自ら手を下さなくとも裏で糸を引く方法はいくらでもある」
「そうか……」
ずしんと胸が重くなる。そういえばこの後、彼と会う約束をしていたのだ。
「そもそも我々は、”勇者狩り”捜索のために街へ繰り出していた。妹を見つけたのはあくまで、たまたまに過ぎぬ。仲間の一人が妹の下手な歌を聞きつけて、それで慌てて救出に来た次第なのだ」
そうだったのか。
あんなふうにギャーギャー騒いでいたのも、あながち無駄な行為ではなかったということか。
「出会い方が違っていたら、もう少し話がしたかったが。……ここまでだな。残念だよ」
「そうか? 俺はそうでもない。いい年して妹のようなちんちくりんに手を出すような腐れロリコン野郎は地獄に落ちてしかるべきだ」
この兄妹……。
京太郎が眉間を抑える。
「まあ、縁があればまた会うこともあるだろう。――でも一応、アル・アームズマンには挨拶した方が良いぞ。世話になった上司に砂かけて去ると、一生後悔することになるからね」
「余計なお世話だ。……わかっている」
そして立ち上がる。さて、近所の医者はどこだったかと頭の中に地図を開きつつ、今回の功労者である”ジテンシャ”の頭をぽんぽんと叩いた。
「ありがとな、”ジテンシャ”。もういいよ」
その時、京太郎が予想もしていなかったことが起こった。
『MUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
あるいは京太郎の「もういいよ」を間違って解釈したのだろうか。”ジテンシャ”の車輪が砂煙を上げながら猛烈に回転し、一直線に走り始めたのである。
その進行方向には、カーク・ヴィクトリアが寝転んでいて。
「――あ」
ドッ、ズシュルルルルルルルルッ!
京太郎は、彼の身体が胴体から真っ二つに両断されるのを目の当たりにした。”ジテンシャ”の車輪が、血を絵の具に歪んだ”Q”の字を描く。
突如として始まった残酷ショーに、京太郎はなんと言って良いかわからず、
「わ、悪い……」
とりあえず謝ってみる。頭の中には、高校の時に地元駅で投身自殺した遺体の一部を目の当たりにしたときのことが浮かんでいた。
その時、こう思ったものだ。
赤くて濡れてるな、と。
とはいえ、京太郎がグロテスクなものを見ていた時間はそれほど長くない。時間で言うと一秒ほどか。
見るも悲惨な形となったカーク・ヴィクトリアの肉体は、致命傷を受けると即座に蒼く発光し、
「これも、敗者のさだめか……」
とかなんとかカッコいい台詞を言ったあと、魂魄となって大空へと飛び去った。
残ったのは、抜け殻となった彼の赤いマフラーと服、そして大量の投げナイフ。
それと、
『MOOOOOOO!』
ネズミを仕留めた猫のように、「褒めて褒めて!」と寄ってくる”ジテンシャ”。
京太郎は頭をがりがり掻きむしり、”ジテンシャ”の鼻先をぺたんと叩いた。
「勝手に殺っちゃ、めー、でしょ! めっ!」
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