第70話 滅茶苦茶
ステラは満面に笑みを浮かべながら、
『よーし、メチャクチャやるぞー♪』
手首をくにくにして柔軟運動。
『ちょっと! ステラさん、ダメだよ。京太郎さまは反撃するなって』
『言われたのは”反撃するな”でしょ。”攻撃するな”とは言われてない』
『ヘリクツだあ!』
『でも実際、きっと殺られるくらいなら殺れって言うと思う』
『そ、それは……』
わからないだろう、そうだろう。
あの坂本京太郎という男とはここ二週間、家族のように付き合ってきた。が、未だにその本質を掴めずにいる、というのがシムとステラの正直な見解だ。
育ちの違いというべきか、死生観の違いと言うべきか。これまで京太郎とは何度も意見をぶつけ合っているが、謎は多い。
正直言ってステラは、“人族”など虐殺してしまっても構わないと考えていた。
もちろん、真っ向勝負を挑むわけにはいかない。まずは兵站を絶つところから始める。連中の資源を制限して飢えさせるのだ。そして内部分裂を誘う。あとは簡単だ。ほどよく疲弊したところを狙って教会を破壊、おばあちゃんを説得し、宣戦を布告すればいい。
とはいえ、このやり方に問題がないわけではなかった。
まず“勇者”の問題がある。かつての仲間の国が滅ぼされたことがわかれば、仲間想いの“反魂の勇者”、あるいは“不殺の勇者”あたりが立ち上がるだろう。そうなってしまえば、管理者が味方にいても、ほとんど勝ち目がなくなってしまう。
とはいえ、そうなったらそうなったで、こちらに有利なタイミングで交渉に持ち込むとかして、和平を結ぶことだってできないこともない。
そんなステラの意見を、京太郎は一笑に付したものだ。
「そりゃ君、いくらなんでも不確定要素に頼りすぎているぞ。戦争なんてものは、一度始まってしまったらそう都合よく終えられるものじゃないんだ。私の国のご先祖様も、似たようなことやろうとして失敗したからね」
と。
ぶっちゃけわりと正論なだけに、グギギ……な気持ちが生まれないわけではない。
「でもあんた、……欲はないわけ? 人前に出て管理者宣言すりゃ、ちょっとした新勢力だって作れるでしょうに。そーすりゃウハウハのモテモテで……」
「うーん。現段階ではリスクのある選択肢をとるメリットがないからなぁ」
「メリット、って……」
根本的にあの男、何かに対する執着心が恐ろしくない。
金、女、権力。
男が執着するものといえばそれが定番だが、坂本京太郎にはそうしたものに命をかけている様子がまるでなかった。実を言うとステラは、この男との同行を決めた時、“人族”の雄の最も醜いところを余すことなく見られるだろうと期待していたものだが……どうもこの男、思っていたのとは少し違っている。
野心に欠けるタイプの常として、意志力が薄弱なことが挙げられるが、彼の場合はそういうわけでもなさそうだ。
ステラにはそれが不思議だった。
“人族”のモチベーションというのはあくまで、利己的な欲望と切り離せないと思い込んでいたのである。
――あるいはそれが異世界人の特徴とするところなのかもしれないけれど。
思いっきり大の字になれるお気に入りのベッドの前に立ち、ステラとシムはもう一人の侵入者に視線を向ける。
さっきチラッと聞いた感じだと、名は「ラム」だったか。
ゆらりと入室してきた彼女の顔は、……よくわからない。フルフェイスのマスクを装着しているためだ。
マスクは一度見れば二度と忘れられないほど目立つ金色。
一つ奇妙な点があるとすれば、マスクにバイザーのような部分が存在し、どうやらそれが目隠しの役割を果たしているらしい、ということ。
「あなた、ひょっとして盲人?」
「………………」
女は無言で、杖のような、棍棒のような武器を構える。同時に得物の先端が鈍い輝きを発した。
恐らくは何らかの“マジック・アイテム”であることは間違いない、が。
『気をつけてください、ステラさん』
『わかってる』
『あれ、本で読んだこと、あります。世界の極東、ニホンっていう島国の格闘術で、……たしか“暗棒術”って言うらしいです』
『アンボー・ジツ?』
『はい。あの杖みたいな武器の先端に敵を感知するセンサーみたいなのがくっついてて、それを頼りに攻撃するんだとか』
『へえ。おもしろいじゃない』
ステラは、思わぬところで知らない国の不思議な料理を口にした気持ちで笑う。
『わくわくしてきた』
対する女の身体つきからは、ステラと同じくらいの背丈の女だということ意外には一切の情報がない。
「一応言っとくけど、私たち、リーダーからはこの娘を無傷で返すように言われてる」
「…………………」
「でも! ただで返すんじゃつまらないから! 私に勝ったらってことで!」
シムが「結局こうなったか」という顔で頭を抱える。ちなみにその仕草、京太郎にソックリだった。
ステラはそれを無視して、手のひらに光弾を四つ産み出す。常にポケットに入れてある、その辺によく転がっている石ころだ。
彼女が得意とする術は大地と星のエネルギーを借りるものが大半である。それらほとんどが強力な攻撃力を誇り、手加減と呼べる様な真似がほとんどできない。
そのため、彼女はずっと探し求めていた。自分の魔法をぶつけても壊れない相手。
“不死”の敵を。
「…………………××××、××××××ッ×!」
女は得体の知れない外国語でそう宣言して、踊るように武器を構えた。
その次の瞬間、まさしく達人の間合いでステラの鄂部に棒の先端が突き刺さる。
とはいえ、ステラはその軌道をほとんど完璧に見切っていた。本来なら脳を揺さぶっていたはずの一撃も、微妙に打点をずらされてほとんど威力を消されてしまっている。
「甘いなッ!」
彼女もまた、“魔族”の一員。身体能力において“人族”とは先天的に埋められない差があるのだ。
――とはいえ、“魔族”だってバレる訳にはいかないから……!
ステラはいまの一撃を相手の記念にしてやって、相手を瞬殺するつもりでいた。
「……おりゃぁ!」
手のひらから滑る様に光弾が飛ぶ。弾は一発。正確に眉間を狙った。威力的にヘルメットごと貫く計算だ。
だが、
「…………!」
器用なことに、暗棒使いの女は得物を巧みに操り、光弾の軌道をそらす。
――すごっ、……並の努力じゃあここまでの技、身につかないでしょうに……。
ステラはもうそれだけで、この子と一晩中だっておしゃべりしたくなっている。
口では過激なことを言うくせに、こういうところ、シビアな勝負に向いた性格ではなかった。
「ふうっ……! ふうっ……!」
暗棒使いの女はいまの一撃で実力差を完璧に察したらしく、その動きに焦りのようなものが感じられる。
ステラの手のひらの光弾はあと三つ。
「シム、ごめん」
「え?」
「アリアをお願い。もーちょっとだけ、この子と遊ぶね」
そしてステラは、その三つを捨てるようなアンダースローで、ぽいっと床に落とす。
「まさか……!」
シムが驚愕した次の瞬間、“冒険者の宿”の一室が光に包まれた。
轟音と共に来客用の居間に大穴が空き、
「……………………………うわあああっ!」
悲鳴を上げて、暗棒使いの女がその中へと吸い込まれていく。
ステラが最初に宣言したとおり、――部屋はメチャクチャになった。
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