第67話 捕虜
廊下へ出ると、”冒険者の宿”においてこれまで一度も京太郎たちを煩わせなかった、有能なホテルマンを絵に描いたような初老の男が困り顔でいた。
「どうかされました?」
丁重に訊ねると、男は、
「……そのォ。大変申し訳ありませんが、他のお客様からクレームがありまして。一晩中……そのォ、……猿が騒いでいるような声が聞こえる、と」
「へ? ……ああ」
アリアか。
「ずーっと地獄みたいに音痴な歌を聴かされる気持ち、わかる? あの子、一睡もせずにぎゃんぎゃん騒いでるんだから。ほんと……頭痛い」
どうやら、さっきの寝坊は寝ずの見張りが原因らしい。だとすると少し悪いことをした気がする。
「すいません。昨晩、ちょっと部屋に賊が入りまして」
「賊、というと……」
一度でも見かけた客の顔を忘れぬ男は、素早く応えた。
「確か、赤い髪にメイド服の娘がここまで上がってきていたのを見ましたが」
「そう。そのメイドの子です。その子、あろうことか私の”マジック・アイテム”を奪おうとしましてね」
「なんと。……では、”国民保護隊”に通報すべきでは?」
「いや、それは結構。彼女の主人とは顔見知りだから、内々で解決します。申し訳ないのですが、このことは他言無用で」
「――承知いたしました。では、他のお客様にはすぐに騒ぎは収まると説明しても?」
「問題ないです。ご迷惑かけて、大変申し訳ありませんでした」
従業員の男はそれ以上深く関わろうとせず、引き下がる。
京太郎は頭を掻いて、
「……あの人がわざわざ注意しに来たってことは、……相当だったんだな」
『うん。地獄よ、地獄。あたし、はじめて相手を気絶させる程度の弱い魔法覚えとくべきだったと思ったもん』
「おしおきが必要ってことか……」
嘆息し、隣室へ向かう。
なるほど、防音に優れているはずのこの”冒険者の宿”の部屋から、わずかに声が漏れ聞こえていた。
扉を開けると、カラオケルームに入った瞬間のように、やかましい音が京太郎たちの耳を叩く。
「じゃーがじゃがじゃがいも、さーつまいもーっ♪
じゃーがじゃがじゃがいも、さーつまいもーっ♪
じゃーがじゃがじゃがいもさつまいもっ♪
じゃーがいーもー。じゃがいーもー。さーつーまーいもー♪
じゃがいーもー、じゃがいーもー。さーつーまーいもー。
じゃがいーもいぃいいいいいもーぉおおお。さーつーまーいもー♪」
そこでは、芋虫のようにぐるぐる巻きにされたアリアが、ベッドに寝かされた状態で歌い続けていた。わざとそうしているのかわからないが、聴いているだけで頭痛がしてくるような歌声だ。
――ってかこの世界、薩摩芋あるのか?
その傍らには人生の終わりみたいな顔で憔悴しているシムの姿がある。
囚われの身でここまで損害を与えられるんだから、大したものだ。
「口を縛ってやればいいのに」
「そ、そうしたんですけどこの娘、歯をナイフみたいに尖らせてるらしくて、すぐ噛みきってしまうんです」
「……ひどいな。日常生活に不便だろうに。キスだってできないんじゃないか? それだと」
京太郎は嘆息する。見ると、テーブルの上には見慣れぬ物騒なものが山と積まれていた。
「これ、ぜんぶ彼女の?」
「は、はい。”暗器”と呼ばれる、身体に隠す用の武器のようです」
「よくもまあ、これだけたくさん……」
「パンツの中まで隠してました。――ちなみにあの、ぶ、武器を探ったのはもちろん、ステラさんです」
京太郎は嘆息する。予想はしていたが、どうもただのメイドさんではなかったらしい。
「おはよう、アリア」
アリアは言葉を発さない。黙秘を続けるつもりか。
いちおう彼女を安心させるため、京太郎は気楽な笑みを浮かべる。
「安心して、傷つけたりはしないから。このあとアル・アームズマンの元に帰してあげよう。……でもその前に事情を聞かせてもらえないかな。なんだって昨夜みたいなことを?」
答えはない。視線は虚空に向いている。まるで他人事のようだ。
京太郎は深く嘆息して、
「……この一件は不問にするって言ってるんだよ。そっちにも得のある話じゃないかな」
それも、無視。まるで人形のようだ。
「やれやれ。昨日の社交的なアリア・ヴィクトリアはどこへ行ってしまったんだ」
こういう態度、プロっぽいと言えないこともないが、どちらかというと「だったらどんなひどいことでもやってやろうか」という気にもなってくる。
京太郎は嘆息して、”冒険用の鞄”からゴム手袋とマスクを取り出し、身につけた。
そして、瓶から”嘘から出た
するとシムがせわしなく、
「うひゃ、きょ、京太郎様、なんですかそれ! す、す、す、すごく美味しそうでその。ください!」
ハイテンションで言う。
京太郎は苦笑しつつ、
「”嘘から出た実”という。これを食べると真実しか口にできなくなるぞ」
「そ、そ、そ、それでもいいのでください!」
「……何言ってる。ダメに決まってるだろ」
ここで自分の出自について余すことなく話すつもりか。
京太郎は素早く、部屋に備え付けられているフルーツ用のフォークを持ってきて、それをアリアの鼻先に近づける。
すると彼女は唇をむずむずさせて、
「うう……う……こ、こんなユーワクには……ぜったいまけたりしない……っ!」
だがダメだった。食欲には勝てなかった。
アリアは実をぱくりと食べて、
「ふえええ……めちゃうま……」
半泣きの表情でゴクリと飲込む。
京太郎はニッコリ微笑んで、椅子を近づけた。
どっかとそれに座り込み、
「では、話を聞かせてもらうよ。――」
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