二日目
第66話 二十一日目の出勤
新しい職に就いてから、京太郎が常に携行を欠かさないようにしているものがある。
まず、芯を抜いてコンパクトにしたトイレットペーパー。
それに着替えのシャツを二着。靴下の替えを一足、パンツを二枚、タオルを三枚、レインコートと折りたたみ傘。
メモ書きと安物のペン、麦茶入りのペットボトルにゴム手袋、使い捨てのマスク、双眼鏡、虫除けスプレーに制汗スプレー、下痢止め、酔い止め、目薬、ウェットティッシュ、眼鏡の上からでもかけられるタイプのサングラス、懐中電灯、輪ゴム、ジップロックなど。
それぞれ”探索者”として仕事をする上で一度はお世話になったものである。
普通に持ち歩く分にはかさばってしょうがないが、一度”
名をつけた甲斐あって、京太郎はすっかりこの鞄を気に入っていた。
とはいえ、ジョージを現実世界に持ち込むことはできない。よくわからないが、異世界には異世界のルールがあるように、この世界にもこの世界なりのルールがあるらしく、それに違反したアイテムを持ち込もうとすると(ウェパルの言葉を借りるなら)”バグ”が発生し、思った通りに働かないようだ。
実際、一度だけジョージを現実世界に持ち込んだことがあるが、何の変哲もないただの鞄に戻ってしまうことを確認している。
とはいえ、うまいことやれば異世界で作りだした道具をこちらの世界でも役立てられるのではないか……という想像は尽きない。
京太郎には、わりと最初期から頭の隅っこをよぎっていた考えがある。
偽札だ。
まず、お札を一枚異世界に持ち込む。そして『ルールブック』で「無限に紙幣を印刷できる道具」を作り出す。そしてそのお札のコピーを大量に生産してウッハウハ、という作戦であった。
「どうかな?」
早朝、京太郎は出社後のちょっとした待ち時間でウェパルに訊ねる。
同僚と話すくらいなのだから、本気でそれを実行しようと考えているわけではない。だが、これまで似たようなことを試した者がいないとも思えなかった。
「ええんちゃう? ためしてみれば」
対するウェパルはどうでも良さげに応える。
「いや、試さないけど。法律に反してるし」
「こっそりやればバレないって」
「悪魔みたいなこと言わないでくれ。……だいたい、君に話している時点で”こっそり”やってない」
「そっかぁー。犯罪行為で大金持ちになったあなたが、どういうふうに堕ちていくか見てみたかったのに」
「……なんてやつだ」
こめかみのあたりの頭痛を抑えつつ。
だが京太郎は内心、なるほど”こっそりやれば”バレないのかと思う。
実を言うとこれは、さりげなく探りを入れたつもりだった。
そう、坂本京太郎は今日、『ルールブック』の力でドスケベメイドロボを作り出すつもりでいたのである。
すでに昨晩、構想をまとめてポケットのメモに下書きを書き込んであった。
【名称:メイドロボ・よし子
番号:SK-?
説明:管理者の言うことをなんでも聞いてくれるメイド型ロボット。可愛い(重要)。
B:99.9センチ、W:55.5センチ、H:88.8センチ。身長は167センチ、体重は50キログラム(峰不二子と同じ)。
容姿は可愛らしく(超重要)性格は優しく、可愛い(ものすごく重要)。家事全般が得意で料理の天才でもある。好きなことは人に喜ばれること、苦手なことは運動。
太陽光発電で動くため食事などは必要ないが、食事をすることでもエネルギーを蓄えることが可能。】
あとは向こうの世界で、タイミングを見てこれを『ルールブック』に書き写すだけ。
「ウフフ!」
「なあにその、気色悪い笑顔」
「そんな顔してたかい」
「うん」
「なら、気のせいさ」
▼
いつもどおり異世界の扉をくぐると、そこには大の字で眠っているステラの姿があった。
昨日と変わらない外出用の魔法少女服で、シーツもかけずに「すかーっ、すかーっ」と、豪快な寝息を立てている。
京太郎は驚いた。いつも出入りすることにしているのはシムの部屋であったはずで、ここでステラが眠っているのはおかしい。
あるいはこの二人、いつの間にかいい仲に……とも思ったが、いつだったかシムから、“亜人”は”亜人”同士でしか交配しないと聞いたことがあった。
「おーい……」
おずおずと声をかけると、ステラはびくびくびくん! と痙攣して、フランケンシュタインの怪物のようにのっそり起き上がる。
『……あれ、もう時間?』
「おはよう」
『少し……寝てた。ごめん』
言って、年頃の娘のように顔を赤らめて洗面所に向かう。買い置きの水でざばざば顔を洗っている音が聞こえた。
「シムは?」
『私の部屋。アリアの見張りは交代制にしたのよ』
「そうだったのか」
胸にずしんと重いものがのしかかる。そういえばこの厄介ごとを宿題にしていたのだった。メイドロボは少しお預けになるだろう。
京太郎はまず『ルールブック』を開き、少しだけ考えて、
【名称:嘘から出た
番号:SK-10
説明:直径一センチほどの果実。食べた者はしばらく本心しか口にできなくなる。
強烈に食欲をそそる甘い匂いを放っており、これを鼻先に近づけられたものは自分の意志とは無関係に実を食べてしまう。
補遺:試供品として十粒ほど瓶詰めにしたものを用意して下さい。】
慣れたもので、産み出されたアイテムを目で追わずとも手の中へおさめることができるようになっていた。
顔を洗い終えたステラは、オリーブの実にも似た”嘘から出た実”をまじまじみて、
『何それ。……ちょっと美味しそうじゃない』
「食べるなよ。強力な自白剤だ。嘘がつけなくなる」
『うげ』
ステラの顔がさっと蒼くなる。
『それ、二度と近づけないで』
「さて、どうしようかな?」
『もしそんなの食べさせようものなら、絶交よ、絶交』
「はいはい」
立ち上がり、二人はステラの部屋へ向かう。
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