第65話 同僚

 ここ一週間、のんびりした反復仕事が続いていただけに、今日はあっちこっち出かけて忙しない日だった。

 アリアのことはシムたちに任せ、京太郎は事務所の扉をくぐる。


 そこにはいつものようにウェパルがいて、相変わらず豊満だった。

 たぶん正気のOLなら人前でそのような真似はしないのであろうが、今は自分のデスクの上にデカい胸をのっけて休ませている。


「おかえりー」

「うっす」


 京太郎は自分の机に座って、人心地付いた。


「最近ちょうしどう?」

「まあ、なんとかやってるよ」

「辞めそうな雰囲気ある?」

「ない、ね」


 するとウェパルは、満足そうに微笑んだ。


「それはけっこう。じつにけっこう」

「時々そういう風に聞いてくるけど、そんなに離職率高いの? この仕事」

「人による。でも、うつ病みたいになるのはいる」

「へえ。例えば?」

「無意味に人殺しすぎて頭おかしくなったりとか。うっかり手違いで仲良しの異世界人八つ裂きにしてショック受けたりとか。……そういうのは決まって、おまたゆるゆる女かやりちん自己中男にメガ進化してまともじゃなくなる、かな。そうなったら一ヶ月もたないね」

「……規定で人殺しを禁じたらいいのに」

「まあ、殺るときゃ殺らないと仲間に示しが付かないタイミングってあるからねぇ」

「そうか……」


 京太郎は視線を逸らす。

 できれば、そういう瞬間が永遠に来ないことを願いたい。異世界の住人とは末永く友だちでいたいのだ。


「ところで、向こうの世界の女の具合、試してみた?」


 深く嘆息して、


「セクハラだぞ」

「うひひ」


 ついさっきまでドスケベメイドロボの開発について考えていた件はさておき、ムッとした表情を作る。

 京太郎だって男だ。これほどの美人と二人きり、ほとんど密室にいて、変な気を起こしかけたのは一度や二度ではない。

 もう少し時間を置いて仕事に慣れてから、とも思ったが、その時の京太郎は少し大胆になっていた。ひょっとすると朝に出かけた色町に当てられたのかも。


「なあ、ウェパル……さん」

「ん?」

「良ければ今晩、私と……」

「ふ、え?」


 その時であった。

 いま京太郎が出てきたばかりの、異世界へと繋がる扉が開く音がして、


「うーっ! つかれたぁー!」


 ライオンのたてがみを思わせる無造作系の茶髪にピアス、着崩した赤いストライプのジャケットという、いかにもホスト風の男が入ってくる。人種は京太郎と同じ日本人に見えた。頬は少しこけているが整った顔つきで、歳は四十過ぎくらいだろうか。胸元に逆十字のペンダントをつけている。

 あまりにもタイミングが良かったので見張られていたのかと疑う。だが男の様子からは恣意的な何かは感じ取れない。


「……っと。珍しいな、今日は誰かいんのか」

「おひさ。サブさん」

「うっすウェパル。――と、そっちの兄さんは……ええと、どなた?」


 京太郎は素早く居住まいを正し、先輩に挨拶する。


「お疲れ様です。今月入社した、坂本京太郎です」

「キョータロー……ああ! ソロモンが言ってた新人か!」


 そして男は、にこにこ笑いながら京太郎に握手を求めた。


「俺はサブナックだ。サブさんと呼んでくれ」


 サブナック。

 一応、事前にざっと暗記しておいたソロモン七十二柱の一人、だった気がする。確かライオンの騎士だとかどうとか。だからこういう髪型なのだろうか?


「サブさんはどーして今の時間にこっちへ? まだ就業時間でしょ?」

「ああ、……俺、時々こっちで休憩とることにしてんの。向こうってホラ、たいていケータイの電波通じないっしょ? ラインの確認ついでにな」

「……バレてソロモンにぶっ飛ばされても知らないよ?」

「平気平気。あいついっつも忙しいから」


 そこでサブナックはなれなれしく京太郎の肩を抱く。煙草のにおいが鼻についた。


「それより、新人くんの話聞かせてよぉ~♪ なんなら飯、食う?」

「あなたの仕事終わり、今から七時間後とかでしょ。無理言わないの」


 京太郎は喉元まで「なんならそれぐらい待ちますけど」と言いかける。先輩は立てなければならないという前職の経験が身体に染みついているのだ。

 だが、ウェパルはいかにもぷんすかしていて、サブナックと京太郎を無理に引き剥がした。


「おっとと! ウェパルちゃん、ご機嫌ななめ?」

「タイミングのわるいやつめ……」


 そこで京太郎も、先ほど自分が何を言いかけたか思い出し、耳まで赤くなった。

 いたたまれなくなって、立ち上がる。


「あっ。……あんまり、仕事のあと居座ってちゃマズいんでしたっけ? 自分、そろそろ帰ります」

「えー……なんだよーっ。もったいねえなあ。呑もうぜー?」

「それはまた、今度の機会ということで……」

「でもさー。仕事の話とか、いろいろ聞きたいことあるんじゃないの?」


 そこで京太郎は止まった。


「……教えてもらえるんですか? この仕事の秘密を」

「だーめー♪」

「ちくしょう」


 京太郎はがっくり肩を落とす。

 かーかかか! と、サブナックは『キン肉マン』に出てくる悪行超人のように笑って、


「おもれぇーな、新人くん。……あいつが気に入るのもわかるぜ」

「はあ」

「だが! あんま嘗めてっと、この仕事……とんでもない落とし穴があってだなあ。俺なんか一度、うめーこと”勇者”役の兄さんをサポートしてきたなと思ったら、”魔王”を始末する直前で仲間の裏切りにあって……なんでも、かつて追放したメンバーの逆恨みで、いつの間にかパーティ内では孤立していたって話でな?」

「ほう……? その件、少し詳しく」


 そこでウェパルが間に割って入った。


「ほら、ほら。くそじじいのたわごとに構ってる暇あるなら、帰るの。……あなたはうまくやってるんだから」


 そうして半ば追い出されるようにして京太郎はその場を去る。

 サブナックとはその後、しばらく顔を合わすことはなかったが、彼の発言はいつまでも京太郎の心に残っていた。


――そういえばずっと気になってたけど、この会社、就業時間が社員によってそれぞれ違うのか?


 それは何故だろう。なんの理由があって?

 いずれ自分も、夜勤になったりすることがあるのだろうか。


 その辺また、タイミングをみてウェパルに訊ねることにしようか。

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