第63話 うわべの言葉

「朝も思ったけど、なんだか変わった人だったなあ」


 場所を変え、教会近くにひっそりと建てられた喫茶店にて。

 四人、豆茶のオマケで出てきた豆菓子をぽりぽりやりながら、


「アルバート先輩は、昔からああなんです。人を試すような癖があるというか」

「私は試されてたのか?」

「恐らくは」

「じゃあ、どうなんだろう。合格か、不合格か」

「……わかりません。ただ、あそこで軽々しく反発しなかったのは好感触だったのではないでしょうか」

「わからんぞ。気骨のない男だと嘗められただけかもしれない」

「そういう風に見るのは素人だけでしょう。――あなたは、やろうとおもえば百度だって先輩を八つ裂きにすることができた。それは、私にも、アル先輩にも、あのアリアの目にも明らかでしたから」

「……それ、本当?」


 京太郎は顔をしかめた。


「ええ。あなたからはずっと、『この状況をひっくり返す選択肢がある』という余裕が見られましたので」


――要するに言い換えると、内心イキりまくっているのを見抜かれてたってことだよな。


 実を言うとそれは、京太郎の望むところではない。


――コウちゃんに習って、怯える演技とか練習した方がいいだろうか。


 そこでソフィアは、いったんその場を中座する。手洗いへ行くためだ。

 そのタイミングで、シムがそっと話しかけてきた。


『す、すいません』

「ん?」

『フリム兄ちゃんの情報、あんまり役に立ちませんでしたね……』

「どうしてそう思う」

『だ、だ、だって。……アルさんも”勇者狩り”の被害者なわけですし。……そうなると、予想とは全然違う人が”勇者狩り”なの、かと』

「それはわからないよ。彼が自分で自分を刺して、被害者面しているのかもしれない」

『え、あ。……なるほど、それは考えつかなかった』

「こう見えてシャーロック・ホームズは一通り読んでるんだ」


 ちなみにそれは、友人の廻谷浩介の影響である。

 彼は学生時代の趣味が高じて、今は社会人向けのミステリー研究サークルの部長をつとめていた。ちなみに京太郎が一番好きなのは山田風太郎先生のバスティーシュ『黄色い下宿人』という短編だ。

 その中のホームズの台詞に、こういう一文がある。


『月並じゃないか。大トランクに屍体を入れてはこんだこと、黒眼鏡に黒髯の男が犯人の変装であったこと、五人の連続殺人計画のうち三人目に重傷をうけただけで死ななかった唯一の生残りが犯人であったこと。……へどがでるほどのマンネリズムじゃないか』


 事ほどさように、連続殺人事件に生き残りが登場した場合、その被害者が犯人、というオチはミステリーの世界において百万遍繰り返されたトリックだということだ。


「とはいえ、それでは”真相新聞”に影響を与えた理由にはならないな。はてさて」


 そこでソフィアが帰ってくる。


「ところで、さっき中断した話の続き、聞いてもよろしくて?」

「え」


 京太郎はしばし考えて、


「何の話してたっけ?」

「もうお忘れになられたの?」


 ソフィアはしっとりとしたため息を吐いて、


「私にかけた術のことです」

「ああ、それね」


 おっさん特有のぐだっとしたやり取りの後、京太郎は腕を組み、少し考え込む。

 ここで考えなければならないのは……要するに、どこまで彼女に情報を開示すべきか、ということ。

 この世界の”人族”が”魔族”に対する偏見に凝り固まっていることはよくわかっている。そしてそれは、”魔族”がこれまでしてきた悪行と無関係ではない。原因がはっきりしているからこそ、何もかも正直に話してしまうのは無理がある。


「あなたこう言ってました。術をかけたのは、この世界そのものに、だと」

「まあね」

「それが事実だとするなら、あなたは……”勇者”に勝るとも劣らない”マジック・アイテム”持ちだと言うことになります。事実ですか?」

「部分的には、イエスかな」


 京太郎はあっさりと応えた。ステラも、シムも、豆茶をくりくりスプーンで回したりしながら黙っている。この場は見守っているつもりらしい。


「どういう意味でしょう?」

「私の使う”マジック・アイテム”はわりと万能だが、”勇者”が使うものには適わない。……ぶっちゃけて言うなら、――そうだな。”不殺の勇者”が使う”なんでもあり”という評判の”マジック・アイテム”の劣化版、ということだ」

「ふむ……」

「試しに何かしてみよう。――ソフィア。何か、希少性が高くてこの場にはなく、かつ君が必要としているものを挙げてくれ」


 ソフィアは一瞬、奇術師を目の前にしたような、「なんとしてでもトリックを見抜いてやる」というような表情になって、


「では、バルニバービ地方よりももっと南の……最果てに近い森には、ユニコーンと呼ばれる幻獣が棲まうとされています。その馬の……ええと、コードバンはわかりますか?」

「すまない。寡聞にしてしらない」

「簡単に言うと、極めて希少なお尻の皮です」

「それをこの場に出せばいいのかい」

「はい」

「ちなみに、それはどういう価値があるものなのかな」

「ユニコーンのコードバンは、かの”反魂の勇者”も使用したとされる、極めて優秀な”マジック・アイテム”の素材になります。なんでも、それを身につけた者は邪悪な魔法や呪いを跳ね返すのだとか」

「ふむ……」


 京太郎は少し考えて、


「一着分でいいのかな? なんなら仲間の分も出すけど」

「必要ありません。そうして造られた皮鎧は処女でなくては装備できないとされていますので。――パーティで処女なのは私だけです」

「oh……」


 京太郎は気まずく視線を逸らした。


「――つまりええとその、なんというかつまり、……本物かどうかの確認も兼ねている、ということか」

「そういうことです」


 京太郎は嘆息して『ルールブック』を取り出す。


【管理情報:その16

 管理者は、手を当てて念ずることで、その者にふさわしい装備を自由に産み出すことができる。】


 個人的なイメージとしては、ピッコロさんが孫悟飯を修行するとき、胴着を出すのに使った謎の便利な術。


「手を」


 ソフィアが、おずおずと手を差し伸べる。少し傷ついて武骨なところがあるが、力強くてよく手入れされた手だ。

 その手と手を重ね、先ほど言い渡された内容を頭の中で念じてみる。


「何を……?」


 ソフィアが訊ねた次の瞬間、彼女が着ている服の上から、胸、両腕、両足、腰の順番に革の鎧が出現していく。

 人気のない喫茶店を選んだのは正解だった。先ほどのテラス席でこのような真似をした場合、きっと早き替えの大道芸か何かと勘違いされていただろう。


「わっ、わ、わ、わああああ……っ」


 声は、最初の数秒だけ悲鳴、その後は歓声に変わる。

 総じてそれは、長期間の探索を強いられるソフィアのような者にはピッタリなデザインであった。

 その有り様は、レザー・アーマーというよりはレザー・スーツという言葉が近い。

 全体の色合いは”迷宮”の建物に紛れやすい、黒に近い濃い緑色。足回りは軽く、膝丈まであるブーツは伸縮性に富んでいて身動きを阻害しない。

 レザーというといかにも通気性が悪いイメージがあるが、ユニコーンの皮の場合そういうことはないらしく、蒸れる感じはしないようだ。

 肌の露出は最小限だが、胸部から腰のラインは戦闘時邪魔にならないようにピッタリと張り付くようなデザインになっている。お陰で防具の上からも彼女のシルエットがはっきりわかるようにできていて、京太郎はちょっとだけ性的すぎるかな、大丈夫かな、と思った。

 ソフィアはしばらく自分の身体をぺたぺた触って、


「すごい。……わたくしのために仕立てられたみたいな……」


 どうやら、第一印象は好感触っぽい。


「でも、ここまでしてくれとは言いませんでしたが」

「どうせやるなら、手っ取り早い方が良いと思って」


 ソフィアは嘆息する。


「でも、素材から専用の革鎧が出来上がるまで、半年は職人とやりとりするのが普通でしてよ? 一瞬でこんなことをされてしまったら、懇意にしている仕立て職人が泣いてしまいます」

「そうなの?」


 言われてみれば、京太郎の故郷とする世界においても、フルオーダーの仕立て服ができるまで数ヶ月は職人とやり取りするのが普通だと聞いたことがある。


「こんな芸当ができるものが……”不殺の勇者”の劣化版ですって? むしろこれだと……」


 ソフィアは何ごとか口の中でもごもご言って、


「でも、……どこでその本を手に入れられたのです?」

「それは話せない」

「ですか」


 ソフィアはあっさり引き下がった。むしろそう応えるのが”探索者”としては健全だ、とばかりに。


「それで、あなたの目的は?」

「アルの前でも言ったとおり。太平の世の中を実現することだ」

「……大きく出ましたワね。世界征服でもなさるおつもりで?」

「誰かから何かを奪い取るつもりはない。実を言うと私、あまり物欲がなくてね」


 もちろんそれは、「この世界では」という条件が付く。京太郎はこの前の土曜日、ニンテンドースイッチが欲しすぎて電気屋さんを八軒回っていた。


「とはいえ、力を持つ者には義務があると思ってる。救えるはずのものを見殺しにするのは罪だ、とも。だから私は、この世界の住人全てが幸せに暮らせるような世界を実現したいんだ」


――学生時代の仲間の諍いも止められなかった私がよく言ったものだ。要するにただ「そういう仕事」であるだけだというのに。


 嘘を吐いているつもりはない。

 だが所詮はきれい事だという気持ちは拭えなかった。

 とはいえ、大義名分は人を惹きつけるものだ。その内容は大仰であればあるほどいい。ソフィアの協力を得るためには、間違いなくそういう、うわべの言葉が必要だった。


「私は、”魔族”と”人族”が共存できる都市、――あるいは国を創ろうと思う」

「なんですって?」


 ソフィアが目を丸くする。

 

「本気ですか?」


 京太郎は頷く。


「しかし、連中は人を喰いますのよ? わかっておいで?」

「みんながみんなそうじゃない。だろ?」

「……それは……」

「――噂では、君の仲間にも”亜人”がいると聞いたけど」


 ソフィアは視線を逸らす。


「――”ラットマン”は、確かに私のパーティの一員です。でもあれは遠い祖先に”亜人”が含まれるというだけで、ほとんど”人族”と言って良くて……」

「だが、貴女は彼を受け入れる度量があった。――なら、この話に乗れない理由にはならない。違うかな」

「…………う、ううむ………」

「それに、もし彼らと協力できれば、生活はもっと豊かになる。――なにせ彼らは、人間と違って”マジック・アイテム”要らずだ。一般市民が受けられる恩恵は計り知れない」


 実を言うと京太郎の話している思想は、これまでこの世界の有識者によって幾度となく議論されてきた社会の形であった。机上の空論と吐き捨てるのが一般的な考え方だった。京太郎は彼らの言葉をそのままなぞっているに過ぎない。

 とはいえ京太郎の持つ手札の強さを考えると、――その言葉には異様な説得力がある。

 何にせよ、彼女はこれで悪くても「」とは思うだろう。今はそれで十分だ。


「そう……うまくいくかしら」

「わからない」


 京太郎は、ぱたんと『ルールブック』をテーブルの真ん中において、


「だが、何ごとも試してみないとわからない。そうだろう?」

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