第60話 再会

「ん。あなたたちは……」


 槍を立てた門番の男は、京太郎たちとその腕に巻かれた黄帯を見て、


「一般の”探索者”ですか。申し訳ないが、ここは政府公認の”探索者”でないと入れない決まりになっていますので」

「あ、そうなんですか」

「はい。それでは」


 キーアイテムを手に入れずにNPCに話しかけたくらいの素っ気なさで、門番は視線を逸らす。


「さて、どうしたものかな」


 たまたまロアが通りがかってくれれば口をきいてくれるかもしれないが、そこまでうまくことが運ぶとは思えない。


――仕方ない。適当に『ルールブック』を使って……。


 そう思っていると、アリアが一歩、前に進み出た。


「あの、すいません、門番のお兄さん」

「……なんだね」

「私のこと、見覚えありませんか?」


 そして黒いフードを取り、赤い髪を晒す。

 すると門番の顔色がさっと変わって、


「あっ、……あなた、アルさんとこの……」

「はい!」

「でもなんで」

「ちょいとばかり、諸事情ありまして! ソフィアさんにお話を伺いたいのですって。……えっと、彼女はここに?」

「ええ。自宅謹慎を命ぜられていますので……」


 少し前に知ったことだが、政府公認の”探索者”は”ギルド”内に無料で使える個室を与えられるらしい。


「やっぱり、直接ソフィアさんのお部屋に伺うのは……難しい?」

「決まりですから」

「そこをなんとか~」


 アリアは、近所の八百屋さんならきゅうり一本くらいオマケしてしまいそうな愛嬌でお辞儀する。

 だが門番も下手な真似をして職を失いたくないらしく、


「悪いが、中に入りたければ正式な手続きを踏んでもらわにゃあ……」

「そうしてもいいですけど……ぶっちゃけめんどくさいんですよねー♪」

「め、面倒って……」

「じゃ、こーいうのはどうです? 我々はすぐそこのレストランで待ってますので、ソフィアさんから出向いてもらう、というのは?」

「しかし、彼女は謹慎中で……」

「自宅謹慎というのは、呼び出しがあればすぐに応えられる状態にいなさい、ってことなんですって。本当に家に閉じこもってなきゃいけないんなら、お食事もできないことになっちゃうでしょ?」

「まあ、言われてみればそう……かもしれませんが」

「じゃ、私たち、向こうのテラス席で待ってますね♪」

「承知しました。……しかし、呼び出しに応じるかどうかはソフィアさん次第ですぞ」

「それでけっこう、ですって!」


 アリアはぱあっと笑って、


「じゃ、”ギルド”の受付にはちゃんと伝えて下さいね。――アリア・ヴィクトリアが来た、と」

「了解です」



 実を言うと、京太郎がこの街のレストランで昼食を取るのはその時が初めてだった。

 それまで、飲み屋で一杯やったり、喫茶店で豆茶を飲むようなことはあったが、食事はいつもコンビニ弁当を買ってきてそれで済ませることにしている。

 それはある意味、京太郎にとっては異世界と現実世界を繋ぐ儀式のようなものであった。

 黄泉戸喫よもつへぐいという考え方がある。『千と千尋の神隠し』で、主人公の両親が異世界のものを食べてブタに変えられてしまうというあれだ。

 あまりこの世界に順応しすぎてしまうと、いつしか現実世界に戻れなくなってしまうのではないか、……そういう思いが、京太郎の中には常に在った。

 だからこそ京太郎は、その日も”冒険用の鞄”に入れておいたおにぎりを取り出そうとしたが……。


「ダメ、ですって。それはさすがにマナー違反ですって!」


 と、アリアがそれをいさめた。

 そこは青空が見えるテラス席で、うまいこと店員の視線から逃れられる場所ではあったのだが。

 事情を知るシムとステラが苦い顔をする。


「ええと……私、こう見えて潔癖症でね。自前の食事しか口にできないんだ」

「紳士なんだから、それくらい我慢して下さい! あるいはお昼を我慢して下さい!」

「えー」


 正直、昼抜きは嫌だった。身体のバイオリズムが狂って、夜、寝る前にお腹が減ったりするためだ。そして夜に暴食した次の日は必ずと言って良いほど体調が悪くなる。


――まあ、これも一つの経験、か。


 そんなこんなで、遂に京太郎は信念を裏切る羽目になった。


「ええと……酒精を含まないコース料理で、よく火を通したもの。おすすめを」

(京太郎)

「……り、りんごとハムと、このはちみつパンというのと、塩を少し」

(シム)

「麦の粥大盛りに、オリーブを散らして。食後は豆茶とチーズケーキを」

(ステラ)

「白菜を煮たスープと牛ヒレ肉のステーキ。焼き加減はレアで! あと、あさりのパスタ! にんにくたっぷり!」

(アリア)


 この街の昼食は、一日の中で最も豪華だ。なんでも、昔の貴族は午前中で仕事を全て終え、午後には自由になる習慣だったらしく、それが巡り巡って庶民に受け継がれているらしい。そのためかどのレストランでも、食事と一緒にアルコールの類が平気で出る。その代わり夕食が晩酌扱いなのか、居酒屋などで出るものは単純な料理が多い気がした。


 京太郎は、店員が嫌がらせで出したとしか思えない料理(何かの動物の舌とナメクジと豚の鼻のような形状の物体を煮たスープ)を一口嘗めて、


「……アリアは、ソフィアの知り合いなのかな」


 メイド服の少女は、なんだか二郎系ラーメンみたいな匂いのするパスタをもっしゃもっしゃと食べながら、


「はい。アルさまはご多忙なので、時々私たちがお客様の相手をするのです。その時に」

「へえ、そうかい」


 正直、京太郎は一度出会っただけのあのブロンドの女性の人格についてよく知らない。

 だが話を伝え聞く限り、なかなかの豪傑らしい。


 親に逆らって家宝の”マジック・アイテム”を盗んだ、とか。

 奴隷制に真っ向から反対している、とか。

 そのためかどうか知らないが、彼女のパーティは全員、元奴隷身分だとか。

 何にせよ、天動説を唱えたガリレオ・ガリレイよろしく、世界の常識に反抗するのは並大抵の胆力でできることではない。それが女の身ならばなおさらだ。


 京太郎がシムにスープを押しつけて、その代わりにちょっとだけハムを分けてもらったりしていると、


「……あなた……」


 背後から声がかかる。

 振り向くと、ブロンド髪の女性が立っていた。歳は二十代半ば、といったところだろうか。平凡な男ならワンパンで沈められそうな筋肉質な体つきが、絹の服に着替えたことで前よりもはっきりとわかる。

 ステラやウェパルなどと比べると一段落ちる程度には平凡な容貌だが、それでも平均的な”探索者”としては考えられないほどに美しい。化粧をしていないことを計算すると、あるいは磨けば光るタイプかもしれない。

 とはいえ、本人には磨かれるつもりなどまったくなく、むしろそうした女らしさを真っ向から憎んでいるような、そんな自立した女を思わせる雰囲気だ。

 京太郎はにこりと笑って、片手をあげた。


「やあ、久しぶり」

「…………正義の魔法使い………………?」


 ソフィアの顔色がさっと蒼くなる。まるで道ばたで幽霊にでも出くわしたかのようだ。

 そのままその女戦士は数歩後ずさり、近場の椅子にぶつかる。

 京太郎は不思議そうにして、


「ああ。二週間ぶりくらいかな。元気してたかい」

「あ、あ、あ、あなた……ここで何を……?」

「その件含めて、ちょっと話がしたくて。まずいかい」

「ええと……」


 ソフィアが視線を逸らす。

 京太郎は、なにか彼女にマズいことをしただろうかと思いを巡らせた。

 考えられることがあるなら、自分が書き加えたルールに関係しているはずだが。


――例えば。


【管理情報:その11

 管理者の知らないところで、管理者を害するための相談はできない。そうした場合、相談者は一時的な記憶喪失になる。】


 これとか。

 そうなると彼女は、京太郎を害する計画を立てたことになる。


――いや、まだ考えすぎか? 普通に”迷宮”でであった変な奴に驚いてるだけかもしれないし。


 緊張した空気を弛緩させたのは、アリアであった。

 メイド服の彼女は気安く彼女に近寄って、子供のようにぺたっと抱きつく。


「ソフィアさん! 待ってたんですって!」

「あ、アリア……」

「じつは、アルさまが大ピンチなんですって! だから、ちょっとお話を聞きたくて! ……ダメですか?」

「別に構わないけど……」


 そこでようやく、揺さぶられた精神を持ち直したようだ。


「何の件、かしら」

「そりゃもちろん! 例の”勇者狩り”の件ですって!」


 同時に、周囲の客がざわつく。


「このままあいつほっとくと大変なことになるんです! うちのご主人がクビに! 無職に! 路頭を迷うことに! おしりをくしゃくしゃにした葉っぱで拭くような身分に! その場合、葉っぱをくしゃくしゃにする役目は私の仕事になるのでしょうか?」


――声がデカい。


 この娘、本当にアルを助けるためにここまで来たのだろうか。

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