第59話 八人の勇者
アリアは、少し頬にそばかすがあることを勘定に入れても十分なくらいの器量よしで、愛嬌のある娘だった。髪は燃えるような赤色をサイドテールにまとめたもので、京太郎にはそれが、何かのアニメの登場人物、あるいはそのコスプレのように見える。
「ケセラもバサラも、とっても元気にやってますよ! さすが山育ちというか、お仕事初日で、屋敷に潜んでたネズミを一掃してくれたんです!」
「そうかい」
「”ハーフリング”の子って見た目より力があって、感覚が鋭いんです。私たちじゃ入れないようなところにしゅしゅしゅーっと。気付けば屋根の上に乗ってたりして! ああいうの、東方では何て言うんでしたっけ? ……ニンジャ?」
先ほどまでのよそよそしい態度はどこへやら、今や大喜びで同僚の近況について語っている。
京太郎は、そんな彼女をぼんやり眺めながら、
――赤い髪っていうと正ヒロインのイメージだよな。なんでだろ。『ときメモ』の影響かな?
などと、益体もないことを考えつつ。
京太郎たちがいま向かっているのは、ソフィアが主に出入りしているという政府直営の”ギルド”である。彼女が”勇者狩り”でないことはなんとなくわかっているが、どちらにせよ久々に顔を見ておきたかったのだ。
道中、念のため京太郎は、シムに訊ねておく。
「今回の一件とは関係ないかもしれんが、今のうちに各”勇者”の情報を再確認しておきたい。頼めるかい」
「は、はあ。……といっても、ほとんど伝説みたいな人もいますけど……」
「かまわない。それも一つの情報だ」
「はい。では……」
後にシムがわかりやすくメモにまとめてくれた”勇者”の情報は、以下のものである。
▼
【”鉄腕の勇者” リカ・アームズマン
“探索者の街”の産みの親にして、正義の人とされる。
殴ったものをなんでも破壊してしまう、ガントレット型の”マジック・アイテム”を持つ。
”反魂の勇者” ライカ・デッドマン
不死を司る”勇者”にして、博愛の人とされる。
役目は”奇跡使い”。
先の”魔王”討伐の際は仲間の回復役であった。彼女が未だに力を分け与えているお陰で”勇者”たちは悪意ある呪いや魔法の影響を受けず、不調とは無縁の肉体を得ている。
”
別名、最弱の勇者。
彼女が剣を抜いたところを見た者はほとんどいないが、役目は一応”戦士”とのこと。
望みが全て現実になるというとんでもない能力の”マジック・アイテム”を持つため、ユーシャが統べる王国は世界でもっとも侵略や内紛とは無縁の場所らしい。
とはいえ現在、本人に何かをする気はまったくなく、自分と同じく不老不死にしたお母さんと幼馴染みが作るご飯だけを楽しみに、いつも王宮の奥でごろごろしているようだ。
”無敵の勇者” アキラ・ソードマン
名にふさわしく、凄腕の剣術使い。
役目は”戦士”。
能力的には最も完成された”勇者”であり、精神的にも肉体的にも、他者には絶対に傷つけられないとされている。
噂によると根っからの小児性愛者らしく、未発達の児童でなければ興奮できない性癖を持つ。そのためか未だに子を作らずにいて、一部の層にひどく不興を買っているようだ。
”最初の勇者” ノア・リードマン
世界が洪水に呑まれるところを目の当たりにしたとされる“勇者”。
役目は”射手”。千里眼を持ち、世界の端から端まで届く不思議な弓を使う、とのこと。
現在どこにいるか定かでなく、何をしているかも不明。伝承では世捨て人同然となっており、常に泥酔しているとされている。
彼の領地は世界で最も無法な場所であるので、まともな人間は誰も近づかないらしい。
”偽物の勇者” 名称不明
名無しの勇者とも、”贋作使い”とも呼ばれる女性。
役目は”暗殺者”とも”戦士”とも言われる。
二つ名の由来である、他の”勇者”たちの能力をコピーしてしまう”マジック・アイテム”持ちであること意外は全てが謎。
伝承では親に愛されず育ったとされ、この世界を憎んでいる、とも。】
▼
”勇者”の話となると、この世界の住人はやいのやいのと議論を始める習い性でもあるのだろうか。
ステラ、シムにアリアも加えて、三人はさっそくあれこれと自分の”勇者”論を展開している。
「でーすーかーらー。……”贋作使い”さまは、みんなが言うような悪者じゃないんですって。そうウワサされてるだけ。ほんとは良い人! だってあの、にっくき”魔王”討伐に向かったくらいなんですから!」
アリアは、その”魔王”の孫と話しているとも知らずに持論をぶつ。
ステラは特に気にしたそぶりもなく、肩をすくめた。
「どうだか。逆張りにもほどがあるんじゃないかな。”贋作使い”が最終決戦にばっくれたのは事実だし。”不殺の勇者”だって形だけは参加したのに」
「……それは、その。……何かの事情があった、とか」
そこで京太郎は、話題になっている”勇者”の数を数えて、
「ちょっとまってくれ。――”勇者”って全員で八人いるんだろ? 残りの二人は?」
答えたのはシムだった。
「ええと、残り二人は、”魔王討伐”にも参加しなかった謎の存在、と、されてます……」
「ふむ」
「い、一説には協調性に欠ける性格なため、他の”勇者”たちに封印されてしまった、とも」
「でも、そいつらだって不老不死なんだろ」
「はい。……ですから、彼らの魂魄は未だにどこかの教会に封印されている、とか」
なるほど。そういう方法で”勇者”を無力化する方法もあるのか。
それが現実的かどうかはこの際置いておいて、京太郎はひとまず記憶の引き出しにしまっておく。
アリアがちょっと夢見がちな、名無し×ライカ推しの百合カップリング厨だとわかったあたりで、一行はとある建物の前に辿り着いた。
「ここが、――」
政府公認の”探索者”が集う、グラブダブドリップでも有数の”ギルド”。
それは、日本で言うと永田町にある国会議事堂を思わせる建物だった。
向かって真っ正面に宮殿じみた白い柱が立つ正門があり、男が二人、油断ならない表情で槍を立てている。
「ところで、ここまで来たはいいが、これ、ノンアポで入れるのか?」
「さあ……」
京太郎たちは、いかにもお上りさん、という感じで立ちすくむのであった。
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