第58話 黒コートの女
シムの鼻を頼りに、京太郎たちは人混みを縫うように進む。
逃げる黒コートの女とそれを追う三人に、生存戦略に長けた遊廓の住人は声をかけようともしなかった。
『ど、どうします? ……ぼく、走りましょうか』
「いや、人混みで”魔族”が力を見せるのはまずい。このままつかず離れず、じっくり追い詰めよう」
『はい』
黒づくめの女とは、何度か振り向きざまに顔を合わせている。赤髪、そばかす、まん丸であどけない目。その顔つきは若く、体力もなさそうで、明らかに怯えていた。
女はゴミ箱にぶつかり、出待ち中の客にぶつかり、必死に駆ける。すぐに気付いたのだが、彼女はどうにかしてこちらを撒こうとしているらしい。そうでもしないと仲間の元に戻れないのだろう。
「ステラ、悪いけどちょっと走って、向こうから回り込んでくれ。私とシムが袋小路に追い詰める」
『ほぉい』
人目を避けながら、ステラが疾風のように壁を昇り、塀の上を駆けた。惚れ惚れするような運動神経である。
京太郎は少し歩調を速め、黒づくめの女を追い詰めた。
「ひ……っ、ひい!」
裏路地の反対側には、ネオンサインに照らされたステラのシルエット。
黒コートの女は少し観念したように前と後ろを交互に見て、
「うう……くそう!」
毒づき、ポケットから何か巻物めいたものを取りだした。
何かの魔法を使うつもりらしい。
『京太郎さま、ぼくの後ろへ』
シムはバネ仕掛けのように京太郎の前に躍り出て、盾になろうとする。
だが、魔法はこちらを害するためのものではないらしい。
「うう……ええっと、――ふわふわジャンプ!」
同時に、彼女の身体が宙に浮き上がった。
京太郎(と、恐らくステラも)は驚く。その術には見覚えがあったのだ。
――なんでこいつが、あの魔法を使える?
『わわ、に、逃げられちゃう!』
シムが驚いている間、京太郎は素早く『ルールブック』を取り出し、
【管理情報:その14
管理者は好きなときに空中浮遊を可能にする”マジック・アイテム”を取り出せる。この力によって生み出された道具は無限に再利用可能。】
これに大きくバッテンする。
「――え?」
同時に、女の手元にあった巻物は消滅、六メートルほど浮き上がったところで、ぷつりと糸が切れたように落下してきた。
「うそうそ、うそ、うっ……わああああああああああああ!」
京太郎は素早く彼女の下敷きになり、落下時のダメージを消滅させる。
女は何が起こったかよくわかっていないらしく、素早く立ち上がって京太郎たちに相対した。
彼女の左手には、赤く輝く不思議な手袋がハマっており、
「う、うう……このっ! ――《ファイア・ボール》!」
呪文の詠唱後、握りこぶし大の火球が彼女の手のひらに生み出された。
シムが動くよりも早く、京太郎は彼女の前に歩み出て、
「やめときなさい。火事になる」
図らずも恋人繋ぎの格好で、自分の手のひらを彼女の手に重ねる。
しゅうううううう……、と音を立て、火球は消滅した。
「えっ、えっえっ……なにが、どうなって……」
どうやら女は、思ったよりもっと幼かったらしい。歳は十五、六くらいだろうか。
ちょっとだけ涙で濡れた目と目があって、
「ひえっ。こ、殺さないで!」
「では、まず答えなさい。……今の巻物、誰から奪った?」
「うば、……うばった? いやうばってないですって。と、友だちが、あぶない仕事するなら持ってけって、貸してくれたものですって……」
「友だちというと、ハーフリングの双子かね」
「な……なんでそれを……」
京太郎は嘆息しつつ、この娘の上司をおおよそ察する。
「きみ、アル・アームズマンとこの者だろう」
「そ、そそそ。それは……答えられないです、って……」
「君が今使った巻物は、私が君の友だちのハーフリングに与えたものだ。彼女たちとは一度仕事した仲でね」
「え」
「……そんなことも知らないで我々をつけていたのか」
「うう…………」
返す言葉もなく、黒コートの女は地面に転がる。
「教えてくれ。アルにはなんと命ぜられた?」
「あ、アルさまは別に、何も命じてないですって……」
「どういうことだ?」
「わ、わた、私その、普通のメイドなんですぅぅぅ……」
京太郎が首を傾げる。
「メイド? メイドさん?」
そこでステラが、嘆息混じりに歩み寄り、さっと黒コートの前をはだけさせた。
「ひええ! お、犯される辱められるこまされる!」
「……ふうん。なるほどね」
コートの中は、胸元の大きな赤いリボンが印象的なメイド服である。
京太郎は思わず感心した。
「おおっ。……秋葉原以外で初めて見たぞ……」
「あ、あ、あっ、あ。アキハバラ?」
少女は目を白黒させて、京太郎を見上げるばかり。
▼
その後、話を聞いたところ、彼女は名をアリアというらしい。
詳しい事情は、こうだ。
1、最近、主人であるアル・アームズマンの様子がおかしい。
2、なんでもその原因は、次々と”勇者”の親族を狙う謎の悪漢のせいらしい。
3、アル曰く、どうも自分を陥れようとする者がこの街に潜んでいる、とのこと。
4、このままでは”国民保護隊”としての地位が危ぶまれる。
5、アームズマン家は実力主義だ。家からの多少の援助はあれど、基本的に本家の財産は不老不死であるリカの所有物ということになっている。一族の者は街の人々と同様に一から身を立てる必要があるため、もしアルが職を失うことになった場合、路頭に迷うのはアルだけでなく、いま屋敷で働いている仲間たち全員だ。
6、それならば、素人なりにアル様をお手伝いするというのはどうか。
7、じゃ、一番暇そうにしてるアリアちゃん、いってらっしゃい。←今ココ
やれやれ、と、京太郎は苦い顔になる。
――もし我々じゃなかったら殺されていたかもしれないというのに。
「……それで、なんで私たちが怪しいと思った?」
「怪しい、というか何というか。……アル様が朝、あなたたちの部屋に向かったのを見かけましたので、とりあえずこの人たちから初めて見ようかな、と」
「なんだそりゃ……大した根拠もなく、君みたいな娘が奴隷商の縄張りみたいなところまで追いかけてきたのか」
「はあ」
「もっと自分を大切にしなさい」
「えへへ」
――何故そこで照れる。
呆れながらも、内心では安堵していた。
別に、シムとステラの立場が怪しまれているわけではないらしい。
「でも、お三方に何か秘密ごとがあるのは事実でしょう?」
「……なんでそうおもう?」
「私、朝からずっと三人を見張ってました。メイドの勘ですって」
「勘、ねえ……」
大正解。
とはいえ、外面はそうした感情をおくびにも出さず、
「何にせよ、私たちは”勇者狩り”とは無関係だ。――どうだいアリア。なんなら、我々と一緒に犯人捜しとしゃれこまないか」
「え」
「君は存分にこっちの痛くもない腹を探れる。我々は協力者が増える。Win-Winだ」
「ういんういん? 何かの食べものです?」
「お互い得ってこと」
京太郎はメイド服の少女を助け起こした。
アリアは少し考え込んでいる。正直、あまり気が進まない様子だったが、
「――まあ、協力するのが無理でも、友人としてあの双子の近況を聞かせてくれないかい。……そういえば、彼女たちには食事をご馳走になる約束をしているのだが、未だに果たされていない」
「しかし……その、私にも立場という者が……」
「もし、話を聞かせてくれるなら、――さっき君が使えなくした”巻物”をもう一枚、プレゼントしてあげてもいい。……そうしないと君も、友だちに面目が立たないんじゃないか」
「ぐむ」
そのやりとりをきっかけに、少しだけ信用する気になったようだ。
メイドさんは、「こんなはずじゃなかったのに」と深くため息をついて、
「わ、わかりました。……お手伝いしましょう」
アリアが なかまに くわわった!
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