第57話 容疑者たち
『まず、一番怪しいってされてんのは、……あんたらも名前くらい聞いたことあるかもしれんが、――ソフィアてえ女の公認”探索者”だ』
いきなり知った名前が出てきて、すこし驚く。
『ソフィアはこの島の西側を任されてるミラーってぇ馬鹿でかい商家の長女でな。ミラー家の連中はどいつも皮肉屋のインテリって感じだから、脳みそまで筋肉でできてるよーなアームズマン家が嫌いなのさ。……ソフィア・ミラーは、家に勘当されてまで”探索者”になったっつー変わり者だが、それがそもそもおかしな話さ。……本当のとこ、秘密の指示を受けて東側をスパイしてんじゃねえかって、もっぱらの評判でね』
『へえ……』
シムはもの凄いスピードでペンを動かし、フリムの言葉をメモしていく。彼には速記の才能があるらしく、ちょっとだけ、この子が”管理者”やった方が良い仕事するんじゃないかという気がした。
『でも、おいらが見たとこだと、ソフィアは違うな』
『……なんで?』
『別に、根拠はねえ。ただありゃあ、人殺しだけはできねえ類の人間だね。よく言えば善人、悪く言えば甘ちゃんだ』
『で、でも、――ソフィアのパーティは、”魔族”を殺すよ?』
『そりゃ話が別さ』
フリムは、噛みつくように甘いビールを飲み干し、
『”人族”は、”魔族”を虐待するのを正しいことだと思ってやがる。――”レベル上げ”の話は聞いたことあるかい?』
『ええと……殺した”魔族”の骸を装飾品にして、それを自慢するっていう……』
『それだ』
『た、確か、収集した骸が多ければ多いほど”レベル”が高いってことで、一部”ギルド”での扱いが良くなる、とか』
『ああ。……幸いこの辺はそういう文化が根付いちゃいないが、この島を出た先じゃあ、”魔族”から切り取った耳をネックレス代わりにしてる”探索者”がゴマンといる。――で、よくよく話を聞くと、そろって無力な”魔物”か、年端もいかねえガキや赤ん坊を襲って耳をちぎったって話さ。”人族”の連中、それで自分が強えって思い込んでるんだから、世話ないぜ』
その視線の先にはアンドレイがいる。
『もちろん、ママは別だけどな。変わり者に乾杯』
シムは、少しだけその話に何か言及しかけたが、思い直して、
『……その、ソフィアさんが悪い人じゃなさそうなのはわかった。……他の候補は?』
『アームズマン家の婿養子で、アル・アームズマンってえやつ』
『え? あの?』
『ああ』
『国民保護隊の人が、まさか……』
『だが、アル・アームズマンはリカに恨みがあるってもっぱらの評判だぜ。あいつはそもそも、戦災孤児ってやつみたいだし』
『戦災……?』
『ああ。二十年前に、なんとか言う田舎領主が起こした反乱があってな。旗揚げから三日もせずにリカが出向いて鎮圧されちまったらしいが、その時拾われてきた子供がアルさ。なんでも、最近正式に婿入りするまで、リカがあれこれ面倒見てやってたんだと』
『へえ……』
『正直、アルが心の底で何を考えているか、側近の人間にだってわかっちゃいないんじゃないかな。……とはいえ、あいつの素行が不良そのものだってことは有名だ。リカもなんだってあんなのを飼ってるのか……』
人に歴史あり、だな。
京太郎はあの不躾な男の姿を思い出しながら、感慨深く嘆息する。
とはいえ京太郎は、”勇者狩り”の正体がソフィアでもアルでもないと思っていた。
彼らがあの”真相新聞”に影響を与えられるとは思えなかったためだ。
もちろんまだ、二人の正体が実は”魔族”だった! みたいな結末も考えられる、が……。
『最後の一人は?』
『お前らも知ってる、一番の容疑者さ』
フリムは深く嘆息して、
『”迷宮”を統べている”魔女”さまだよ。それをするための動機も能力も兼ね揃えてる、最強のカードだ』
『ああ……』
『だが、お前らがわざわざ訊ねてきたってことは……違うんだな?』
『だね。”魔女”さまはむしろ、リカを心配してる側だよ』
『だろうな。……マジでリカが攻めてきたら、困るのは”魔女”さま本人だろうし』
京太郎は眉をしかめた。
「……よくない傾向だな。このまま噂を放置すると、本格的に”迷宮”に攻め込むべき、みたいに世論が流れかねない」
フリムは、京太郎は本気で“魔族”を心配していることを察したのか、少し妙な顔つきになったが、
『ああ。……確かに。……まあ、なんか悪いことが起きりゃあ”魔女”さまのせいになるってのは、この街の決まり文句みたいなモンだけどなぁ』
正直、手持ちの情報では、今まで出てきた中で最も可能性が高い人物は”魔女”、ということになるが。
――いや。
その可能性まで疑うならば、今は他国にいるという”勇者”たちまで視野に入ってくることになる。
「他には?」
『ん』
「他に、容疑者の可能性が高くて、特殊な能力持ちのやつはいないのか」
フリムは、少し悩んでから、答えた。
『一人、いるな』
「ん?」
『リカ・アームズマン本人だ』
「リカが?」
『うん』
「でも、彼には動機がないじゃないか」
『知らん。ただ可能性の話だろ? 可能性だけで語るなら、”偽物の勇者”とか“最初の勇者”とか。……”
そこで京太郎は、ぽつりと訊ねる。
「ここでひとつ、根本的な質問をしていいかい」
『なんだ?』
「”勇者”の”マジック・アイテム”って、奪ったりすることはできないのか? 例えば、今名が挙がった“勇者”の”マジック・アイテム”を、第三者が盗んだ可能性は?」
『それは……』
フリムは、おいおいもの凄い田舎者がここに登場したぞ、という目で、
『なんでそんなことを知りたいのかよくわからんが。――物理的にできないことはないが、……まあ、不可能だろうな』
「どうして?」
『”勇者”から”マジック・アイテム”を奪うってことはつまり、”勇者”の隙を突くってことだろ』
「そうなるかな?」
『”勇者”には隙なんてないのさ』
「ん? そうかな」
京太郎は首を傾げる。果たしてこの世に隙のない人間など存在するのだろうか。
高校生の時、腹を下しているプロボクサーにバットで殴りかかった場合勝てるかどうか、という議論で昼休みが潰れたことがある。リカだって人間なのだから、いつだって本調子とは限らない。
『なんでも、かつての”魔王”討伐の際、”反魂の勇者”にかけられた魔法のお陰で、”勇者”たちは常に癒やしの術が掛かってる状態らしい。だから連中は、常に体調が万全で、しかも眠る必要がほとんどないんだと』
「へ、へえ……」
それはうらやましい。寝なくて済むなら、ソシャゲの時限イベントを見逃すこともないだろう。
『もちろん、戦いに参加しなかった二名の”勇者”には術がかかっていないらしいがね……』
その時だった。
かた、ことん、という音を立てて、店の出入り口付近から物音が立つ。
振り向くと、黒いコートの女が立ち去っているのが見えた。
『ここいらで術に頼らない盗み聞きとは、ずいぶんと身の程を知らねぇ
「いや、聞かれてはいないよ」
京太郎は自信を持って答える。自分たちの会話はそもそも、盗み聞きされないようにルールを設定してあったためだ。
たぶん今の女は、どうにかして会話を聞こうとして近づきすぎ、そして失敗したのだろう。
『だとしても放っておけねえな。……ちょっと待っててくれ。始末してくる』
フリムが当たり前のように言うので、京太郎は少し慌てた。
「いや、そんなリスクを負う必要はない。我々が対応するよ」
『いいのかい? このへんはおいらたちの方が詳しいぜ』
「安心してくれ」
説得しているうちに、店に数名の酔っ払いが入ってきた。
例の可愛らしい娘がにこやかに彼らを出迎えているのを見て、プチ失恋気分を味わいながら、
「今日は助かったよ。参考になった」
『うい。いつでも来いよ。いい娘紹介するからさ』
それには答えず、京太郎は足早に店を去る。
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