第54話 真相新聞

 タンクトップに短パン+日焼けあとという、マニアックな性癖を刺激する格好でステラは地団駄を踏む。


『んもー! あいつ、乙女の部屋にずかずか入ってきて、何て言ったと思う? 「もっと部屋を片付ける癖をつけないと、嫁のもらい手がないぞ」だって! よっけいなお世話だっつーの!』

「いや、彼の言うことももっともだぞ。菓子の包み紙くらい捨てるようにしなさい」


 お父さんのようなことを言って、京太郎は嘆息した。


「それで? セクハラ以外に何を聞かれた?」

『わかんないけど、そっちと一緒だと思う。例の”勇者狩り”に心当たりはないかって』

「それで?」

『何にもないって答えるしかないじゃない。実際本当に何も知らないんだから』


 だよな。

 京太郎は少しばかり考え込んで、


「そういえば、今日のクエストはどうだった?」

『それが、荷物運びとかそういう、本当にか、簡単なものしか出てなくって……。……多分保護隊の指示でしょうけど……』

「そうか」

『ちなみに、作業は朝のうちに片付けておきました。これから一日、自由に動けます』

「よし。ありがとう」


 シムは恐縮したようにテレテレした。毎朝の決まり文句みたいになってるやり取りなのに、いちいち感情を動かされるとは。この子もたいがい変わってる。


「じゃあ、今日はどう動こうか」

『とりあえず、”勇者狩り”を見つけてみるのはいかがでしょう? 犯人の動きが読めれば、今後の身の振り方も考えられるでしょうし』

「だな」


 京太郎は『ルールブック』を開き、さらりと内容をしたためる。


【名称:真相新聞

 番号:SK-9

 説明:その日に起こったもっとも身近な事件に関する全ての真実がわかりやすく記載されている新聞。一応日本語で。

 今後は『恐○新聞』みたいに一日一回、どこからともなく管理者の元へ届くようにしてほしい。】


 すると、新たなものがこの世に生み出される時の不思議な輝きと共に、四つ折りにされた新聞紙が部屋の中央に落下した。


「よし」


 京太郎はそれをばさっとテーブルの上に広げて、中身に視線を走らせる。

 明朝体で『真相新聞』と題されたその一面には、大きく、


『鷹の目の“ギルド”受付嬢、キィ。

 間違って下着をぜんぶ洗濯してしまったためノーパンで仕事に向かう。』


 という文字が躍っていた。


「なんだこりゃ」


 その横には、


『グラブダブドリップの町長、「燻製ニシンの食べ過ぎのためいつも部屋が臭い」と秘書は語る。』


 その下に、


『グラブダブドリップにて出店されていたスシ屋、摘発さる。

 東方の文化として供されていたスシ、実は本物とは似て非なるもの。

 本物のスシは酢であえた米に新鮮な魚介類をのせた単純な料理。

 果物、豆、土の付いた芋などは基本的にのせない、とのこと。』


 京太郎は少し眉間を揉んで、


――身近な事件ってこの程度になるのか。


 どうやら事件の重要度とは無関係に、ランダムに記事が配置されているらしい。目的のものを発見するには、もう少し紙面上を探す必要があった。


『アームズマン家の次男、ルー・アームズマン、刺さるる。

 ”勇者狩り”の犯行か。』


 京太郎はその内容に目を走らせる。


『今月26日のこと。

 アームズマン家の次男にして作家のルー・アームズマン氏が”冒険者通り”付近の路地にて背中から刺される事件が起こった。犯行時刻は午後九時過ぎ。出版社にて今週分の原稿を渡した帰り道でのことだという。

 犯人は”国民保護隊”による懸命な捜索にもかかわらず依然として不明。

 しかし本紙が明らかにしたところによると、犯人の正体は■■■■である。

 動機は■■■に対する■■■のため。

 ■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■。』


「おや?」


 京太郎はその文面を読んで、肝心なところが墨で塗りつぶされたようになっていることに気付く。まるで戦時中の教科書みたいだ。


「なんだこれ。不良品か?」


 念のため『ルールブック』の文面を何度か確認する。

 このような現象は始めてだった。

 これまで、この世界の根本的な法則と矛盾しているルールを実行できなかったことは何度かある。そういうときは自然と『ルールブック』から書き込んだ文面が消滅したものだが……今回のようにちゃんと文章を書き込めたにも関わらず、それが想定通り働かない、というような事態はかつてなかった。

 一応、


【補遺:真相新聞は、管理者が通常知り得ない情報であっても包み隠さない。】


 などの追加ルールも書き込んだが、効果はない。


「ふむ……」


 腕を組み、考え込む。


『どしたの? なんかうまくいかないわけ?』

「そうみたいなんだ」


 京太郎は少し顎に手を当て、ありえるケースを考えてみる。


 一つ。

 ”真相新聞”のルールに反する”魔族”の”固有魔法”が働いている可能性。

 一つ。

 この一件、まだ見ぬ”勇者”が絡んでいる可能性。


「他に考えられるのは……ふむ」


 と、そこまで考えて、そもそも“可能性”レベルであればいくらでも考えられることに気付く。京太郎は未だ『ルールブック』の仕様を完璧に把握しているわけではない。

 これまでずっとこの本を便利に使ってきたが、そもそもこれに書かれたアイテムがどういう経緯で生み出されているのか不明だ。

 うまく言えないが、自分が書き込んだ情報だけで新たな生命やアイテムが生み出されているとはどうしても思えないでいる。

 何というか、自分以外の何者かの知性が介在しているような……。

 今回生み出した新聞だってそうだ。この新聞、明らかに誰かがタイプした文章を印刷したものに見えるが、果たしてどこの誰が書いたものなのだろう。


――まあ、あんまり深く考えすぎてもドツボにハマるだけかもしれないが……。


 一応暇になった時は『ルールブック』の内容を頭に入れるようにしているが、さすがに無理があった。急に辞書の中身を全て覚えようと思っても、記憶をすり抜けていくのと一緒だ。


「なあ、シム」

『はい?』

「もし、『ルールブック』の力を借りずに犯人捜しをするとしたら、何か犯人の手がかりに繋がりそうな当てはあるかい?」

『ありますよ』


 少年はあっさり答えた。


『た、ただ、その場合……ちょっとばかり、京太郎さまにはお見苦しい光景をお見せすることに、なる、かも』

「今更だ。構わないよ。いっしょに山もりのウンコを運んだ仲だろ」


 シムは困ったようにうふふと笑って、


『い、以前話した、女衒の”ウェアウルフ”を頼ります。彼はこの街のことなら、なんだって知ってるはず、なので』

「なるほどね」


 京太郎は立ち上がる。


「場所が場所だから、ステラは……」

『行くわ』


 褐色の肌の少女は男二人を睨めつけながら、言う。


『今日は出かけたい気分なの』

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