第53話 アル・アームズマン
アル・アームズマンを見た最初の印象は、「うわ、モンハンのコスプレの人来た」であった。
後に聞いたところによるとそれは、北の高山地帯に棲む竜族の鱗を加工して作られた鎧で、”国民保護隊”の正式な装備らしい。
正直、カッコいいと思った。夏場蒸れそうだし、オシッコとかするときどうするつもりなのかちょっと気になるところが難だが、実用性を度外視した不思議な魅力が、その鎧にはある。
いずれそのうち同じものを作って着てみようと決心していると、かちゃ、かちゃ、と、ブーツの踵を鳴らしながらアルが部屋に入ってくた。
もちろんすでに、シムは《擬態》済だ。
「この部屋を取ってる黄帯の”探索者”がいると聞きまして。……失礼ながら、お立場の割にはずいぶん羽振りがいいんですなあ」
気分は、刑事ドラマに登場する容疑者役だ。
「いやあ、実は相棒がギャンブルで成功しまして。金にはそれほど困ってないんです」
京太郎は役目を半分愉しみながらも、この一週間で決めた言い訳(半分本当だが)をすらりと口にする。
「それは良いご身分で。当方は万年金欠なもので、うらやましいかぎりです」
「そりゃ、お家が立派だから、維持費がかかるのは仕方ないでしょうに」
京太郎は内心、そういえばこの人の屋敷ではあの”ハーフリング”の双子が働いていることを思い出している。あの双子は元気にしているだろうか。あの二人が書いてくれた報告書のお陰で昇級が早まったことの礼を言いたい。
京太郎はそのことを言いかけたが、それであの双子に何か迷惑が掛かるといけないと思って口をつぐんだ。
「ちょうど茶を淹れたところなんです。一杯どうです?」
「ありがたい。いただきます」
半ば断られること前提の提案だったが、その男は、にこりと笑ってそれを受け入れた。鎧を着たまま、クッションが仕込まれた一級品の椅子に座る。その豪胆な仕草は、いかにも軍人風であった。
京太郎は、ステラが時々買ってくる駄菓子類が入った籠を持ってきて、
「……茶菓子もありますが」
「いただきます。朝から何も入れてないもので」
そして、アルは無造作に食事を始めた。菓子を流し込むように口に入れ、がしがしとかみ砕きながら豆茶を啜る。
その仕草は蛮族のそれだったが、京太郎は不快を露わにしない。
――わざの喧嘩を売ってるのか……これが素なのか。
どちらにせよ、この場に怒る者がいるとすれば、菓子を勝手に食べられたステラだけだ。
アルは一瞬にして菓子を平らげて、豆茶をのみのみ、さっとマッチを擦ってキセルをふかした。こういう時、客人に火を点ける癖をシムが身につけていることを知っているが、このときばかりは彼の手は動かない。
「ところで、なんのご用かお聞きしたいのですが」
「あるいはもうご存じかもしれませんが、”勇者狩り”の一件の捜査です」
「ほう」
「ちょいとばかり、義弟が刺されましてね。……あいつ、有名人のくせにのんきに裏通りで散歩なんかするもんだから」
「聞いてます。大変そうですね」
「ええ。大変なんです」
「リカ・アームズマンは街に戻られるんですか?」
「どうしてそう思うんです?」
ぎろりと三白眼がこちらを向く。
この男、どうやら自分の凶相が人にどういう印象を与えるか熟知しているらしい。
人に好かれたくて下手くそな作り笑いをする京太郎とは対照的だ。
「有名人ですから。そうなったら面白そうだな、と」
「ほー。そうですか」
京太郎は、なぜインターネット上で警察組織が蛇蝎のごとく憎まれているかわかった気がしている。彼らは嫌われるのも仕事のうちなのだ。
一方で、”国民保護隊”と日本の警察は全く異なる組織だとも思う。確か警察は、どんな些細なものであっても仕事先でのもてなしを受けない決まりがあると聞く。この男は特にそうした行為を躊躇している様子はない。
これは単なる京太郎の勘だが、この男、生まれつきの貴族ではないのかもしれなかった。
「ところで”勇者狩り”の一件、何か心当たりがあるのでは?」
どこか確信めいた訊ね方だ。全員にそう聞いているのかもしれないが。
「いや、まったく」
「ですか」
「むしろ、我々も犯人捜しのお手伝いをしたいと思ってます。そちらはどれくらい犯人の見当がついてるんです?」
「申し訳ないが、捜査に関する質問については一切お答えいたしかねます」
「……ふむ」
「ですが、犯人逮捕に関する重要な情報をいただいた”探索者”には報奨金が出ることになっていますので、よろしければそちらの方面でもご協力いただきたく。……まあ、あなた方が金銭を必要としているようには見えませんが」
「金は必要なくとも、犯人逮捕に協力すれば、アームズマン家に恩を売れる。もちろん協力しますよ」
「助かります」
感情のこもってない言葉を述べて、アルは立ち上がった。
「では、失礼します。ごちそうさまでした」
「お構いなく」
「ああ、――そうだった。言い忘れるところでしたが、しばらくこの街を出ることを禁じます」
「それは、何故?」
「もちろん”勇者狩り”を逃がさないためですよ。我々は、売られた喧嘩は常に買うつもりでいますので。なお、街はすでに検問が敷かれているので悪しからず」
そう一方的に告げて、”国民保護隊”の男は去って行く。
残された京太郎とシムは、しばし顔を合わせて、
『……なんだか、変わった人でしたね?』
「うむ」
『そ、そ、それに、お陰で街の外に出向くような仕事を受けられなくなってしまいました。……どうします?』
「ふうむ」
京太郎は少し考え込んで、『ルールブック』を開く。
「なんなら、”勇者狩り”に即座に自首してもらっても構わないけど……奴のお陰でリカが来るかもしれないことを考えると、泳がせておく手もあるなあ」
『……か、帰ってくるでしょうか? リカは』
「多分ね。勘だけど。リカについて触れたとき、あの男、少しムキになっている感じがしたろ。――ひょっとすると彼にとって、リカが帰還するようなシナリオは望ましくない結末なのかもしれない」
実際、犯人の思惑通り、挑発に乗った”勇者”本人が戻ってくるようなことになれば、この国の治安を維持するための組織である”国民保護隊”の立つ瀬がないだろうし。
「保護隊に恩を売るか。”勇者”と会えるかも知れない博打を打ってみるか。――どうしたものかな」
『悩みどころですね』
それから十数分後だった。
『なんなのなんなのなんなのよもー! あの失礼な男! きらいきらい! 人間きらぁい!』
ぷんすか叫びつつ、寝間着のステラが部屋に入ってきたのは。
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