勇者狩り編

初日

第52話 勇者狩り

 ジムから戻った後、クリーニング店で”サイクロプス”のよだれにまみれたスーツを出すと、


「……あの、お客様、……失礼ですがその、……なんでこんなことに」


 と、苦い顔をされたが、


「象に懐かれてね」


 適当にごまかす。


 その日にしたことといえばそれだけで、後の時間はネットを見ながら適当にソシャゲを周回しているだけで一瞬にして時間が溶けてしまった。


 次の日の日曜日も同様である。

 朝、ちょっと散髪に行って帰ってきたら早くもやることがなくなって、気付けば何かの呪いのようにスマホを睨んでいる自分を発見する。

 無理もない。有り余るほど時間があった無職期間中にダウンロードした平常やる用のゲームが、全部で二十個以上もあるためである。


――うーむ……。遊ぶゲーム削らなきゃならんな。


 このままでは何のために休日があるのかわからない。


 その後、全身に脂汗をかきながら厳選に厳選を重ねた結果、遊ぶゲームを四個まで絞ったところで腹が鳴り、お気に入りのラーメン屋に行き、とんこつチャーシュー麺に煮たまごをトッピングして顔なじみの店主を驚かせるなどする。


「なんか良いことあったのかい?」

「ええ、まあ」


 そんな風にして、坂本京太郎のなんでもない休日は過ぎていった。



 さて。

 ここまで一日一日と、丁寧に坂本京太郎という男の一週間を見守ってきたが、次の日の月曜から一週間ほど、時間を早送りしてみよう。

 この間に特筆すべき事件が起こらなかったわけではないが、基本的にはただただ宿とギルドを往復し、荷物を運んだり、屎尿を回収したり、一日中店番をしたりと地味なできごとが続くためだ。

 とはいえ、決してそれは無為な時間ではなかった。

 新参のパーティが信頼を得るには時間が掛かるものだが、その点、京太郎たちはギルドに登録した次の日に”サイクロプス”退治に成功するという、実に話題性に富んだスタートを切ることができている。

 ”探索者”として登録してから一週間もした頃には、京太郎たちは「世界でもっとも実力にそぐわない帯を巻いている”探索者”」として有名になっていた。


 もちろん、そうした”探索者”を抱え込むのは決して利益のあることではない。”ギルド”側もさっさと京太郎たちを昇級させたい様子だったが、試験を一度受けると次に受けられるようになるまで二週間以上間を空けなければならないという決まりがある。いくら京太郎たちが”国民保護隊”クラスの”マジック・アイテム”持ちであっても、特別扱いするわけにはいかなかった。

 故に京太郎たちは、しばらくの間は地味な仕事を受け続けることになる……の、だが。


 それは、京太郎が異世界に出向くようになってから、ちょうど二十日目の出来事である。



「――”勇者狩り”?」


 ”冒険者の宿”の一室。

 宿賃が高すぎて貴族でもなければ泊まれないという最高クラスの一室で、豆茶に砂糖を入れながら、京太郎は首を傾げた。


『は、はい……』


 仕事始めはいつも、豆茶を飲みながらシムの報告を受けることから始まる。

 豆茶というと黒豆茶やあずき茶のようなものを思い浮かべがちだが、これは要するに、異世界版珈琲とでも呼ぶべき飲み物だ。特にこの宿の豆茶はバルニバービで穫れた最高級の豆を使っている……らしい。味も日本の珈琲専門店で飲むのとそう大差なく、最近この世界での水分摂取は豆茶と決めている。


『……といっても、賊の狙いは今のところ、”勇者”本人ではなくて、アームズマン家の者だとか』

「アームズマン家?」

『ええ。なんでも昨日の夜、現当主の次男、ルー・アームズマンというお方が、すぐそこの大通りで突然、グサリとヤられてしまったそうで』

「ほう。……それで、そのルーという人は?」

『即死でした。と、とはいえ、アームズマンの一族は全員もれなく不死なので、厳密に”死者”が出たわけではないそうですが……』


 その時にようやく”国民保護隊”による発表が行われたのだが、すでにこの”勇者狩り”による被害は三件目。いずれもアームズマンの血族のものであるため死者は出ていないが、犯人は毎度毎度、血塗れの刻印を現場近くの壁に刻んだ上で現場を去っているらしい。


「血の刻印……か……」


 猟奇的な事件である。現代日本でこのようなことが起こったら、それこそ連日特番が放送されること受けあいだ。


「犯人は、よっぽどアームズマンの家の者に恨みがあるやつだろうな」

「はい」

「その刻印のデザインは?」

「不明です。……そのうちお触れが出ると思いますけど」

「ふむ。しかし、その”勇者狩り”は、生き返るってわかってて、わざわざ血族の人間ばかり狙って刺してるのかい?」

『みたいですね』

「なんでまたそんな無駄な真似を」

『わかりません。……け、けど、みんなは本物の”勇者”、リカ・アームズマンに対する挑戦ではないか、と話してるみたいですね』

「リカへの挑戦?」

『は、はい。……リカは、この街を統べる子孫の中でも特にルーを溺愛していたそうですから』

「なるほどな」


 京太郎はしばし考え込んで、


「じゃあ、案外はやくリカと会えるかもしれないね」

『ですね。……とはいえ、リカは人気者ですから、そう簡単に話を聞いてくれる状況にはならないでしょうが』

「ダウンタウンの楽屋に突撃して芸能界の今後を憂う、みたいにはいかない訳か」

『はい』


 シムも慣れたもので、最近では京太郎の理解不明な言葉も適当に流すことができている。


 指定した人物をこの場に引き寄せる魔法。

 指定した人物の居場所を割り出す地図。

 指定した人物の場所へワープする魔法。

 果ては、指定した人物とチューとかしないと出られない部屋に閉じ込められる魔法みたいなのまで考えたが、未だにリカとの面会は叶っていない。


――”管理者”クラスの現実改変が日常的に起こっている世界。


 二週間ほど前、ウェパルはこの世界をそんなふうに表現していたが……。

 

「”終末因子”、か」


 京太郎は独り言ち、


「じゃあ、今日はどうする? その”勇者狩り”をとっ捕まえてみるかい」

『その手を考えていたところです。うまくすれば、リカから感謝状もでるかもしれませんし』


 その時だった。二人がいる一室の扉が三度、強めの力で叩かれたのは。


「もしもし、――キョータローさん、シムさん、いらっしゃいますか」

「あ、はい」

「”国民保護隊”の者です。よろしければ、少々お目通り願いたく」


 どこか、有無を言わせない口調だった。

 京太郎とシムは顔を見合わせて、


「少々お待ちを」


 扉を開ける。


 そこにいたのは、――がっしりとした身体に低めの背をした男だ。

 男は、三白眼で部屋をじろりと見回し、言う。


「失礼。ぼくはアル・アームズマンと言います。”勇者狩り”の一件で、ちょいとばかり聞きたいことがありまして……」

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