第50話 冒険用の鞄
【名称:冒険用の鞄
番号:SK-8
説明:管理者が異世界で持ち歩くのに使う、
革製のシックなデザインで色は黒。形は長方形で、できるだけスーツに合うデザインのものをお願いしたい。また、状況に応じて手提げ鞄にも変型可能。
なお、管理者とその仲間以外には決して鞄の中身を探らせないこと。無理に第三者が中身を探ろうとすると、足が生えてきて時速100キロくらいで逃走する。
補遺:『ルールブック』は管理者以外が触れるとびりっとしびれる設定だが、ジョージだけ例外とする。】
結局、京太郎たちの初めてのクエスト報酬は保留となった。
ケセラ曰く、
「約束の手料理は、また今度の機会でね」
とのことだが、ぶっちゃけ京太郎は一生ごちそうにならなくても構わないと思っている。
今回の場合、それよりもケセラが今回のクエストに関する報告書を“ギルド”へ送ってくれることの方が大きい。
依頼者が”ギルド”に報告書を送るのは義務ではなく、特に素晴らしい働きをしてくれた”探索者”に対する感謝状、という趣が強い。
当然、報告を受けた”ギルド”はその”探索者”チームに対する評価を上げ、そうした細々とした評価の積み重ねで昇級試験を受けられるかどうかが決まるのだ。
『それがなくたって、”サイクロプス”の素材があれば、きっとすぐに”黄帯”に上がれるわね♪』
ステラが上機嫌に帰り道を歩く。
『今日は田舎者相手だからセーフってことにするけど、あまり人前でぽんぽん”魔法”を披露するもんじゃないわ』というステラの忠告もあって、行きに楽した分、帰りの下り道はちゃんと歩くことにしている。その方が健康にも良さそうだし。
ちなみにサイモンはとてつもない健脚で、別れの言葉もそこそこに京太郎たちを追い越して、今は遙か先を進んでいるだろう。
『それにしても、その新しい鞄、良い感じじゃない♪ あんなでっかい”サイクロプス”の死骸がまるごと入るなんて』
「ああ、ジョージかい」
京太郎は、背中にある新たな相棒を撫でた。デザインもまずまず高級感があって気に入っている。それまで、スーツにリュックを背負うのは元営業マン的にNGのつもりでいたが、今回みたいなことがあると、さすがにそうも言ってられない場合がある。ぶっちゃけ”サイクロプス”に襲われたとき、頭の隅っこで私物の鞄が踏み潰されないか冷や冷やしていたのだ。ジョージであれば異世界の産物だし、万一傷ついても治せるだろうというケチな目算がある。
今後は会社まで手ぶら通勤して、ジョージと共に仕事をする流れになるだろう。
『ジョージだかなんだか知らないけど、すごく便利ね、それ。普通はああいう巨大な怪物を仕留めた場合、業者に頼んで回収してもらうのよ』
「そうなのか」
『うん。今日はもう遅いけど、明日朝一番で”マジック・アイテム”屋に卸しましょ♪ 実は、ずっと行ってみたかった店があるの!』
「あー……すまん。残念ながら、明日明後日は出てこれそうにない」
『えっ?』
ステラの顔が一瞬、真顔に戻る。
『なんで?』
「会社のルールでね。土日は休みなんだ」
『ドニチ?』
「ええと……私のいる世界では……一週間が七日に別れていて……」
そこで言葉を切って、
「まあつまり、五日働いて二日休むのが普通なんだ」
平均的な日本の会社の休日がそうであるかどうかはこの際、置いておく。
『へえ。わりとたくさん休めるのね?』
「君らはどうなんだい」
『職種にもよるんじゃないかな。でも、国ごとに”祝日”っていって、みんなでお休みするような日があるってのは聞いたことあるかも』
「なるほどね」
『それと、月終わりと月初め、あと月の半ばにも一日、休みがある仕事が多いみたい』
――月に休みが三日か。労働基準法に違反してるな。
この世界の人間はずいぶん働き者らしい。
『じゃあ、……次にあなたが来るのは、三日後の九時過ぎってこと?』
「ああ。――寂しいかい」
『馬鹿言わないで。子供じゃあるまいし』
だが、ステラはそこで少し言葉を切って、
『でも……ちゃんと約束通り、来てよ』
「ああ。約束だ」
京太郎はどんと胸を叩いた。
「会社が倒産したりしない限りね」
▼
その後、”冒険者の宿”に戻った京太郎を出迎えたのは、ほっぺたをぷくーっと膨らませたシムであった。
『な、な……なんで二人だけで行っちゃうんですか! 拗ねますよぼく! 拗ねてもいいんですか!?』
一足先に戻っていたステラから”サイクロプス”との一戦を面白おかしく聞かされたらしく、シムはすっかりおかんむりだ。
だが、機嫌が悪いなりに頭は働かせてくれていて、
『……とはいえ、それほどの功績を挙げたなら、早ければ明後日には昇級できるでしょう』
「では、そうなった場合は二人で昇級試験というのを突破しておいてくれ」
『承知しました』
なお、シムには昨日の時点で、明日明後日が休みであることは伝えてある。
「月曜日には”黄帯”か。……公認”探索者”までどれくらいかかるだろうね」
『さすがにそれは、良い仕事に恵まれるかにもよりますので、なんとも。……腕前を見せるのは簡単ですが、信頼を勝ち得るのには時間が必要ですから』
「それもそうか」
ここから先は、持久戦になるかもしれない。
『とはいえ、”ギルド”における仕事の功績は、どの国に行っても共有されるはずですから。長期的にいろいろな国を回ることを考えると、ここは丁寧に仕事をこなしていくのが正解かと』
「だな」
正直まだそこまでは考えていないが、いずれこの島を出る可能性は大いにある。ここでしっかり実績を積めば、他の国で身を立てる時に役に立つだろう。
逆に言えばこれは、ここで下手くそな不正を働くのはリスクが高い、ということでもある。
成功した者ほどあら探しの的になるものだ。下積み時代における不正を暴かれた結果、足をすくわれる羽目になる……そんな例、京太郎は山ほど見てきている。
――とはいえ、”探索者”として成功するのが我々の目的ではない。どこかで『ルールブック』を利用しない手はない、が……。
「他に何か気になることは?」
『特に何も。順調です』
そこで京太郎は、私物の方の鞄を“冒険用の鞄”から取りだし、
「では、シムにはこいつを預けておく。――ジョージだ」
『じょー……? どなたです?』
「この鞄だ。その方が愛着わくとおもって、名前をつけてみたんだが」
『ああ……なるほど』
ちょっとだけ適当に名前をつけたことを後悔しつつ、
「なんでも無限にものを入れられる鞄だ。荷物運びするときにいったんこれに物を入れておけば、楽できると思う」
『あ、ありがとうございます』
京太郎は最後に、《擬態》を解除したシムの頭をもふもふする。
「では、もう行くよ。お疲れ様」
『お、お疲れ様でした!』
「ん」
終業のベルが鳴り響く。
何か、大きな事件を解決したわけではない。
だが、RPGで一つレベルアップしたような、ゴールに辿り着く確かな一歩を踏み出したような気持ちで、京太郎はその日の仕事を終えることができたのだった。
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