第46話 野蛮人
「おい。ちょっとお前、いいかげんに……」
京太郎はその灰色の肌の男に言う。
――泥で汚れているが……元の色は白。それも、かなり純粋な白色だな。
どうやらこの世界の人間は白人が大半のようだが、彼の肌は一般的なそれよりもっと白い。京太郎の世界にはいない人種だ。
その時の京太郎にはまだ、彼が”サイクロプス”なのか、ただの人間なのか判別できずにいる。
だが何となく、直感的に”魔族”ではないような気がした。
ほとんど為すがままにされながら、暗く、落ちくぼんだ隻眼と目が合う。背丈は2メートルを軽く超すだろう。
ざんばらの白髪は山姥を思い起こさせるが、栄養が足りてないようなことを除けば意外なほど男前だった。例えるなら、落ちぶれたハリウッド男優、とでも言おうか。
腕はがっしりとしているが骨張っていて、それでも大の男を子供のように抱きかかえられるのだから、やはりこの男の膂力は尋常ではない。
――さて、どうしたもんかな。
抱きかかえられながらずっと、この野蛮人にどう対処すべきか迷っている。
もうすでに石斧を叩き付けられているのだから敵意は明らかだし、反撃してしまってもいい気はした。
だが、この期に及んで京太郎は、彼を痛めつけるべきではないと判断している。
理由は単純だ。
どのような状況下においても怪我をしないという精神的余裕からか、京太郎は彼の目を真っ向からじっと見つめることができている。
先ほど石斧を振り下ろした時もそう。
いまだってそう。
彼は、――どこか、困惑しているようだった。
「ふう……ふう……ふう……っ」
感情の爆発により一時は麻痺していたのであろうこの男の気力も、さすがに萎えかけているらしい。
鬱蒼とした森の一角、少し拓けたスペースで、京太郎はするりと彼の腕から抜け出した。
男は京太郎を再び捕らえようとして腐葉土の上ですっころび、ごろごろと転がる。
「うう…………」
「大丈夫か?」
男は動かない。どうやらたったいま、精も根も尽き果てたところのようだ。
彼を見下ろしながら、京太郎は嘆息する。
「しっかりしなさい。……ほら、立って」
そして、京太郎は彼の左目に手を当て、
「――”治れ”」
わざわざ傷を癒やしてやったのは、身体が傷んでいるようでは彼の本心を聞き出せないと思ったためだ。
潰れていた彼の目は一瞬にして元通りになり、怪奇じみていた顔面が少しは見られたものとなる。
「私は坂本京太郎だ。……君は?」
「…………さ、サイモン……」
男は何が起こったかわかっていないらしく、何度もなくなったはずの目をごしごし擦りながら、
「見、……見えてる? ……なんだあ、こりゃあ……」
「私の術で怪我を治した。ありがたく思いなさい」
普段はこういう言い回しは好きではないが、この男にはしっかり言って聞かせる必要があると思った。
「え、ええと……その、どーもっす……」
「ところで、サイモン。君はあそこで何をやってる?」
「なに……と言われても、……生きてる?」
そりゃそうだろうな、もっともだ。
「出身は?」
「ここより南の、……バルニバービって地方の沼地だ」
「沼で暮らしていたのか?」
「ああ」
「だからそんな不健康そうな肌の色に?」
「この肌は、この世に生れ落ちた瞬間から、ずっとそうだ」
聞きながら、京太郎は素早く『ルールブック』に一文書き加えている。
【管理情報:その13
管理者の持つペットボトルは冷たいお茶が滾々と湧き出てきてなくならない。】
「ほら、飲みなさい」
キャップを外し、それを差し出した。
サイモンはそれを受け取ると、怪しむそぶりもみせず飲み、少しむせて、またごくごくと飲んだ。
「うっ……うめえなっ、これっ!」
京太郎はまったくそう思わない。ケセラに振る舞われた自家製のお茶は、なんだか古くなった障子みたいな臭いがする。
「生き返ったか」
「ああ…………まあ……」
「それで、――改めて聞くが、君は何者だ? なんでここにいる?」
サイモンは頭をガリガリ掻きむしり、ふけを辺りに漂わせたあと、
「……いろいろあってな」
「心して答えた方が良い。場合によっては君を酷い目に遭わせなければならない」
サイモンの顔色に朱が混じる。
だが、抵抗する気配はない。どうやら京太郎の異様なまでの余裕に呑まれているらしい。
「……俺は、……街から逃げ出してきた奴隷だ」
「奴隷? 奴隷なのか、君」
「ああ……バルニバービの沼の民は、長男に産まれるか、そうでなきゃ奴隷になるかしか出世の道はないからな」
立身出世の第一歩が奴隷身分とは、妙な感じだ。
「それで君は、なぜ私を殴った?」
「それは……」
男は目をそらした。
「奴隷商の追っ手かと思って。ちょっと脅かしてやろうと思っただけだ」
「その割には思い切り石斧を叩き付けてくれたが」
「……何をすりゃ人が死ぬかくらいわかってる。あれくらいで人は死なねぇ。手加減はしたつもりだ」
「手加減……」
ミステリー系の漫画なら即死案件の一撃だったが。
京太郎は嘆息して、本題を切り出す。
「その早とちりな性格で、……最近、男を一人、殺したか?」
「男?」
サイモンは目を丸くする。
「俺が?」
「そうだよ」
「どこで?」
「この辺りで、だ」
少し考え込んで、
「人を殺したことはあるが……この辺では
「ふむ」
「あっ、といっても、違法な殺しはやらないぜ? 俺がやるのは合法の殺人だけだ」
京太郎は驚いた。
「何? この世界、人殺しに合法と非合法のものがあるのか」
「そりゃ、あるさ。たいていの国の警察組織がやるのはそうだろ」
「ああ……それもそうか」
「つっても、俺はポリ公だったわけじゃねえ。俺の故郷のバルニバービは、ラガードってぇチンケな街がある。そこでは決闘が合法だったんだ」
「へ、へえ……」
「まあ、ちょい脇道だったな。……とにかく俺は、この辺じゃ殺しはやってないぜ」
「このあたりに現れたのは?」
「流れ流れて、ごくごく最近さ。この島はどこ行ったって平和なモンだから、山に籠もって修行中だったのさ。決闘は俺の生きがいだからね」
戦いが生きがいで修行中、か。サイヤ人みたいなやつだ。
「だが、あんたが言ってる殺しにはちょいと心当たりがあるな」
「……具体的には?」
「最近、ぐしゃぐしゃに頭を潰されて死んだ爺さんを見かけたことがある。ナリが汚ぇもんだから、俺と同じ脱走奴隷だと思ってな。可哀想だから埋めてやったのさ。あんたがいってる男って、きっとそいつのことじゃねえかな」
「ほう?」
言われてみれば、ケセラの話は少し曖昧なところがあった。
そもそも”サイクロプス”と人間を見間違えるほどだ。
サイモンが父親を埋めていたのを殺しの現場だと勘違いしてもおかしくない、か。
「今の話、その男の娘の前で誓えるかい」
「そりゃ、誓えってんなら誓うよ。俺ぁクズだが、決闘じゃない殺しは絶対にやらねぇ」
――と、なると。ふむ。
京太郎は首を傾げ、しばし考え込む。
――誰が二人の父親を殺したんだ?
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