第44話 怪物の住処

「ふぅーっ! とうちゃーく!」


 真っ先に空中飛行に順応したバサラが、一番乗りで山小屋に到着する。

 二番目にステラ、三番目にキョータロー、かなり遅れてケセラが落っこちるように着地した。


「……はぁっ、はぁっ、はぁっ。……はあはあ……、こ、こ、怖かったぁ……」


 こと空中浮遊に関しては、ケセラはとんでもない劣等生だった。キョータロー曰く「頭で思い描いた通りに空を飛べるようにした」とのことだが、ケセラの場合、少し雑念が交じりすぎているらしい。

 右へ行ったり左へ行ったり、上に行ったり下へ行ったり。ステラのスカートの中にきりもみ回転しながら突撃する羽目になったり。

 最終的には、キョータローに赤ちゃんみたいに抱っこされながら行程の大半を進むことになった。


 地面がしっかりしていることを確かめるように倒れ伏すケセラを、キョータローはひょいと抱きかかえる。冒険物語で、勇者がお姫様にする格好だ。


「ちょ、ちょちょ、れ、レディに対して失礼よ! ヘンタイ!」

「はいはい」


 ケセラの言い分は苦笑と共に受け流され、完全に子供扱いで憩いの我が家へ連れ込まれていく。


「あっ、でも家は人間サイズなんだな」

「……そうよ。父は”人族”だったから」

「お母さんは?」

「大分前に見えなくなっちゃったって。たぶんもう、死んじゃったかな。”妖精”の心は移ろいやすく、寿命も短いっていうし」

「……それは、辛いな」

「最初からいなかったものだから、別に何とも思わないわ」


 ケセラは、そこで両手をじたばたしてキョータローの拘束を解き、作り置きのお茶をとりに向かう。

 バサラは早くも一仕事終えた雰囲気になっていて、ベッドでころころしていた。


「それにしても……不便なところだね、ここ。空から見たけど、周りに何もないじゃないか」

「余計なお世話よ」

「普段はいいだろうけど、もし二人とも病気になったりしたらどうするんだ。あの道のりを病人が歩ききれるとは思えない」

「平気よ。私たち、これまで一度だって病気になったことないんだから」

「だが、怪我したことくらいあるだろう」


 そこでキョータローは、小さく嘆息した。

 そして、鞄の中から先ほどの巻物を取りだし、


「さっきの飛行術について記された巻物だ。これを置いていく。巻物を開いて、何でもいいからそれっぽい呪文を唱えるだけでいい。何度でも再利用可能だから、気が向いたら使ってくれ」

「え」


 ケセラは驚く。さっきの巻物、使い捨てじゃなかったのか。

 それどころか、何度でも使える?

 そんなの、常にお付きの魔術師がいる、王族が使うような代物では。


「う、……受け取れないわよ、そんな高価なもの」

「気にするな」


 キョータローはそれきりこの話題はお仕舞い、とばかりに、


「……ところで、普段は下級の魔物を狩って暮らしてるって言ってたけど、どういうのを?」

「罠で狩れる程度のやつだけ。別に”探索者”みたいに真っ向勝負を挑んでるわけじゃないの」

「例えば?」

「”あばれブタ”とか”なぐりキノコ”とか、そのへん」

「へえ……」


 キョータローは興味深そうに、キッチンに干している”なぐりキノコ”の拳を見た。これから抽出したエキスは筋力を一時的に強化する”マジック・アイテム”の素材になるとされていて、街ではわりと売れ筋の一品である。

 ケセラがお茶を人数分カップに注ぐと、


「それーで? ウワサの”サイクロプス”はどこに?」

「ここから北に数キロ行ったところの道沿いの洞窟に棲み着いてるわ」

「ちょっとまって。そんな近くに? それじゃ、ほとんどお隣さんじゃ……」

「うん。――それまでずっと、別のとこにいたみたいなんだけど、最近こっち側まで来たみたい」


 そこでキョータローが、物憂げに口を開く。


「そいつが、君ら姉妹の父親を……?」

「うん」

「気の毒に。――ところでその”サイクロプス”なんだが、言葉は通じるのかな」

「ことば? ……言葉、ですって?」


 ケセラは耳を疑った。


「”魔物”に話が通じるわけ……」

「個体によりまーす。”サイクロプス”は”魔族”なんだか”魔物”なんだかびみょー、っていう連中ですから」

「そんな馬鹿な。……ふ、二人は”サイクロプス”から事情を聞こうって言うの?」

「いちおうね」


 頭が痛くなった。平和ボケここに極まる。……この世のどこかには専守防衛を旨とする国もあるというが、少なくともケセラの流儀ではなかった。


「挨拶してる間に頭を潰されちゃうわよ?」

「しかし君、目的は”サイクロプス”の脅威を取り除くことだろう? ……例えば、彼が誰の迷惑にもならない遠くに移住したいと申し出たなら、それで結構じゃないないか」

「移住……って。”サイクロプス”のために、辺境地便の船を手配してくれるとか?」

「ん。それもいいな」


 冗談を言っているようには見えなかった。


「でも……」


 ケセラは少し次の言葉を言いよどんだが、


「……父を殺した相手なのだから。いちおう、復讐しとかなくちゃ」


 人殺しの味を覚えた生き物は放っておけない。また同じことを繰り返すからだ。これは父のメモにも書かれていたことである。

 だがキョータローは、”魔族”を殺せない何かの事情があるのか、少し考え込む。


「復讐、か。そうか、それを忘れていた」


 その様子はまるで、彼本来の立場はどちらかというと”サイクロプス”側であるかのようにも見える。

 もちろんそんなヘンテコな”探索者”など聞いたことないし、気にしすぎだろうけど。


「やはり、問答無用で攻撃した方がいいかな。――どう思う、ステラ」

「キョータローの好きにしたら? どーせ一匹くらい殺っても、大勢に影響ないでしょーうし」

「ふむ。仕方ないか。……じゃ、ちょっと話してみてダメそうだったら、すぐさまやっつける方針でいこう」

「おっけー」


 なんなのだろう。この人たちは。ケセラは再び不安に駆られる。

 キョータローが世間知らずのお坊ちゃんであることはなんとなく察した。

 だが、ステラの方はどうだろう。彼女はある程度ものごとをしっかりわかっているようなのに、相棒の異常な提案になんの障害も感じていないらしい。


「まあ、とりあえず行ってみよう。その上で対策を考えようじゃないか」


 そんな……近所の雑貨屋に出かけるみたいなノリで。

 「対策を考え」ている間に、二人ともくびり殺されなければいいのだが。



「しかしケセラ、本当についてくるのか。――依頼者なのに」

「うん」

「危険かも知れないよ」

「身を隠すのは得意なの。大丈夫」


 本当言うと、ケセラはこの二人が”サイクロプス”討伐に向かったまま、悲惨な最期を迎えないか心配している。

 そんなの”探索者”側の自己責任だとわかってはいるが、さすがに自分の依頼で死者が出るのは気持ちが滅入るのだ。

 道中、キョータローは、いくつか質問をしてきた。


「根本的な質問なのだが……その、”サイクロプス”とやらは、具体的にどういう生き物なんだ?」

「……灰色の肌の、一つ目の大男よ。旅人をぺしゃんこにして、骨ごとばりばり食べるのが大好きなの」

「大男でぺしゃんこ、ばりばり、か。そんな危険な生き物が同じ島にいるなら、国の治安機関か何かが動いてそうなものだが。――これまで、その”サイクロプス”が問題になるようなことはなかったのかい」

「私だって見たのは初めて。父さんが一度、島の端っこの端っこで見かけたって言ってたけど」

「へえ。――初めて見たのに、よく”サイクロプス”ってわかったなあ」

「父さんが見かけたとき、妹も一緒だったの。その妹が『そうだ』って言い張るものだから……」

「なるほど。君が”サイクロプス”と出会った状況は?」

「私たち、早朝にいつも、手分けして仕掛けた罠を見て回るの。それで、自分の担当を見て回って……山小屋に戻って。そしたら、バサラが泣いてて……。”サイクロプス”が出たって」

「ふむ」

「最初は何かの冗談かと思ったんだけど、――父を探しに出たら……」


 何か、棒状の得物を何度も父の遺骸に振り下ろしている”サイクロプス”を見つけた。

 正直、足がすくんだことは否定できない。これまでの生活が一瞬にして粉々に砕け散ったのだと理性的に納得した時には、山小屋の布団にくるまって震えていた。

 だが、醜態をさらしたのはそこまでだった。

 一度、――状況を受け入れてしまえば、その後の展開は早かった。

 生と死はケセラたちにとって隣り合わせのもので、ごく自然に受け入れられるべきだからだ。

 ケセラはその後、父から教わった尾行術で”サイクロプス”の住処を割り出し、奴の居場所を確認したあと、朝早くに街へ出てクエストを出した、と。そういうわけである。


「そうか。――辛かったんだな」


 キョータローが、通り一遍の同情を口にした。

 ケセラはというと、元の生活を取り戻せればどうでもいい。


 山小屋から”サイクロプス”までの道は平坦なこともあって、さすがのキョータローも再び空中浮遊を実践しようとはしなかった。

 ただ、手持ちの透明な水筒に入れた、ケセラ自家製の茶を口に含むたびに渋い顔をするのには憤慨させられたが。


「……ここ」


 ケセラが短く言う。

 キョータローは、道中馬車を見かけたのと同じ、


「へえー」


 という、間延びした感想を述べた。


「なんか、牛飼ってるみたいな臭いするなここ。……あー、うんこをそこらにぶちまけてるからか」


 バサラがここにいたら、笑っていただろう。妹はうんこと聞くと脊髄反射的に笑う癖がある。


「作戦は? どーする?」

「私が行く」


 そして、キョータローはてくてくと洞窟の暗闇の中へと向かっていった。

 その様を、ケセラははらはらと見守っている。今日出会ったばかりとはいえ、一緒にお茶した相手に虫けらのように死んで欲しくない。


「あの、すいません。ちょっとよろしいですか? おーい」


 言って、しばらく姿を消して、


「どうやら留守みたいだ」


 平然と戻ってきた。政府公認の”探索者”は死を恐れないというが、彼らはただの”白帯”なはず。とんでもない度胸だ。


「本当にその、”サイクロプス”とやらがいるのかい、ここ」

「ま、間違いなくいるわっ。絶対に絶対!」


 これには、ステラも疑いの表情を向けている。


「おかしいなあ。――”サイクロプス”がここに棲んでるなら、もっとこう、……」

「私が……嘘を吐いてるっていうの!?」

「えっと、そーいうつもりじゃ」


 そこで、キョータローが割って入るように、


「だったら、呼んでみる・・・・・か」


 頬を掻き掻き、キョータローは例の革張りの本を取り出し、何ごとか書き込む。

 ケセラにはその本の詳細な効果がわからない。

 だが、――それを開くと、なんだかろくなことが起こらないのは肌で感じ取れた。

 文章を書き終えたキョータローは、大きく息を吸って……


 ピュ――――――――――――イ! と、起用に指笛を吹く。


「うまいもんだろ。無職のころ、何もすることがなかったから半月くらいこればっかり練習してた時期があるんだ」

「……どういう効果なの、それ」

「二人とも、身構えて。――もし、近くに”サイクロプス”とやらがいるなら、たぶん……」


 怪物の怒声が耳をつんざいたのは、その次の瞬間である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る