第43話 みっともない男

 ケセラの案内で街を出るまでの間も、キョータローと名乗った”探索者”はいちいち興味深そうにしていた。

 ”魔導施設”の囲いの中で草を食む水牛の群れ、焔の毛並みが美しい馬、ゴム製の檻の中を浮遊する雷霊、さいきん家畜化に成功した三つ首犬ケルベロスたち。

 外国人であれば、このあたりが珍しいことはよくわかる。

 だが、そこいらを行き交う馬車にまでいちいち感心するのは不可解だった。どうやら彼氏、ほとんど馬車を見たことがないらしい。ケセラはそれを不思議に思う。仮に彼がどこかの国の王様だったとしても、馬車を使わないなどということがありえるのだろうか。


 また、彼の異様な体力のなさにもケセラは驚かされている。

 なんとこの男、ちょっと階段を上った程度で息切れを起こすレベルなのだ。それまでどういうところで生きてきたのか知らないが、これではまともな日常生活など送れないのではないか。

 石畳の道を逸れ、四人の進む道が本格的な山道になってくると、遂にキョータローは膝を折った。


「ちょ……ッ、ちょっとまってくれ! 無理ッ! 無理です! マジで!」

「……だいじょうぶ?」


 ケセラはここまでみっともない男を見たことがない。なのに、相棒のステラという女性は彼を見捨てず、いちいち手を貸してやっている。

 まったく釣り合わないカップルだな、と、ケセラは思った。ステラほどの器量ならもっといい男が捕まえられるだろうに。

 それとも、男女の愛というものはそうした客観的な評価とは無関係に芽生えるものなのだろうか。

 ケセラはまったくそうは思えなかった。誰しもその人にふさわしい相手というものがある。有能な女は有能な男と結ばれるのが自然の摂理というものだ。身分を超えた愛にロマンを感じるのは物語の中だけでいい。


「なんなら、おぶろうか?」

「さ、……さすがにそれは……男してできん。……なあ、ケセラ、ちなみにあと、道のりはどれくらいだい」


 ケセラは少し空と森を見て、


「まだ、全体の十分の一くらい?」

「OH……」


 一応、同情すべき要素を探すなら、彼の履いている革靴はしゃれたデザインだが、どうみても山歩きに適した形をしていない点であろうか。

 だが、”探索者”を仕事に選ぶなら、機能的な靴を選ぶのが当たり前だ。

 全体的にこの男性は、少し抜けているように思えた。


「ねえねえケセラ。この人、つれてってもやくにたたないよ? おいてく?」


 ちょっと足りない妹にすらそう言われてしまう始末。


「アスファルトで舗装されてない道がここまでキツいとは……」


 言いながら、鞄の中から透明な容器に入った水を取り出し、一気に飲み干す。


「あ、ちょっと。一度にそんなたくさん飲んじゃダメよ。水はちょっとずつ飲まないと、ちゃんと身体に吸収されないんだから」

「えっ、そうなんだ」

「……ンもうっ。ここから水場まで、結構歩かなきゃいけないのに」


 深くため息をつく。

 この人の手を借りるより、自力で”サイクロプス”をなんとかした方がまだ勝ち目がある気がしてきた。

 ケセラは毛先を弄びながら、少し考え込む。

 この人が持っている”マジック・アイテム”の性能にもよるが、やはりここは、彼を置いていった方が良いのではないか?


――とはいえこの体力じゃ、一人で街に戻れるかどうかも不安だし。……バサラに案内させて、二手に分かれるのがいいかしら。……むう。なんで依頼人の私が”探索者”の心配しなきゃいけないわけ?


 と、一人憤慨していると「よし、わかった」とキョータローは呟き、鞄から革張りの本を取り出した。


「わかったって、どうする気?」

「ええと、……この”マジック・アイテム”を使うよ」

「え」


 そこで口を挟んだのは、ステラである。


「ちょっと、……いいのでーすか?」

「いいんだ。さすがにこれ以上みんなの足を引っ張るわけにもいかないしね」

「でも、……ええと……」


 そこでステラは、少しだけこちらを心配そうに見て、


「どれくらいその、……パワーアップするつもりで?」


 そこまでの会話で、ケセラはピンときた。


――ああ、この人、術で体を強化するタイプの魔法使いなのか。


 学者肌の術士には、時にそういう人がいると聞いたことがある。

 同時に、ちょっとだけ色眼鏡で見ていた自分を恥ずかしく思った。本物の田舎者はこっち側だったということだ。


――彼がそういうタイプの魔法使いなら、ステラが惚れるのも理解できるわね。人間の取り柄は身体が頑丈なとこだけじゃないし。


「いや。『ルールブック』で筋力を強化したりするつもりはない」

「……それは、なぜ?」

「これは、――個人的なこだわりだと思ってくれ。三十過ぎるとそういうのが不思議と芽生えてくるものなんだよ」

「こだわり、って」

「ただ、なんの意味もないこだわりじゃない。感覚的に、要らぬ力を持ちすぎると何ごとも暴力で解決する癖がつきそうだからね。――父が、殴って人に言い聞かせるような性格だったから」

「ハーア?」


 ステラが眉間にしわを寄せた。そのまなざしは軽蔑の色を含んでいる。


――あれ? やっぱりこの二人、恋人じゃなかったのかしら?


 そう思えるほどに色濃い怒りだ。


「……あなーた、それ、わたしの生き方を批判してるつもりで……」

「いや、そういうつもりはない。ただ、私は……――」


 そして、例の不可解なほど聞き取れない小声で、ステラに何ごとか囁いて、


「――……だからね」


 するとステラは、実につまらなそうに視線を横に逸らした。


「まあ、それはわかる、けど」


 どうやらこの二人、訳ありらしい、が。

 ケセラにはあまり関係のないことではある。

 バサラに至っては、飽きて道ばたのお花摘んじゃってるし。


「それで? 何かするならさっさとしてもらっていいですか? いつまでもここで休んでる訳にはいかないんですけど」

「ああ、――悪い悪い」


 そして彼は、異国の文字のタイトルの革張りの本に、何ごとか書き込む。


「今回は新しいパターンを試してみようか」


 同時に、一枚の巻物スクロールが出現した。

 そういうものには見覚えがある。魔導書籍の類だろう。巻物型ということは、おそらく使い捨てのものだ。……とはいえ、それでもケセラたちの稼ぎで言うと二、三ヶ月分の値段になる。


「ええと。……フロート! なんつって」


 すると、ケセラの身体が、ふわりと中空に浮き上がった。


「えっ、うわ、ちょ、ま、まままま……」


 手足をじたばたさせるが、浮上は止まらない。

 身体が浮き上がっているのはケセラだけではなかった。バサラも、ステラも、あの頼りなかったキョータローですら、ふわふわと空に向かって舞い上がっている。


「おおっ! ははは! 思ったより気持ちいいぞ!」


 術を使ったキョータローが笑う。


『――――××! ……○○○○○!』

「悪い、悪い」


 ステラは、恐らく母国語であろう謎の言葉でまくしたてた。

 ケセラが目を白黒させている間も、空が近づいてくる。

 バサラだけは一瞬で状況に順応し、うっとりと雲を眺めていた。


「でも、こんな風に空を飛んでいけば足も痛くないだろ。……よーし、じゃあ進もう」


 四人が山小屋に着いたのは、想定したよりもずっと早く、昼食に間に合うような時間帯であった。

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