第42話 双子のクエスト
【『たすけてください!』
依頼内容:サイクロプスのとうばつ
わるものをころしてください。こまっています。
条件:だれでも(しろいひとでもいいです)
依頼主:ケセラとバサラ
成功報酬:ごはん。あと山にいるまもののそざい、とか。】
ケセラは苦い表情で、クエストボード上に貼られた、ミミズがのたくったような文字を見た。
「バサラ……いくらなんでも、これは」
「? なにかまずかった?」
「まずい……というか。なんとも……うーん」
妹があどけない表情でこちらの顔色をうかがっている。
――この娘に任せた私の落ち度、か。
ケセラは深くため息を吐いて、
「まあ、一枚くらいこういうのがあってもいいかもね。どっちにしろダメ元だし」
「あう」
双子の妹ははっきりいって、あまり賢い子ではない。産まれる時、ケセラが彼女の脳みそを食べてしまったのだと冗談交じりに父が言っていたが、幼い心にその言葉は残酷に突き刺さっていた。まるでそれでは、産まれながらにして罪を背負っているかのようではないか。
ケセラたちは、ハゲタカのような目の受付嬢に礼を言って”ギルド”を後にする。
日はまだ高い。これは、まだできることがたくさんあるのを意味していた。
その一方で、これ以上は手詰まりだという気持ちもある。
――そううまくいかないか。……さすがに……。
だが、このままで良いはずはない。絶対にダメだった。
あの一つ目の鬼は、今だってケセラたちの住処を無茶苦茶にしようとしているかもしれない。
彼女たちの住む小屋は、街から少し離れた山奥にある。
そこで小型の”魔物”を狩り、めぼしい素材を街に卸すのが父の仕事……だった。
もう父はいない。一週間程前、”サイクロプス”に頭を叩き潰され、悲惨な最期を遂げている。
そのことはいい。父だって、”人族”嫌いだからっていつまでもそんな仕事が長続きしないとわかっていた。
ケセラも、バサラも、いずれこういう日が来ると覚悟していた。
だから精神的なショックはさほど大きくない。
死んだ父は、自分がいなくなった後のため、ケセラとバサラに二つの道を用意してくれていた。
一つ。奉公人として街へ降り、父の旧い知り合いの家に仕えること。
一つ。あの山小屋に居座って、父の稼業を継ぐこと。
ケセラもバサラも、後者を選んだ。二人とも山で生きるのに慣れすぎていて、今更可愛らしいスカートなど履いて高価な壺を磨いたりなどできない、と思ったためだ。
なにより本能的に、自分の縄張りを放棄する選択肢など、考えられない。
とはいえ、父の後を継ぐには”サイクロプス”を始末せねばなるまい。
仇を取らねば、というような殊勝な気持ちはなかった。”魔物”が他者を殺すのは、ほとんど本能に近い。仲間が嵐に攫われたからといって、雨風を憎んだりしない船乗りのようなものだ。
父は、もしもの時のために山での知識をメモに遺してくれているが、”サイクロプス”に関する記述は、『関わるな。逃げろ。』という一文があるのみ。
そうなるとケセラとバサラには、もうどうにも対応しようがなかった。
やむなく街まで降りてきて”探索者”の助けを求めたが……結果はさんざんだった。
街の”探索者”たちは、
――この島に”サイクロプス”? 冗談も休み休み言いなさい。
とか、
――もし”サイクロプス”を討伐したいなら、君たちが一生働いても返せないくらいの借金が必要なんだよ。
とか、そういう現実を突きつけるばかり。
一応、国民保護隊にも掛け合ったが、昨日からなぞの戒厳令が敷かれているらしく、ケセラたちのような山の民のために出動はできないらしい。
――やっぱり、奇跡は起こらない、か。
バサラは今日一日の働きで何もかも解決すると思い込んでいるようだが、ケセラは全くそうは思っていない。
いま、こうしている間に、あの”サイクロプス”によって山小屋がめちゃくちゃにされている可能性もあるのだ。
「ねえねえ、ケセラ。こっからどーすんのー?」
「どうもこうも……とりあえずいつもみたいに髪を売って、一斤だけパンを買って帰りましょ」
「やったぁ! パンだパンだ~♪」
やれやれ。
ケセラが痛むこめかみを押さえていると、
「アノォー……ちょっといいですか?」
二人に声が掛かった。
振り向くと、はっとするほど美しい銀髪の女性がこちらを見下ろしている。
「あら珍しい。あなたたち、ハーフリングね?」
その連れ合いと思しき、黒いスーツ姿の男性は目を丸くしていた。
「う、うわっ! 可愛いなあ! まるでお人形さんじゃないか!」
「…………………」
いぶかしげにケセラは男を見上げる。まるで初めてハーフリングを見かけたような口ぶりだ。確かにハーフリングは珍しい種族だが、――彼の歳ほど生きていれば、一度や二度、見かけたことくらいあるだろうに。
――あるいは。
それだけ、ケセラの魅力的な容姿に驚いている、ということだろうか。その可能性もなくはない。ケセラは他のハーフリングと比べて、自分でもわりと可愛い方だと思っていた。
男が小声で、仲間の女性と何ごとか話している。聴覚には自信のあるケセラだったが、不思議とその言葉を聞き取ることはできなかった。
「――なるほどなるほど。半分”妖精”の血が入ってるのか」
なんだか当たり前のことでひどく感心しているらしい。
あるいはとんでもない田舎者なのかもしれない。
ケセラは恭しく頭を下げた後、
「――お二人は、なんのご用事で?」
「さっき、”ギルド”でクエストボードを見たんだ。そしたら、依頼主はいま出たところだって聞いたから、走って追いかけてきたんだよ」
「ああ……そっか」
そこでケセラは、二人の左腕の腕章に気付く。白色。外国人だ。まあ、それは予想できた。銀髪の女性には妙な訛りがあるし、男の方は、――こんなに黄色い肌の人間、見たことがない。
「ええと。お二人は腕に自信があるんですか?」
「もちろんでーすよ? サイクロプスなんて朝飯前ってとこ?」
本当だろうか?
まずケセラは詐欺を疑う。
だが妹は、
「やったねケセラ! これでかいけつ!」
と、無邪気に笑った。ちなみにこの台詞、本日四度目である。どれだけうさんくさい相手にも最大限の期待をするのだ、この娘は。
「クエストボードを見たならわかると思いますが、こちらには”サイクロプス”討伐に十分な報酬をお支払いできるとは思えないのです。それでも構いませんか?」
「構わないよ。君が”サイクロプス”討伐の証人になってくれるならね」
「と、いうことは……?」
「実を言うと我々、腕に自信はあるがこの街に来たばかりなんだ。”探索者”としてさっさと出世してしまいたいから、白帯でも受けられる厄介ごとを探して回っていたんだよ」
「ふむふむ、なるほど」
やった!
ケセラは内心、飛び上がるほど喜んでいる。
彼女の分の悪い賭けの勝ち筋は、ただこの一点にのみ絞られていた。
”マジック・アイテム”持ちで、“探索者”になったばかりの外国人。
年に数度、そういう人が現れて、報酬を考慮しない厄介ごとを引き受けてくれることがあるという。
探索者は名を売り、より上位のランクへ。
依頼者は格安で問題解決。
お互い損のない取引ができる。
――男の方はちょっと頼りないけど……この銀髪の女の人なら、なんとかしてくれそうね。
そう思っていると、男は何を勘違いしたのか、眼鏡をクイッとあげて、
「ぶっちゃけそのサイクロプスとやらがどんな生き物かしらんが、たぶん何とかなるとおもうよ」
前向きな人なんだな、と、ケセラは思った。
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