四日目
第41話 四日目の出勤
次の日、京太郎は起き抜けに、今日一日を元気よく過ごせるよう、たっぷり三十分は便所付きのユニットバスに籠もることにした。
身体の中と外にある汚いモノを全て水に流し、念には念を入れて半分ほど使い終わったトイレットペーパーを鞄に入れる。
その後、しばらく鏡に向かって、
――白髪、……増えたかな。
昨日のおっちゃん呼ばわりが未だに胸に突き刺さっていた。
とりあえず目立つところの白髪を三本ほど抜いたあたりで、あまり時間をかけていられないことに気付く。
朝食は、コーンフレークにたっぷりの牛乳をかけ、細かく砕いたチョコレートを少しふりかけたものだ。
コーンフレークによる朝食は、コップを必要としないため後片付けが楽でいい。一人暮らしを続けてきて、洗い物を一つでも減らす癖が身についている。
じゃく、じゃく、と、一人暮らしのアパートに咀嚼音が響き渡った。京太郎の部屋にはパソコンがあるがテレビはない。なんとなく寂しくなって、お気に入りの毒舌系ゲーム実況者の騒々しいプレイ動画を流す。
胃の中に甘くなった牛乳を流し込み、充填完了。
すでに、――シムは早起きして、クエストを受領してくれているだろう。
若者に負けてはいられない。
仕事で異世界に行って、さらに向こうでも金を稼ぐというのも妙な話だが。
果たして今日は、どんな冒険が待ち受けているのだろう。
京太郎はいつもの
▼
『クエスト? そんなの、もうとっくに終わらせたわよ?』
三人は余裕で横になれそうな巨大ベッドの上で横になり、ステラは煙をぷひゅーと吹いた。
若い娘が煙草などけしからん、と思ったが、どうやら嘗めると水蒸気を発する、あめ玉のような菓子を口に含んでいるだけらしい。
「えっ、そうなの?」
『ん。……だいたい、”白帯”に任せられる仕事なんて、あたしが出るまでもないし。簡単な荷物運びだったから、シムが行って、さささっと解決しちゃった。そこでの働きが認められたかなんだかでアイツ、今は追加分の仕事の手続きを受けてるとこ』
「……ひょっとして君、ハブられたのか」
『むぐ』
ステラはふてくされたように煙をぷーぷー吐く。
『”人族”は、……昔っから女を差別する生き物なのよ。あたしに任せられる仕事はないってさ』
「そうか……」
『信じられない。”魔族”の間じゃ、ぜったいにそーいうことないわ。”魔族”は男と女でほとんど力の差なんてないんだから』
京太郎は苦笑する。その代わり、種族間の差別はまかり通っているようだが。
「君らはどうやら、魔法の力が能力の基準みたいだからね。……人間はどうしても、ホルモンの関係で男の方が筋肉付きやすいからなあ」
この世界の人間も同じルールで身体が創られているとは限らないが、話を聞く限りそうなのだろう。
『くそったれ。こんな矛盾した種族ばっかり神に愛されてるなんて、世の中間違ってるわ』
「私は君たちを愛してるよ」
さりげなく口に出た言葉だったが、ステラの顔面はてきめんに紅潮した。あめ玉がぽろりと口からこぼれ落ちる。
『なっ、……な、な。……み、密室で、いきなりなんて宣言すんのよ……』
「む」
確かに、若干誤解を招く表現だったかもしれない。
これでは、三十過ぎのジジイが年甲斐もなく若い娘を口説いているようではないか。
一拍遅れて、京太郎も恥ずかしくなってくる。さっさと話題を変えるのが賢明か。
「……し、しかし……、いつまでもここでボンヤリしていては給料泥棒になってしまうな。なあ、ステラ。今から街を歩かないか」
『なんで?』
「第一に、この街の地理を把握しておきたいということ。第二に、白帯を着けて歩いていれば、ひょっとすると困ってる人に出くわすかもしれないということ。……どうせ我々は金に困ってないのだ。人助けして回るというのはどうかな」
『んー……』
ステラはしばし、ベッドの上で足を開いたり閉じたりしてバタバタしていたが、
『ま、いいでしょ』
やがて納得してくれた。
京太郎が手を差し伸べると、少女はその手を取らずに自力で立ち上がり、”魔女”のローブを頭からすっぽり被る。
『いきましょ、――”管理者”さま?』
▼
”探索者の街”の景観は、網のように張り巡らされた“魔導線”が特徴的だった。
どうやらこの”魔導線”というもの、石畳の下にも縦横無尽に仕掛けられているようだ。
京太郎は何度か、地面に浮かぶ幻のような何かを目にしている。
ステラによるとそれは、近隣の魔導施設に接続されている魔物の夢が可視化した際に起こる現象らしい。
魔導施設には数種類の魔物が暮らしており、週休五日制で”魔導線”に接続され、街の人々が快適に暮らすためのエネルギー源になっているようだ。
動物がやることのため供給されるエネルギーには
「一つ、疑問なんだが」
『何?』
「”魔族”と”魔物”って、どういう違いがあるんだ?」
『頭が良いか悪いかの違い、かな』
「ずいぶん曖昧な基準だな、それ……」
「でも、実際そうなんだからしょうがないじゃない。”人族”と猿の違いだって似たようなものでしょ」
京太郎は少し考え込んで、
「じゃあ、”動物”と”魔物”の違いは?」
ここを歩いている間、すでに京太郎も見慣れた動物、……犬や猫の類いを見かけている。
『具体的な線引きはあたしにもよくわかんないけど……”魔物”は自身を魔法で強化することができるから、”動物”より遙かに強いわ』
「へえ」
『それと、”魔物”の身体は様々な”マジック・アイテム”の素材でできてるっていうのもあるかな』
「つまり”動物”を加工しても、特殊な力は宿らない?」
『そういうこと』
そんなよもやま話に花を咲かせながら、二人は”探索者の街”を観光する。
当たり前と言えば当たり前だが、道中、”探索者”の力を借りるほど困っているような人は見かけず、この街の秩序がいかに保たれているかがわかった。
「おかしいな。ソシャゲとかでは、会話の腰を折る勢いでしょっちゅうならず者が暴れてるもんなんだが」
『何の話?』
「いや、なんでもない。妄言だ」
『……もしも、どうしても仕事を見つけたいなら、あっちこっちの”ギルド”を回って見ましょうか。ひょっとすると”白帯”でも雇ってくれる良い仕事が見つかるかもしれないし』
「そうだな」
ということで、京太郎たちは”探索者の街”に全部で三十カ所以上ある”ギルド”を順番に回っていくことに。
”ギルド”はそれぞれ特徴があるらしく、張り出されている”クエスト”も様々な種類があった。
だが、――ほとんどの”クエスト”の条件に、”緑帯”あるいは”黄帯”以上であることが書かれている。
”白帯”は信用できない外国人であることを示すようなものらしく、なかなか都合の合う仕事は見つけられなかった。
「もっとこう……誰の視点から見ても完全無欠に邪悪な怪物をぱーっと退治して、みんなの賞賛を得る……みたいなことにはならんのかね」
『同感』
空振りの五件目で、ステラも嘆息する。
『どーしたもんかしら。このままシムにおんぶでだっこのままランクが上がっていくのもしゃくだし。……だいいち、効率が良くないわ』
「だな」
『なんか、どかーんと厄介なクエストを解決して見せて、口コミで依頼が舞い込むような環境になればいいんだけど……』
「なんなら『ルールブック』を利用する手もあるが、もうちょっと自力で頑張ってみたいな」
『うーん……』
そんな二人が目を留めるような”クエスト”を発見したのは、ダメ元で立ち寄った六件目。
昨日、”探索者”として登録した、薄汚い”ギルド”であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます