第39話 人間の敵
【管理情報:その11
管理者の知らないところで、管理者を害するための相談はできない。そうした場合、相談者は一時的な記憶喪失になる。】
「……ふうむ」
京太郎は新しい一文を『ルールブック』に書き込んで、これで大丈夫か考え込む。
――”害する”っていうのが具体的にどういうことかにもよるよな。
例えばこれが、ちょっとした陰口すら叩けない、みたいなことになるなら、それはそれで問題が発生するのではないか。
やはりこの『ルールブック』、扱いが難しい。
ある意味、世界全体に影響する呪いのようなものだ。強力だが、範囲が広すぎるのである。
「おっちゃん、なに書いてんの?」
思考はそこで中断された。
ロアが金色の飲み物を人数分持ってきて、京太郎たちの前に並べていく。
彼に案内された場所は、たまたま京太郎たちが泊まる”冒険者の宿”の一階にあるバーだった。
”ギルド”のように薄汚いところだったら嫌だと思ったが、ここの雰囲気はかなり良い。途中、旅人向けのボロい酒場もいくらか見かけたが、ここはどちらかというと金持ちが休暇に使うためのリゾート施設、という感じだ。
なお、金は全てステラが負担してくれている。
『おばあちゃんにしてみりゃ、お金なんて賭場で無限に稼げるモノらしいからね』
とのこと。
「いやー、ワリィな、ごちそうになっちまってよう」
ロアはからから笑いながら、金の液体を口に含む。
「ぷはーっ、やっぱこーいう飲み屋の酒はうめーな!」
京太郎は「ああ、カンパーイ、的な挨拶はないのか」と一拍遅れて、その酒を嘗める。
同時に、ちょっとだけ咳き込み、
「あ、甘っ。なんだこれジュースか?」
京太郎が驚くのも無理はなかった。この世界のビールは炭酸を抜いたものをシロップや果実で割るのが一般的な飲み方なのだ。
「そーか? 結構辛めの味付けだと思うんだけどなー」
「こんなのばっかり飲んでたら絶対太るぞ……」
「そーか? この酒、即効性のある栄養補給だってんで有名だけど」
言いながら、ロアは運ばれてきた豚肉の腸詰めを口に運ぶ。
京太郎は、塩をふりかけただけの煎り豆をぽつぽつ食べた。何が入っているかわかるぶん、これくらいシンプルなものの方が食べる気になる。
「そんで? 二人はどーいう関係?」
ロアは、酒のつまみとばかりに何気なく訊ねた。
ステラはいかにも世間知らずの美少女、という、男であれば誰しも悪い気を起こさない性格を演じながら、
「ワターシ、ここより南の小さな島からきましたヨー」
「へえ、どうりで変わった訛りだと思った。……そっちの少年は?」
恐らく半分地なのだろうが、シムの演技も大したものだった。彼はいかにも人見知りするステラの弟分、といった感じで、
「ぼくも、その、同じです……」
と一言呟いたきり、余計なことを話そうとしない。
「二人は同郷ってこと?」
「そういうことネー」
「へえ。世界は広いんだな。わざわざこっち側まで来るやつがいるなんて……」
その時、シムがテーブルの下で、素早く京太郎の左手を取った。
寂しいのかな? この甘えん坊め、と思っていると、素早くその薬指に指輪が嵌まる。
「えっ、……なに?」
その男らしい行為に思わずキュンとする……わけもなく、すかさず京太郎はその意図を察した。
頭の中に、一日ぶりのバリトンボイスが響き渡る。
『やあ、――”管理者”』
声を上げそうになったが、感覚的に念じるだけで話せることがわかった。
――あ、フェルニゲシュさん?
『いかにも』
――ども、お疲れさまです。
『うむ』
――そっちの様子はどうですか?
『快適だよ。……いちど、こんなふうに人の街を見て回りたかったし、――なかなか愉しい。――己れは生まれつき身体が大きかったからね……』
――へえ。それで、今回は何のご用で?
『どうやら困っているようだったのでな。――あの”亜人”の少年と共に、少し言い訳を考えてみた』
――言い訳、ですか。
京太郎は、この火竜のアドリブ力に関してじゃっかん信頼を置いていない。
――なんでしょう。参考にします。
『うむ。君ら、”転送球”で己れに攫われたことにしなさい』
――へ?
『――己れは時々、”転送球”を利用して、――地上の面白そうな”人族”を巣に誘い込んで、議論を愉しむことがあるのだ。――君らもその犠牲者ということにすれば、――良い』
――え、そんなことしてたんですか?
『――うむ。……一人きりでしばらくいたものだから、――ちょっと暇でな。もちろん、そうした”人族”は皆、無傷で地上に戻している、――だが、今回は術がうまく発動せず、”迷宮”に転移してしまった。――この、ロアとやらのパーティと出会った時の話は、状況がうまく飲み込めていなかったせいで混乱していたことにすればいい』
――なるほど。
『――その後、おまえたちは”迷宮”内で出会った。――三人で協力して、いま、”迷宮”から戻ってきた。そういうことだ』
――わ、わかりました。
『しばらくしたら、――シムがお前に話しかける。お前は、言ったとおりに話せば、良い』
――了解。
万一の場合は記憶を消してやれば済むと思っていたが、その線で誤魔化せるならそれでもいい。
『言っておくが。――”万一の場合は記憶を消せば良い”みたいなことは、――考えないほうが、いい。この世界には《時空魔法》といって、――記憶の連続性を調べる術が、――あるからな』
――それマジ?
『ああ。マジ、――だ』
京太郎は微妙な顔になって、「じゃあ、さっきのルール、マズかったか?」と思う。
だが、今はロアに納得してもらうのが先決か。
やがてシムが、ごくごくごくっとジョッキを空にして、深刻な表情で言った。
「きょ、きょーたろーさま」
「ん?」
「ぼく思うんですけど、この方には話してもいいんじゃないでしょうか」
「ふむ……」
「さっき言ってくれたじゃないですか。”同じ外国人”だって。それに”迷宮”の中にいたことも庇ってもらえました。だったら、今回の件、わかってくれるのではないか、と」
するとロアが、井戸端会議を愉しむ女性のように、ずいっと身を乗り出す。
「ん、ん? なんだ、なんだ?」
「あー、……それは、だね……実を言うと我々、――」
その後、京太郎は火竜フェルニゲシュが言ったとおりの内容を話した。
ロアは思ったよりも単純に、
「そーいうことかー」
と、納得してくれる。
少なくとも京太郎には、彼が疑っているようには見えなかった。
「自分でも何が起こったか良くわかってなくてね。ただ、後に無許可の”迷宮”探索が違法だと知って……それで、少し慌てていた、と、そういうわけだ」
「二階層の火竜がそーいう訳の分からんやつだってのは聞いたことあるけど。……でも、なんであんたを攫おうと思ったんだろうな?」
「ひょっとすると、私が”魔族”の研究家であることが無関係でないのかもしれん」
頭に、すらすらと根も葉もない嘘が湧いて出てくる。自分には詐欺師の才能があるのかも知れない。
「けんきゅー……?」
「ああ。デスクワーク専門だけどね。――実を言うと私の考えでは、”魔族”を保護せねば、近々世界樹に悪影響が起こるとされてる」
「あー。……俺もそういう説があるって聞いたことあったっけ。まあ、あくまで噂話程度のやつだけど」
「それが、フェルニゲシュの話では、どうも噂話でもないらしい」
「うーん」
ロアは少し考え込んで、
「でもそれ、”魔族”側の意見だろ? 信用できないじゃねえか?」
「それは……」
京太郎は苦い顔で、シムとステラを見る。
”人族”を説得できるのであれば、もっと話は簡単に済んでいるのだ。
「あんたはそう思ってないようだけど、”魔族”は基本的に敵だからなぁ」
「しかし……」
「だって連中、”
「そうでない種族もいるみたいだが」
「いや、そりゃ問題にはならねーよ。あいつらやべーもん」
「やべー……というと?」
「五、六年前だっけ? とんでもない事件があったじゃねえか。なんとかいう伯爵気取りの”
瞬間、ロアは異物を口に呑み込んだような顔で唾を吐いて、
「とにかく、とんでもなく悪趣味なショーをやってのけたっていうじゃないか。”人族”だって残酷なやつはいるけど、ガキにそこまでやらん。”魔族”は
「それは……」
「結局、連中と俺らは永遠にわかり合えないのさ」
「……そう、かも、だな」
京太郎は顔を背けた。シムとステラは”魔族”側の立場から何か言いたそうだったが、この状況では何ごとも話せず、
「……ま、いいや。そういう考えもあるってことだな」
「ってかそれ、ふつーに一般論だと思ってたけど」
「確かに」
はははと陽気に笑ってみせる。
京太郎には、この話題をさっさと切り上げるしかなかった。
時計を見る。
――定時まで……あと十五分か。やむをえん。
その後、京太郎とロアは連絡先を交換して、席を立つ。
シムとステラ、それぞれ一部屋ずつとった”冒険者の宿”の最上級フロアに顔を出し、素早く個室トイレのシステムを確認し、どうやら”水系魔法”と薄紙を利用するらしいと判断した辺りで、――タイムリミットが訪れた。
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