第37話 探索者組合

 歩くたびギシギシきしむ木造の床を歩き、西部劇のセットを思わせる室内へと足を踏み入れる。

 そこは、十数年以上にわたる汚れを塗り固めてできたような建物だった。

 机も、椅子も、受付嬢が座っているカウンターも、その奥に見える雑多な書籍類も、――どことなく古びていて、黒く埃が堆積している。

 奇妙な味があると言えないこともないが、こんなところに一時間もいたら病気になってしまいそうだ。


 ギルドの一角は酒場になっているようだが、黄金色の酒を口に運んでいる人々の顔はどれもびっくりするほど不吉で、暗い。油断していると下手な因縁をつけられそうな雰囲気だ。

 京太郎は小声で、


「なあ。ギルドってここしかないのか」

『そんなことないけど、――目立つわけにはいかないんでしょ。登録は場末の“ギルド”で済ませた方がいい』

「む。……それもそうか」

『あたしたちは住民票もない根無し草だから、まずここでクエストを受けていきましょう』

「クエスト?」

『この辺の人たちから出される、お仕事の依頼ってとこ。……そこのボードに張り出されてるわ』


 京太郎は、”クエストボード”と書かれた木製の掲示板をちらりとみる。そこには、三枚の紙切れが張り出されていた。

 一つは便所掃除、二つは畑の草むしりに関する依頼らしい。


「これだけ?」

『良いやつは朝に全部取られちゃうから、しゃーないわ』

「へえ……。ちなみにここ、何時に開店するんだ」

『夜明けと共に、……ってとこね』

「むう」


 京太郎は眉をしかめる。では、九時出勤していては間に合わないではないか。


『あっ、だ、だいじょうぶ、です。クエストの受領はぼくが済ませておきますので……』

「すまん。助かる」


 そこでステラはカウンターに肘をかけ、親しげに話しかけた。


「はろー。ワターシ、ステラ言います。このへんでオシゴトみつけるのに、ここがいいって紹介されて来ましたー」


 受付嬢は、ハゲタカを思わせる目つきの鋭い女である。

 彼女は殺人アンドロイドが対象をスキャンするみたいな目つきで京太郎たちを見て、


「公用文字は?」

「書けマース」

「……では、こちらの書類にサインを」

「ハイハーイ♪」


 すらすらとステラが書類に名前を書き込んでいく。


「ステラと、シム、キョータロー……はい、確認しました。それぞれ手形をとります」


 京太郎たちは言われるがまま手に墨を塗り、ぺたんぺたんと紙に手を当てていく。


「また、所有する“マジック・アイテム”がある場合は、それも登録していただきます」


 京太郎たちはお互い顔を見合わせた。


「それって、絶対に登録しなくてはいけないのですか?」

「登録は任意です。――ただ、当然ですが、登録しておいた方が得かと。“マジック・アイテム”の使い手には特別な依頼が発生することがありますので」

「なるほど」

「何か……所有する“マジック・アイテム”が?」


 京太郎は迷った。

 何を持っているか、と問われれば「」と答えることができるだろう。なんなら目の前の受付嬢の下着を取り寄せることだってできる。

 とはいえ、馬鹿正直に応えるわけにも……。


「いいえ。何も」


 結局京太郎は、こう応えるしかなかった。

 ステラとシムもそれに続く。

 受付嬢は「やっぱりね」といった感じで目を伏せた。


「……それと。グラブダブドリッブの”探索者”について、どの程度ご存じで?」

「ほとんどナニも知りませーんので教えてネ」

「はい」


 そして、生活の疲れがにじみ出た嘆息の後、一枚の紙と、竜を単純化したと思われるマークが縫われた、三本の白い腕章をテーブルに置いた。


「今から皆さんに、”探索者”であることを示す腕章を差し上げます。この腕章と、その色がみなさんの身分を証明することになりますので。なくさないように」


 差し出された紙切れには五種類の腕章が描かれており、


【白帯:無級(外国人枠)

(例)屎尿・生活ごみ・灰の収集、簡単な荷物運び、見張り番、雑用全般。

 黄帯:初級

(例)害虫駆除、家屋(トイレ、煙突など)の掃除、手紙の配達、季節の行事の手伝いなど。

 緑帯:下級

(例)最下級の魔物退治、護衛任務、軽作業全般。

 茶帯:中級

(例)魔物退治、”魔王城”周辺の警ら、国民守護隊のサポートなど。

 黒帯:上級

(例)周辺の遺跡調査。下級の”魔族”退治、あるいは所有するマジック・アイテムが不可欠な依頼など。】


――白帯、黒帯っていうとなんか空手家っぽいな。まあこっちの帯は腕章だけど。


「だいたいこの辺が、各階級で受けられる依頼だと思って下さい。もちろん例外はありますし、あくまで参考程度ですが」

「あれっ。……でも、前に会った”探索者”は腕章なんて着けてなかったけどな」

「それは恐らく、政府に公認された”探索者”でしょう。彼らは左手に”不死”の印が刻まれているので、それが証となっているのです」

「なるほど……」


 京太郎は、その紙切れの文章をもう一度読み込んで、その内容をおおよそ暗記した。


「”探索者”……と、便宜的に呼ばれていますが、基本的には言葉の通り、”腐肉漁りスカベンジャー”のような雑務をやらされると思って下さい」

「ずいぶん直裁にものを言うなあ」

「活劇物語の冒険家を夢みて”探索者”登録される方が多いので。そういう方はどうぞ、個人的に冒険をお楽しみいただければ。もし自身の働きに対価を求めるのであれば、これが現実です」

「ふむ……」

「基本的に、みなさんに遺跡調査や”魔王城”探索を依頼されることはないと思って下さい。そのへんは公認”探索者”の領分ですので」

「どうすれば、その公認”探索者”とやらになれる?」

「地道にやっていって、働きが認められたら試験を受けられます。あなたに良識があると認められれば、緑帯まではすぐ・・だと保障しておきますよ」


 京太郎は腕を組む。


――やはり、ソフィアたちはかなり上位の”探索者”だったんだな。


「ちなみにその、”外国人”枠から公認の”探索者”になった人は?」

「そこそこいますよ。……例えば……あっ」


 そこで、受付嬢はちょっとだけ目つきを柔らかくして、


「あそこの……青年とか」


 振り向くとそこには、見知った顔があった。

 同時に、茶髪の青年が悲鳴のような歓声を上げる。


「あーっ! うわーっ! あんた、”正義の魔法使い”じゃん!」

「君は……」


 そこにいたのは、以前出くわした”人族”のパーティの一人。

 確か名前は……、


「やあ、ロア」

「なんだよなんだよーっ。戻ってきたなら連絡してくれりゃあ良かったのに!」

「連絡はとろうとしていた。いま戻ったところなんだ」


 そして、とびきりの玩具を自慢するように、京太郎が以前手渡した”スタン・エッヂ”を見せ、


「これ、愛用させてもらってるぜ~♪」

「そうか。気に入ってくれたなら何よりだ」


 受付嬢が口を挟む。


「あら。ロアくんのお知り合い?」

「うん。前にちょっと。”迷宮”でね」

「”迷宮”で? ”探索者”でもないのに? 無許可の探索って、たしか犯罪では……」


 京太郎は、ステラの「こんな奴と会ってたなんて聞いてない」という怒りの視線をそれとなく無視しつつ、


「ちょっと訳ありなんです」

「しかし……」


 ロアはカラカラと笑って、


「まあまあ、キィ姉さん! ここは俺の顔に免じて、忘れてやってくれよ。それとも、俺たち外国人に訳ありじゃねえヤツなんていたためしがあったかい?」

「………………」


 受付嬢は明らかに苦み走った顔つきで京太郎を見たが、


「……まあ、いいでしょう。関わりたくありませんし」

「はっはっは! な、キィねえさん!」


――うわあ。陽キャ特有の、その場のノリでなんとなく事態を好転させるやつだぁ……。


 ロアはそこで、テーブルの上の白帯に目配せした。


「うっそ! おっちゃん、白帯なの!? おっちゃんの腕なら、どう考えても黒帯レベルだろ」

「お、おっちゃん……?」


 馬鹿な。気持ちの上では未だ十代の頃と変わらないのに。白髪だってそんなには……いや、最近増えてきたけど。

 京太郎は心臓を矢で射貫かれた気がしたが、平然を装いながら、


「……まあ、手続き上、仕方ないらしいからね」

「何なら俺、ソフィアに口をきこうか? 俺もそうだったけど、公認”探索者”と組んだ実績がありゃあ、出世もすぐさ」


 さすがにイチから真っ当に依頼を受けていくのが効率的でないことには気付いている。”探索者”の種別分けが腕章に頼っているだけなら、『ルールブック』で色を変えてやれば済むだろう。

 ……とはいえ、ここで下手に不正を働いては元の木阿弥だという気持ちもある。

 できることなら、長期的な視野でこの世界の住人として溶け込むのが望ましい。

 今後、どういう方針をとるかは、実際にしばらく”探索者”をやりながら考えるしかない、か。


「……考えておくよ」

「よーし! じゃあ再会の記念にどっかで一杯やろーぜ! いいだろ?」


 京太郎は時計を見て、就業時間があと一時間ほどしかないのを確認する。


「すまないけど、宿を取って休みたい。くたくたなんだ」

「そうか? ……わりと元気そうに見えるけどな?」


 一瞬、ロアが油断ならない目で睨んだ気がした。

 京太郎はそれに気付かないふりをして、


「疲れが顔に出ないタチでね」

「ところで、――あんたの仲間だけど、どこで出会った? 前に会ったときは一人っきりだったけど」

「この街に来てからさ」

「おかしいなあ。って言ったじゃん」

「む」


 少なくとも、ロアの言葉に敵意のようなものは感じられない。

 とはいえ、それがどういう意図であれ、揺さぶられていることには変わりなかった。

 見ると、ステラはため息交じりに、シムは苦い顔をしている。

 京太郎は少し考えて、もういっそこの若者(と受付嬢)の記憶を抹消すべきか悩んだ。

 それでも一向に構わなかったが、


「……まあ、色々あってさ」


 そして、白帯をひったくるように掴んで、


「やっぱり、一杯だけ付き合うよ」


 あえてその逆を選ぶ。

 ロアはにっかり笑った。


「いいねえ! ――俺、良い店を知ってるんだぜ?」

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