第33話 よもやま話

 ”魔女”とトロールたちが見送る中、京太郎は”ジテンシャ”に乗り込む。


『ステラ、ステラ、ステラ――』

『寂しいよ、寂しい、寂しい――』

『でも、負けないで。――ずっと待ってるから』


『うん。ありがと。みんな、ばいばい』


 ステラの別れ方は、あっさりしたものだった。

 今の彼女は、いかにも魔女らしいダークなデザインのローブを頭からすっぽり被っている。

 先ほどまではどちらかというと”魔法少女”といった感じだったが、さすがに今は”魔女”っぽい雰囲気を帯びていた。

 さざ波のような声を背に、隠匿された扉に向かう。

 ”ジテンシャ”には四人分の座席があったが、ステラはあえてそこに座らず、ひょいと箒に腰掛け、そのまますーっと空中に浮き上がった。


「お」


 京太郎は目をむく。ハリポタじゃん完全にこれ。


『じゃ、さっさと行くわよ。こっから出口まで飛ばせば二、三十分くらいだから、先に行って待ってる』

「ちょっと待て。そのトンガリ耳はどうする? ”魔族”とバレるとマズいんじゃないか」

『安心して。あたしだって街にはしょっちゅう出向くから。初歩的な《擬態》なら使えるわ』


 ステラは、箒に乗ったままちょっと髪をかき上げる。見た目はほとんど変わらないが、なるほど尖った耳は”人族”らしい丸みを帯びていた。


『そんじゃ、お先!』


 言って、ステラは猛烈な勢いで世界樹の根の迷路へ飛び出していく。

 それに続いて、”ジテンシャ”も走り始めた。



『あっ、じゃ、じゃあぼくもそろそろ、《擬態》を……』


 シムが小声で何ごとか呟く。

 すると、毛むくじゃらな彼の顔がみるみる人間らしい姿になっていった。

 今の彼は、十代前半の美少年、といった感じ。


『ど、どうでしょう?』

「うん。どうみても人間だな。APP値高めの」

『ど、どうもです……』

「ところで少し気になったんだけど、《擬態》できる姿って自由自在なの?」

『基本的には。ただ、自分にとって一番化けやすい形、というのはあります』

「ふうん。……」


 京太郎は少し考えて、


「例えば、二十代前半、胸は大きめ、黒髪で童顔の乙女、とか指定したら変身できるのかい」

『できますけど。――ひょっとして京太郎さま、女の姿の方が良いんですか?』

「いや、そんなことはない、まったく。ちょっとした知的好奇心だ」

『ですか……』


 シムは少し疑わしい顔でこちらを見ている。


『ねえ、京太郎さま。ひ、一つお聞きしたいのですが……もしかして……溜まってます?』

「な」


 京太郎は言葉を失う。この少年の口から下ネタが飛び出すとは思わなかったのだ。


――まあ、これぐらいの年頃の子ってむしろ、そういう話題、大好物だよな。


『どうなんですか? ……その、むらむら、してます?』

「あー、ええと……だな」


 実を言うとちょっとだけ図星であった。昨晩、もうちょっと押して押して押しまくればウェパルと一晩楽しめたかも知れなかったためだ。


「溜まっている……訳ではない。そもそも今は仕事中だからね」

『そ、そうですか……』


 シムは、自動的に進む車上の景色をぼんやり眺めた後、


『も、もも、もしも、お相手が必要にならご用命いただければ。”探索者の街”には、人に紛れて暮らしてる、知り合いの”ウェアウルフ”がい、いるんです。た、確かそのそいつ、奴隷商とコネがあるらしくて。い、いまは女衒ぜげんを生業としている、そうです』

「奴隷に……女衒、か」


 まさか、彼の口からそんな言葉を聞くとは。


『”人族”は、は、発情すると、普通じゃなくなるって、暴力的になるって……そう聞いてます。そういう、しゅ、種族の特性なんだから、ぜんぜん恥ずかしいことじゃないです。だから……我慢しないで、くださいね』

「君の知っている”人族”と私は似て非なるものだ。私は自分の感情をコントロールできる」


 これは半分嘘だった。彼は高二の時、幼なじみの女の子に振られて泣いたことがある。その際、ゲームボーイアドバンスSPの本体を地面に投げて破壊している。


「でも、一応心に留めておくよ。――……ちなみに、これはあくまで知的好奇心で訊ねるんだが……この世界の風俗店って、どういう感じなんでしょうか。シム先輩」

『どういう、と言われましても。ぼくも実際に見たわけではないので。……あ、でも確か、手紙では、ちゃんとしたお店はいろいろとヘンテコなしきたりがあって、ややこしいって言ってました。あ、それと高級遊女っていうのもいて、その人は貴族みたいな暮らしをしてて、ちゃんと恋人みたいにお互いを知り合わないとその……最後・・までさせてもらえない、とか』

「へ、へえ……」


 そういう世界が……。

 初めてエッチ本を見たときと同じくらいどきどきしている。


『あ、そうそう。……遊女はみーんな、美人ばっかりなんです、けど。それは、魔法の力で姿を変えてるから、そうなんですって』

「ほお……」

『それでそれで。冗談みたいな話なんですけど、けっこう大きな娼館が、女性と偽って男性にきゃ、客をとらせてたってその……摘発されたことがある、……そうです。……笑っちゃいますよね』

「ひええ……」

『も、もちろん、京太郎さまの愛人をえ、選ぶ時は、そんなことないようにしますけどっ!』

「ははは」

『――やっぱり、街の仲間と連絡とった方がいいです、か?』

「ええとそれは、」


 その時、一陣の風と共にステラが戻ってきた。

 彼女は、二人の真上で急ブレーキして、


『忘れ物してた! 先に行ってて!』

「お、おう……」

『あと、ここわりと声、響くから、不潔な話するの止めた方がいいよ』


 そして、稲妻のように去って行った。


「…………………」

『…………………』


 二人の間に、気まずい沈黙が生まれる。

 京太郎はさりげなく自然な動作で、『ルールブック』を開いた。


 開いたのはたまたま、”文化・思想”について書かれたページで、


【名称:売春

 番号:AS-12

 説明:対価を得るために性交すること。

 この世界の”人族”はどいつもこいつも、怠惰で、くそったれで、覚えたての猿みたいに性欲が強い。ほとんどそのせいで先々代の馬鹿がいちど世界を洪水で洗い流す羽目になった。だが根本的な解決にならんだろう、それでは。

 というわけで、この世界の性風俗を私自らが整備する羽目になっている。まったく冗談ではない。

 増え続ける”亜人”問題については、”化猫の杖”というマジックアイテム(自身の容姿を自由に変更できるもの)を大量にばらまくことで対応している。とはいえ、気軽に誰でも格好を変えられる術など与えては世界がメチャクチャになるかもわからないので、このマジックアイテムは基本的に夜の仕事に就いている者しか扱えないこととした。これでどんな性癖の者もお手軽に性欲を発散できるはずだ。やれやれ。

 補遺:最も需要の高い異性愛者向けの風俗には”化猫の杖”の使用が嫌われることが多いらしい。統計的に、貧乏な家計の者がこの手の仕事に就きやすいことがわかっているので、今後、貧乏人の家の子供が美形に産まれる確率を20%ほど底上げすることにする。また、無駄で余計な文章を『ルールブック』に書くなというお達しがあった。知ったことか。くたばれソロモン。】


「うーむ。なるほどじつに興味深い」


 京太郎はもっともらしく頷く。親の前で勉強のふりをするのに似ていた。


「…………………」

『…………………』


 二人の頭の上を再び、びゅーんとステラが通り過ぎていく。

 今度は何も言わなかった。

 ただ、ちょっとだけ軽蔑したようなまなざしと目が合った気がした。


「…………………」

『…………………』


 ”探索者の街”に着くまでの数十分が、ひどく長く感じられた。

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