第32話 三人目の仲間

「君が来てくれるって?」


 京太郎が訊ねると、ステラは親の仇のようにクッキーをばりぼりした。


『他にないんでしょ? じゃ、行くわ』

「しかし、いいんですか? 嫁入り前のお孫さんを、男と同行させるなどと」


 これは保護者である”魔女”に向けて言ったつもりだったが、


『馬鹿にしないで。自分の身くらい面倒見れるわよ』

「そう……なんですか?」


 京太郎はこの若い娘の言葉を半分も信用していない。自分の実力ではできないことを平気でできると思い込んでいるところが、若者が若者たる所以だと思い込んでいたためだ。

 ”魔女”は、鷹揚にうなずく。


『あたしの孫だけあって、腕はそこそこ。そこいらの木っ端”探索者”なら束になっても叶わないだろうね』

「ふむ……。しかし、もし私に着いてくるとなると、長くここを離れるかも」

『安心しな。口では粋がってるけど、この娘、昨日からあんたに着いていきたくってしょうがないみたいよ?』

「え?」


 京太郎はステラを見る。少女は唇を尖らせて顔を背けた。


『――私がそうしろと言ったわけでもないのに、こっそり偵察してみたりして、さ』

「ああ……」


 やはり、あの時の銀髪はステラで間違いなかったか。


『べ、別にあたしは……おばあちゃんがビビってる”お客さん”がどーいうヤツだったか確認しただけだし興味津々ってほどじゃないし!』

「なるほど。可愛らしいお孫さんだということはわかりました」

『おいっ』


――だが。


 京太郎は頬を掻く。

 正直、ステラと同行するイメージが掴めないでいる、というのが正直なところだ。

 『ドラクエ』においてはビアンカ派、『エヴァ』においてはアスカ派を自負する京太郎だが、現実問題として、跳ねっ返りの小娘が長旅に耐えられるイメージが湧かないのである。


 これまでの旅路において、京太郎とシムは実に絶妙な距離感で、素晴らしく快適に過ごせていた。

 退屈なときは口を開き、たまに議論し、互いの冗談に笑い合う。

 逆に、気が向かないときは何十分でも黙っていられた。


――そこに異性が紛れ込むとなると……。うーん。


 もちろん、若い娘とおしゃべりしたいというスケベ親父のような感情がない訳ではない。だが、長期的には気苦労の方が多い気がしていた。

 京太郎はしばし、苦い顔で頬を掻いていたが、


「どう思う? シム」

『ええと……ぼ、ぼくは、別に構わないかな、と、思います』

「そうか」


 まあ、人間関係は化学反応のようなもので、試してみなければわからないところがあるし。


「……わかった。よろしく、ステラ」

『ん』


 京太郎はその日焼けした元気の良い手を握った。すべすべしているな、と思った。


「ところで一応確認しておきたいんだけど、……君は何ができるんだい」

『……いろいろ』

「ええと、具体的には?」

『教えないわよ。仲間とはいえ、いつ裏切られるかわかったもんじゃないんだから。自分の手札を懇切丁寧に説明できない』

「裏切る、って」


 ちょっとだけ嘆息する。いちおう、目の前の少女を騙し討ちにする可能性について考えてみた。


「君がこちらを害さない限り、こちらも君を傷つけたりしないよ」

『だから、そうなるかもしれないじゃない』


 なるほど、ステラは祖母に似ている。自分の脅威を少しだけ相手に示しておくことで、今後の関係を優位に進めようとしているのだろう。

 とはいえ、祖母と違って彼女のそれは実力に裏打ちさせていない。

 京太郎は少しだけ笑って見せて、「この娘なら少しはやりやすいかもしれない」と思った。


「実を言うと私には、他者の術を全て見抜く力があるんだ」

『えっ、なにそれ、ずるいわ!』


 瞬間、彼女の表情から血の気が失せる。


「悪いけど、ちょっとだけ覗かせてもらうよ。――《かんて》……」

『だ、だめぇー!』


 ステラが両手を使って京太郎の目を押さえる。指の隙間から見える彼女の顔は真っ赤だった。


「ちょ、ちょっと、止めなさい、指をどけなさい」

『ダメったらダメ! もし見たらコロスから!』

「そんな恥ずかしいことじゃないだろ。ちょっとくらい……。ほんま、ちょっとだけやねんで? ぐへへ」

『ダメダメダメダメ! あたし、もし術が知られたら絶交する! あなたにも着いていかないわ!』

「むう」


 年頃の娘の難しさ、というべきか。

 そこまで言い張るのであれば、無理に調べまい。


「……わかったよ。でも、もし君の力が必要になったら」

『その時はちゃんとあなたを手伝うから! 約束するから』


 それで納得して、京太郎は傍らのシムに訊ねる。


「なあ、シム。……そんなに自分の魔法について調べられるのは嫌なものなのか」

『……場合によります』

「どういう?」

『きょ、京太郎様は、ぼくたちが使う魔法が二種類存在することをご存じですか?』

「ああ。固有魔法と通常魔法だろう」


 確か、固有魔法は産まれた時から先天的に覚えている術で、通常魔法は修行なり勉強なりして覚える術のことだったはず。


『わ、我々”魔族”はときどき、ヘンテコな”固有魔法”を覚えた状態で産まれてくることがあります。一生消えない蒙古斑のようなものでして……ステラさんもきっと、そういう方の一人なのでしょう』

「そうなのか」


 そうなってくると、彼女に隠れて、こっそり調べてやりたい気持ちになる。

 が、ここは仲間の和を重んじて、正直者でいることにした。

 若い子の場合、自分の身体的特徴が受け入れられず、ほとんどトラウマになっていることも多い。決して冗談半分で扱っていい問題ではない気がしたのだ。


「では。お孫さん、預かります」

『そんな丁重に扱わなくてもいいよ。その子、見た目は幼いけど、結構いい年だからさ』

「そうなんですか?」

『ああ』


 そういえば、物語の中のエルフって長寿の設定だし、彼女もまた、見た目相応ではないのかもしれない。



【名称:ジテンシャ

 番号:SK-1

 説明:管理人である、坂本京太郎の足になる乗りもの。ペダルをこぐことで車輪が回り、前進する。

 車体は白色でかなり軽く、こぐのにほとんど力がいらないのが特徴。

 サドルは凸凹でも尻が痛くならないよう、柔らかめのクッションにしてほしい。

 あと車輪はかなり頑丈に出来ていてちょっとやそっとでは壊れないってことで。

 補遺:嗅覚は鋭敏で、どのような動物の痕跡も追えるようにする。

 補遺2:ペダルは不要。自動で動くことにする。あと背もたれもつけて、移動中は本を読めるような感じにしてほしい。

 補遺3:タイヤを強化。今より大きめのサイズに。多少の凸凹でも問題なく走行できるようにする。

 補遺4:全体的に巨大化してもらって、座席を二つに増やしてもらいたい。具体的に言うと、馬車に近い形状がベスト。

 補遺5:荷物置き用のちょっとしたスペースも追加。

 補遺6:強力な自己再生能力を付与。

 補遺7:座席を三つ、いや四つに。

 補遺8:この世界の住人が”ジテンシャ”を見た場合、ごく一般的な馬車に見える。

 補遺9:乗り心地をパワーアップ。車輪はほんの数ミリだけ反重力パワーで浮いているってことで。

 補遺10:透明になり、気配を消す能力を身につける。

 補遺11:座席をリクライニングできるように。】


 少しずつ巨大化していくその怪物を前にして、京太郎は『ルールブック』を仕舞う。


 傍らには、荷造りするシムとステラの姿があった。

 時計を見る。ゆったりおしゃべりしていたせいもあって、時刻は正午に近づいてきている。


「ちなみに……街へはここからどれくらいだい」

『一時間、かからないと思います』

「そうか」


 と、なると、”人族”の街まで行って、シムたちのための宿をとって、”探索者”に登録して……。

 その辺で今日の仕事は終わり、か。

 京太郎はスマホを取り出し、”魔女”の家を写真に撮ったりして時間を過ごす。

 冗談交じりに、こっそりインスタグラムとか初めて見たら面白いかもしれない、と思っていた。


――この仕事、スマホでちょっとした情報確認もできないのが難点だよな。


「ところで、ずっと気になってたんだが」

『なんです?』

「この”迷宮メイズ”の上には、”人族”の街があるんだよな」

『はい』

「それ、名前は何て言うんだい」

『名前、ですか?』


 シムは少し眉間を揉んで、記憶を探る。物覚えの良い彼にしては珍しく、思い出すのに時間が掛かっているらしい。


『ええっと……たしか……』

『グラブダブドリップよ』


 ステラが代わりに応えた。


「ぐらぶ……なんて?」

『グラブダブドリップ』


 呼びにくい名前だ。この世界の言語感覚がよくわからない。


『でも、シムも覚えてないくらい一般的じゃないわね。みんなはもっと単純に、こう呼んでる。――”探索者の街スカベンジャーズ・タウン”って』

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