第31話 あと、もう一人
『まあ、……話はわかったよ』
食後の豆茶を啜りながら、”魔女”が嘆息する。
『”
「ほう。では……」
『勘違いしちゃいけないよ。多少だ。まあ……』
”魔女”は、少し視線を逸らして、
『……そうさね。旧い知人の近況を知りたい、って程度のもん、かな』
「では、ときおりこちらから連絡するようにします。もしその時、気が向いたらで良いので、ご助言いただけませんか」
『それくらいなら』
「決まりですね」
京太郎は立ち上がって、”魔女”に手を差し伸べた。”魔女”は、どこかぼんやりした顔でそれを見て、小さな手を重ねる。
『とはいえ、リカはあっちこっち放浪してる。街に戻るのは年に一、二度……しかも人知れず、数時間も滞在すりゃ上等ってヤツだ。会う方法は考えてるんだろうね?』
ふふふ、と、京太郎は不敵に笑った。
もちろん考えていない。考えているのはシムの方である。
頼りの連れは、自信なさげに口を開いた。
『え、えっと、まず、ぼくたち、公認の”探索者”になろうと思うんです』
『ほう?』
『知っての通り、政府に認められた”探索者”は”勇者の仲間”の紋章を刻まれるでしょう? その時ばかりはさすがのリカも街に戻って来ますから。……そ、その時、彼と接触します』
『ってことは、訓練学校に?』
『い、いえ、外国人枠の拾い上げから』
『……ほとんど奴隷身分から立身出世を狙うようなモンじゃないかい。そりゃずいぶんと回りくどい』
『で、でも、結局それが一番早いと思うんです』
『直接アームズマン家に乗り込んで、「”管理者”なのでリカに会わせろ」というのは? その不思議な本の力をちょいと見せれば、すぐに信用されるだろうし』
『それは……』
ちら、と、シムがこちらを見る。
それが、『もし、あなたがそれでもいいなら』ということだと察した。
京太郎は内心、この賢い少年の鋭さ、そして気遣いに舌を巻いている。
「それはダメだ。信頼できるかどうかもわからない”人族”に広く私の正体を知られるのはまずい。……最悪、その手がないこともないが、最後の手段だ」
火竜フェルニゲシュの一件もある。
一部の”勇者”とは今後、敵対する可能性が高い。
さすがに京太郎も、
『ことほどさように、”勇者”は危険で、不安定な存在ですので。い、いちおう今後は、最悪のケースを想定して動きます』
『最悪、というのは?』
『”勇者”もしくは、ひ、”人族”の中に、――この世界を滅ぼそうとしてる者が……いるのかも、という……』
『ふうん』
”魔女”が唇を嘗めて、僅かに目を見開いた。
『自ら終焉を望むような輩がいる、と?』
『か、可能性の、一つです。これは、ふぇ、フェルおじさんの意見でもあります。”人族”は時折、そういう変わり種を産むことがある、って』
反論はなかった。ただ”魔女”は、興味深い研究対象を見つけたように、
『確かに、……一手間かける価値はあるな。ただでさえ”勇者”の家系は伏魔殿だって言うからね。正体を明かす相手は、少なければ少ないほどいい』
『は、はい』
『それに、”亜人”の戦闘力と”管理者”の能力が合わされば……スピード出世も夢じゃない、か。……考えたね』
『い、いえいえ。……えへへ』
シムが、照れくさそうに頭の後ろのところをもしゃもしゃする。
『だが、ちょいとばかり見込みが甘いな』
『え』
”魔女”は、ポーカーで良い手札が揃ったみたいに口角を上げた。
ここに来て京太郎は、少しずつこの人の表情を読み取れるようになってきている。
あるいは、少しずつ心を開いてくれている、ということかもしれない。
『まず”探索者”は最低でも三人以上のパーティを組まなければ魔物狩りの許可を得られないことが多いだろ。そのへん、どうするつもりだい』
『それは……ソロの”探索者”を雇う、とか』
『それは止めときな。群れない”探索者”なんて大抵訳ありだ。信頼できない』
『ずいぶんお詳しいんですね』
『ああ。”人族”の街にはしょっちゅう買い出しに行くからね』
なるほど、どおりで。
京太郎は、目の前にある食材の出所を確信する。
『言っておくが、あたしら”魔族”は”人族”に比べてかなり強い。いくらあんたが”人族”に《擬態》できるって言っても、一緒に戦いに出ちまえば、化けの皮が剥がれるのはすぐだよ』
『で、では……ぼ、ぼくはできるだけ戦わないことに……』
『ダメ。時間が掛かりすぎる。なるべく出世を早めるためには、あんたが動く必要があるんだよ。……それとも、”管理者”に戦わせるつもり?』
京太郎は別に、それでもいいと思っている。無敵の剣を振るって悪者と戦う、などと。まるで少年漫画のヒーローみたいで格好いいじゃないか。
『そ、それは……さすがに少し、無謀かと』
だが、”亜人”の少年は微妙な顔でうつむく。
京太郎はちょっとだけむっとして、
「こう見えて、同年代の男に比べてわりと引き締まった身体だとは言われてるんだぞ。学生時代は短距離走にそこそこ自信があって……」
『あ、いえその、京太郎さまの力を見くびってるわけでなく、……戦いには、万に一つ、という可能性もありますから』
「しかし、それは君だって一緒だ」
『……お、お気持ちはその、すっごくうれしい、の、ですが。い、命の価値を考えて下さい。ぼ、ぼくが死んでも代わりはいます』
苦い気持ちになる。なぜそんな哀しいことを言うのだろう。
「それは私も一緒だ。私が死んでも、代わりはいるさ」
『そ、それは違います。……フェルおじさんもそう言ってます。”次の神様”が、京太郎さまみたいな人である保障がない。……わかってください。これは、ぼくたち”魔族”の最後のチャンスかもしれないんです』
気まずい沈黙が生まれた。
――つまり、……最低でもあともう一人、信頼できる仲間が現れないかぎり、……。
計画の練り直しが必要、か。
「他にリカと接触する方法は?」
『り、リカは普段、ものすごい強い魔物がたくさんいる山に籠もっていると、き、聞きますから。……リスクはありますが、そちらに直接出向くしか……』
その時だった。
『あぁああああああああああああああああああああああああああああー、んもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおー!!』
食卓に、少女の悲鳴じみた声が響き渡る。
『もう良いってば! そんなふうに遠回し遠回しにさーっ! あたしが行けばいいんでしょ、あたしが! もお! おばあちゃん、さっきから人が悪いよー?』
ぷう、と、唇を尖らせる、銀髪の少女。
すると”魔女”は、そこで初めて自分の孫の存在に気付いたみたいに、
『――ああ。言われてみれば。お前が行けば、万事解決だね。ステラ』
そして、にんまりと笑うのだった。
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