第25話 魔女の家
「君の祖母がおかしい件なんだが、ひょっとすると私のせいかもしれない」
『アナタのせい?』
ステラは不審げに形の良い眉をひそめる。
京太郎は、醜男が常日頃から周囲に向けている気後れを胸の中に感じながら、
「手違いで、君の祖母に影響を与える術を使ってしまったってことだ」
『え。おばあちゃんに術を? ……いやいや、嘘でしょ』
「そうだったらいいんだが、こっちに心当たりがある。悪気があったわけじゃないんだが」
『ふうん』
不審な顔から一転、少女は興味深そうに京太郎をの顔をまじまじと見た。
『じゃ、あんた、”人族”のくせにけっこう
「私がすごいんじゃない。私の持ってるアイテムがすごいだけだ」
『言っとくけどそれ、謙遜でもなんでもないわよ。強力なマジック・アイテムを使いこなせてるってことはつまり、あんた自身がとんでもないってことなんだから』
「……ううむ」
いちいち最初から全部説明するのも面倒に感じられる。
「まあ、いい。とにかく”魔女”さまに取り次いでもらえるかい」
『いいけど、そのまえにいっちょう、ヤらない?』
「ヤる?」
内心、ドキリとする。色黒の女子高生は遊んでいるものだという奇妙な差別意識が働いていた。ステラが女子高生でもなんでもないことくらいわかっているのだが。
『あたし、最強の魔法使いになるのが夢なの。だから今んとこ、”魔族”の中で一番強いおばあちゃんに師事してるってわけ。……でも、そのおばあちゃんに術をかけられるくらいなんだから、あなたも結構強いんでしょ?』
「いや、それはない」
京太郎ははっきりとそう言った。先ほど頭によぎったふしだらな思いなど、すでに記憶の奥底に封じ込めている。
『本当かなー? だってアナタが乗っているそれ、魔獣でしょ?』
ステラが指さしているのは、とぼけた顔で辺りを見回している”ジテンシャ”だ。
『魔獣と強力なマジック・アイテムを自在に操って、”迷宮”を自由に歩き回って、しかも”亜人”まで従えてる。そんな”人族”が弱っちいわけないじゃん』
「……そういうんじゃない。それに私とシムは対等な関係であって、別に従えているつもりはない」
『え、そうなの?』っていう感じでシムがこちらを見ているが気にしない。
『じゃあ、呪い専門ってことなのかな。”人族”にはそういうのもいるって話はきいたけど』
「……まあ、そんなところだな」
実をいうとこれは、当たらずとも遠からず、といったところだった。実際、京太郎が使う術は、魔法というよりは呪術に近い。とはいえ、本来呪術は様々な手間暇と工夫を要するもので、本にちょっと文章を書き込むだけで行使できるようなものではないのだが……。
『ふうーん。ま、いいや。入って。お客さん用のテーブルで待ってもらうから』
ステラに招かれ、蔦に覆われた扉の中へ入場する。
すると、すぐに木の根が張り巡らされ、扉が塞がれた。
草花に囲まれた坂道をちょっと行って、簀の子を軽く打っただけの簡易な道路を進む。
その先の平地で”ジテンシャ”を降り、残りの砂利道はステラと肩を並べて歩くことになった。
木の根のトンネルを通っていた時は薄暗かったが、ここは実に明るい空間だった。恐らくだが、太陽の下とほどんと変わらないくらいだろう。地面を見ると、綿毛の絨毯を思わせる芝生がすくすくとそだっている。
「いいとこだな、ここ」
自然、この場所を褒める言葉が出た。老後はこういうところでゆっくりと暮らしたいと思うのは、全人類共通の感傷なのではないかと思われた。
きっとステラも喜んでくれるだろうと思っていたが、
『そう? 何にもなくてくっそ退屈な場所よ、ここ』
少女は、田舎を嫌悪する地元民のような口ぶりである。
そこから少し進むと、腰ぐらいの高さの毛の塊が、花畑のあちこちに点在していた。
何か、飼料の一種だろうかと思っていると、
『ステラ、ステラ、ステラ、――』
『その人、その人、だれ?――』
『ハーブの匂いがする、――』
突然、毛の塊が口をきいたのであんぐり口を開ける。
その様子を見て、ステラはぷーくすくすと笑った。
『トロールよ。妖精を見るのは初めて?』
「いや、……ない」
『妖精が見えるなら、心が綺麗な証拠だわ』
――なんだそれ。
「心が綺麗」であることが、果たして三十過ぎの男にとって好意的に解釈すべき事柄なのかがわからない。
『ステラ、ステラ、ステラ、――』
『応えて、応えて、応えて、――』
『寂しいよ、寂しいよ、寂しいよ、――』
さざ波のようなトロールたちのささやきが聞こえてくる。
声は少し、……というか、かなり哀しげだった。どうやらトロールはずいぶん寂しがり屋らしい。
『……んもう。朝話したでしょ。お客さんが来るってさ』
「そうなのかい」
『うん。おばあちゃんには、いつお客さんがくるかわかるのよ』
「へえ」
『でも、昨晩はめちゃくちゃイライラしてたから、ついにボケちゃったのかと思ったけどね』
「その……君の祖母は、そんなに腹を立てているのかい」
『そりゃもう。とにかくものに当たる当たる。あたし的にゃあ、久々にマジのおばあちゃんとヤりあえたのは楽しかったけどさ』
「ううむ……」
この分だと、”魔女”にはしっかり頭を下げなくてはなるまい。
”魔女”がこちらの情報を把握していることに関しては、さほど不思議ではなかった。火竜を鑑定した時、この世界には《千里眼》なる便利な魔法があることを知っている。”魔女”もそれに近い術を使ったのだろう。
トロールたちの間を抜け、五、六分ほど木の道路を歩いていると、実に可愛らしい家に行き当たった。
それは、蒼いペンキを塗った背の高い円柱を四つほど並べたような形をしていて、それぞれ赤、黄、緑、白色の三角屋根の帽子を被っている。
ほう、と、京太郎は小さくため息をつきながら、大学時代、こうしたメルヘンチックな雰囲気が大好きな後輩と仲が良かったことを思いだした。
家の傍らには『不思議の国のアリス』に登場しそうな巨大キノコを改良したらしいテーブルがあり、その上にはすでに花柄のティーセットが並べられている。
ティーポットの注ぎ口から、わずかに湯気が立っていた。
どうやら淹れ立てらしい。
『いま、――おばあちゃんを呼んでくるから、適当に一杯やっといてね』
言うだけ言って、ステラはたたたっと魔女の家へと消えていった。
『ぼ、ぼ、ぼく、お茶、淹れますね』
「ああ、ありがとう……」
『あとで、”ジテンシャ”にも水を飲ませてきます』
「助かる」
シムは働き者だった。彼を手伝うべきかとも思ったが、いまは少しでも『ルールブック』の内容を把握する時間がほしい。
とはいえ、そこに書かれている内容は辞書、あるいはそれ以上に膨大で、ちょっと眺めた程度で何もかも頭に入るようなものではなかった。
『ルールブック』を開き、とりあえず、……先ほど見かけた”トロール”たちや、この世界の”妖精”に関する記述を調べようとする。
その次の瞬間だった。
空から降り注いだ強烈な雷撃の嵐により、素敵でメルヘンなキノコのテーブルが吹き飛ばされたのは。
坂本京太郎は、およそ十数メートルほど吹き飛ばされて、ふかふかの芝生の絨毯に転がる羽目になる。
「うぎゃあ」
京太郎は叫んだ。これほど心の底から「うぎゃあ」と叫んだことなどこれまで一度だってあっただろうか、と思いながら。
もちろん、痛みはない。
だが眼鏡がどこかに吹き飛んでしまった。ネクタイピンも。
なにかとんでもないことに自分の身がさらされていることだけがわかっている。
しゅうしゅうと煙が上がる向こう側に、パーティ用のドレスみたいな紫色の服を着た女性が見えた。
京太郎は目を細め、少しでもその正体を確かめようとする。
――あれが……”魔女”?
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