第26話 ゆめまぼろし

『よう、管理者。のこのこ現れてくれやがってまあ、……どうしてくれようかねえ?』


 声は、若い。

 だが、口調だけはどこか老婆を思わせて、なんだか不安定な気持ちにさせた。


 地に膝をつき、黒焦げた芝生を見て、京太郎は顔を上げる。


「あ、どうも、お世話になってます。私、”金の盾異界管理サービス”から来ました、――」

『五月蠅い』


 五月蠅い。ごがつのはえっぽいっていったよこの人。

 京太郎は混乱しながら、さてどうしたものかと思案している。

 前職の時代からクレーム対応には自信がなかった。どうやら自分の顔は生来、反省しているように見えない作りらしい。


 ”魔女”は一見、ステラを一回り大人の女性として成熟させたような姿をしていて、肌は白、金髪、やはり耳は尖っている。――シムの話では結構なお年寄りという話だが、とてもそうは思えなかった。


『ねえねえ、あなたのせいだよねえ? 昨日から、私の頭にばんばん警告音みたいなのが鳴り響くのはさあ?』

「その件に関しては……その。たいへんもうしわけなく……でもその、すでに対応はさせていただきましたので」

『あーたりまでしょうがッ! ……ってか、あんたんとこ、新人にどういう教育してんのよ?』

「ええと……」


 京太郎が目を泳がせる。まさか、十数分の雑な講習を受けただけでこの世界に放り出されたとは言えない。

 ”魔女”は京太郎の返答を待たずに、


『力ある者にゃあ、力ある者なりの責任と義務ってもんがあるでしょうがっ! そこんとこわかってんのかい?』

「はあ……」

『ここじゃああんたは、無能でいることは罪なんだよっ』


 そこで言葉を切り、


『……あんたじゃ話にならないわ! 上司呼びなさい上司を!』

「ひえっ」


 それこそ、坂本京太郎のトラウマをほじくり返す一言であった。

 京太郎はかつて、泣く泣く苦手な上司にクレーム対応を頼んだ結果、その借りを笠に着て酷い仕事を幾度となく命ぜられたことがあったのだ。


「それは……そのう……」


 言葉に詰まっていると、”魔女”はすたすたと京太郎の前にやってきて、その両手で頬をむぎゅっと掴み、


『あははははははははははははははははははははははははははははは!』


 と、百万人殺した殺人鬼のように笑った。


『なーんちゃって! じつはそんなに怒ってないよ! ジョークジョーク!』

「え」

『”魔女”ジョーク!』


 ちっとも笑えなかった。

 と、いうか今のは、冗談に見せかけた本音だったのではないか、とも思う。

 その証拠に、嗤う”魔女”の瞳孔は完全に開いていて、これっぽっちも楽しそうじゃない。


「そ、そう……ですか」


 そして、”魔女”がぱちんと指を鳴らす。

 すると、雷撃の嵐で吹き飛んだはずのテーブル、ティーセット、そして眼鏡などが瞬時に復元し、そういえばいつの間にかどこかに行っていたシムが、不思議そうにこちらを見上げていた。


『京太郎さま……どうかされたので?』


 目の前には、湯気が立った紅茶がある。

 はっとして、自分自身がキノコの椅子に座ったままなことに気付いて、


「今のは……?」

『言ったろ? ”魔女”ジョークだってさ!』


 つまり……幻術とか、そういう……。

 内心、京太郎は焦りを禁じ得ない。

 何せ彼には、


【管理情報:その3

 管理者の精神に干渉するような術は一切受け付けない。】


 そういうルールを書き込んだ記憶があったためだ。


「いま……何が起こった? ……何をしたんです?」

『もう、あんただって知ってるはずだろ? ――一部の固有魔法は……』


 『ルールブック』よりも優先される。


「そういうことか」

『そう。あんたらは決して、無敵って訳じゃない』


 頭が痛くなる。今後は、固有魔法にはよくよく注意しなければ。


『見たとこ、あんたは新人の”管理者”みたいだったからね。”魔族”を嘗めるのは危険だっていう、ちょっとした情報提供ってわけ』

「た、助かります」

『アハハッ! なにマジになってんの? 今のも冗談よ! いたずらしたかっただけ! ふふふ!』

「そ、そうですか……」


 掴めない。京太郎は思った。

 今のが冗談の一言で済まされる訳がない。

 現に、京太郎はすでに”魔女”に対して逆らえない何かを感じてしまっている。

 道化と見せかけて、完全にマウントを取られた。それも恐らく、全て計算済みで。


 若く見えるなどととんでもない。とてつもなく老獪なコミュニケーション術を操る人だ。

 京太郎は本能的に、自分より賢いものを相手にする時用に心をシャットアウトして、


「――鑑定」


 さりげなく、口の中で呟く。


――”魔女”サリー

○固有魔法

 《幻術の才》……幻術系の魔法に関する先天的な才能を持ち、独自に術を生み出すことができる。

 《不老》……老いることがない。

 《夢幻のダイスロール》……《幻術の才》により産み出された術。効果は本人にしかわからない。

 《夢幻の世界》……《幻術の才》により産み出された術。効果は本人にしかわからない。

 《夢幻の口づけ》……《幻術の才》により産み出された術。効果は本人にしかわからない。

○通常魔法

 《転移Ⅲ》……周囲一キロメートル圏内の物体を強制的に転移させる。

 《千里眼Ⅴ》……周囲百キロメートル圏内まで視野を広げることができる。

 《地獄耳Ⅲ》……周囲五キロメートル圏内で発された音声を自由に聴くことができる。

 《念動力Ⅱ》……100キロまでの物体を念じただけで動かすことができる。

 《幸運Ⅴ》……もはやギャンブルは時間効率の良い稼ぎ場に過ぎない。

 《幻術Ⅹ》……超広範囲にわたって強力無比の幻術をかける。世界そのものの見方を変えさせることも可能。

 《無限器官》……《飢餓耐性》の強化版。食事を摂らなくとも自動的に魔力が回復し、また最小限の消耗で術を行使できる。

 《雷系Ⅰ》……手のひらに雷の力を宿す。

 《雷系Ⅱ》……雷球を周囲に発生させ、目標向けて飛ばす。

 《雷系Ⅳ》……天から雷を召喚する。

 《雷系Ⅴ》……天から雷の嵐を召喚する。


「……ふむ」

『どうしたい?』

「いえ」


 目をそらす。

 こちらの意図がわかっているのか、いないのか。”魔女”は獲物を目の前にした蛇のような目でこちらを凝視している。

 とてもじゃないが、振る舞われたお茶を口につけるような気分にはなれなかった。


『じゃ、ここでにらみ合っててもしょうがないし、――さっさと本題について語り合おうじゃないか』

「ですね」


 京太郎は勤めて事務的な口調で、かといって敬意を払うことを忘れずに、


「今日は、――”魔女”……サリーさんと”魔族”の今後について話し合いをしたく……」

『いいねえ』


 言葉とは裏腹に、女はこれっぽっちも『いいねえ』と思っているようには見えない。

 京太郎は内心、ここで起こっている何もかもが、――夢幻ゆめまぼろしの一種なのではないかと疑っていた。

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