第24話 魔女見習いのステラ

 水路を進むと、また広々とした空間に出る。

 火竜の巣で見たような果てのない感じはしないが、……そこもまた、驚嘆すべき広大さであることに違いなかった。


 京太郎たちが目の当たりにしているのは、天井を突き抜けて真上に伸びていく、巨大な木の幹。そしてそこから複雑に伸びた枝葉、そして根である。

 その全長は計り知れないが、直径はどれほどだろうか。

 目測では、東京ドームより遙かに巨大であることしかわからない。


――直径、数百メートル……あるいは一キロとか。それ以上かな。


 もうそのスケールとなると、京太郎の認知能力を遙かに超えている。

 水路は、巨大樹へ向かってまっすぐに伸びていた。

 そこに、鹿や、猪に似た様々な動物が首を伸ばし、水を嘗めているのが見える。不思議とこちらを警戒している様子はなかった。逃げ足に自信があるのかもしれない。


 また、複雑に絡み合う縄のような枝葉の間から、京太郎が見たこともないような多様な生命の営みが見え隠れしていた。

 中でも圧巻なのは、苔むした石造りのお相撲さん、といった風貌の生物。背丈は6、7メートルほどだろうか。――シムによると”ゴーレム”と呼ばれる種族である。

 どことなく愛嬌の感じられる”ゴーレム”たちは、この辺の生き物みんなに好かれているらしく、その足下には様々な草食系動物が安心して眠りについていた。

 彼らを優しく暖めるように、木漏れ日にも似た緑色の斜光が照らしている。


「ここは……?」


 視界いっぱいに広がる情報量に、思わず息を呑む。祭りの出店を歩くようなもので、ここで起こっていること全てを把握するには、眼球二つだけでは明らかに足りなかった。

 第三階層、第二階層と辛気くさい雰囲気が続いていただけに、その光景には心わしづかみにされるものがある。


『世界樹とか、ユグドラシルとか、……”人族”はそんなふうに呼んでます、……ええと、京太郎さまは、この世界の形については、ご存じです?』

「ああ。巨大なテーブル状だと」

『ハ、ハイ。そのテーブルを支えているのが、この世界樹なんです。こ、こ、この樹は、たとえ”勇者”であっても傷つけられないとされています』

「へえ」

『せ、世界が終末を迎える時は、この大樹の根本が腐って折れてしまうときだとされていて―――……うん。まあ、そーいう細かいことは、いずれまた。ここまで来れば、”魔女”さまの家はもうすぐですので』


 ”ジテンシャ”に命じて、やはりその部分だけは綺麗に舗装されている道路を走らせると、あっという間に世界樹の麓に到着し、もはや京太郎にはその全貌が計り知れなくなってしまった。


「ここには”人族”が入り込んでいないのかな?」

『……ええ。調査隊は何度かきているようですけど。……ここはゴーレムがいますし、そもそもこちら側には”人族”が喜ぶような宝物はないと思い込んでいるようなので』

「そうか……」


 シムの案内に従って、洞窟状になっている根の中に入り込んでいく。

 そして、右へ行き左へ行き、ちょっとだけ坂道を上ったかと思うとまた左、そして左、右、左右左右ABAB、……と、京太郎自身来た道がよくわからなくなってきたあたりの、


「つきました」


 とある行き止まりで”ジテンシャ”が止まった。


『ここが……?』

「はい」


 そこで京太郎は、足下に箒が落ちていることに気付く。


――”魔女”の箒ってやつか……?


 首を傾げていると、シムはひょいと身軽に”ジテンシャ”から飛び降りる。


『すいませぇん! ”亜人族”のシムです! ほ、本日はその、世界の運命を握る重要な話し合いをしにきましたぁ! よろしければ、”魔女”さまのお目通りをお許しいただきたく!』


 そうシムが叫ぶと、ぞぞぞ、と、蛇が這うような音がし、ほどなくして木々の根で隠された扉が出現する。

 扉は、ほぼ自動的に開いた。

 その先は例の発光体の光で目映く、一瞬視界が塞がれる。

 逆光の中にシルエットが一つ、見えた。

 左右対称に腰に手を当て、いわゆる仁王立ちでこちらを見下ろしている。リボンで縛られた、腰よりも長いロングヘアが風でなびいているのが見えた。

 彼女の髪には見覚えがある。

 先ほど、第二階層の水路近くでこちらをのぞき見ていた娘だ。人違いの可能性もあるが、あの長い髪は間違いない。


「君は……」


 だんだん目が慣れてくる。

 同時に目をむいたのは、彼女のその、――ものすごい格好のためだ。

 一言でそれを説明するなら、……日曜朝に放映されている女児向けアニメのキャラが着ているフリフリのドレスを、極限まで運動に向くように改良したもの、……と、いうか。


 そもそも、フリル付きドレスというものはあまり身動きするために着るものではない。だというのに、その服は明らかに、跳んだり跳ねたり、なんなら戦うことすら計算に入れてデザインされているような……そんな、得体の知れないアンバランスさが感じられた。


 肌は浅黒い。もともとそういう色なのかと思いきや、袖の下からチラリと覗く肌は白かった。どうやら日焼けしているだけらしい。髪は銀髪。瞳は黒。身体のラインはアスリート体型にぎゅっと引き締まっており、女性とのお付き合いに恵まれなかった彫刻家がドス黒い情熱を燃やして彫り上げた理想の肉体を思わせた。

 とはいえ、一カ所だけ奇妙な点が見られる。

 耳だ。

 耳が、――京太郎の知る人間のものより明らかに長く、三角形に尖っている。

 京太郎のファンタジー知識に照らし合わせるならば、


――エルフ……それも、健康的なエルフ。なんかイメージ狂うけど。


 京太郎は内心、先にウェパルと会って、現実離れした美人に対する耐性ができていて良かったと思う。

 そう思わせられる程度には彼女もまた、異性を惹きつけずにはいられない魅力を放っていた。……いや、考えてみれば、昨日会った”人族”たちも皆、そこそこ美形揃いだったし、この世界の人間は美男美女なのが当たり前なのかも知れない。


『あなたたち……、何者?』


 その奇妙な少女は、思ったよりも落ち着いた声色で訊ねた。


「やあ、どうも、私は坂本京太郎という。君は?」

『あたしはステラ。そっちの”亜人”は見たことがあるわ。シムね?』


 シムは『はい!』と、元気よく挨拶した。

 京太郎は小声で、


「ええと。……なあ、シム、彼女がその”魔女”なのか?」

『へ? あっ、違います違います。ステラさんは”魔女”見習いみたいなものです』


 そうか、と、納得して、


「なあ、ステラさん。管理会社の者が会いに来た、と、”魔女”さまに取り次いでもらえるかな」

『おばあちゃんに?』

「そう」


 ステラは童顔を曇らせ、


『別に良いんだけれど……んーむ』

「何か問題が?」


 そこで、シムが言葉を挟む。


『あ、こ、この方が”人族”ということなら、お気になさらず。この人の身元は、ぼくが保証します』

『それは良いのよ、シム。……ただ、……いまおばあちゃん、少しだけあやふや・・・・な状態でさ』

『あ、あや、ふや?』


 シムが不思議そうな顔をする。


「どういうことかな」

『なんていうか、ちょっとだけボケが始まっちゃってるかも』

「そりゃいかんな」

『……朝からずっと、頭の中で声がするっていうのね。で、何度もブツブツ呟くのよ。「”お菓子の家”に行かなくちゃ」って』

「……は?」


 一瞬、京太郎はシムに目配せして、さっと『ルールブック』を開く。

 確認したのは、昨日書き込んだ”お菓子の家”の一節。


【“お菓子の家”はみんなのものだ。お菓子を独り占めしようとする悪い子は、悪い魔女がやってきてオシオキされてしまうぞ。】


 悪い魔女がやってきて。

 ”魔女”がやってきて。


 京太郎はゾッとして、光の如き早さでその一節に取り消し線を引いた。

 その仕草だけで、シムは京太郎が何かやらかしたらしいと気付いたらしく、


『きょ、京太郎様……もしかして……』

「……ふ、ははは……やばい」


 乾いた笑いが漏れる。


――これ、……ひょっとして、まず土下座するところから初めなくちゃならんのか。


『ん? どうかした?』


 迎えの少女だけが、不思議そうに目を丸くするのだった。

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