第23話 魂運びの指輪

 死した竜の肉体を背に、京太郎とシムは”転送球”と呼ばれるマジック・アイテムを発見する。

 どうやら火竜の巣は、火竜によって招かれるか、彼を倒して”転送球”に触れることでしか行き来できない、未知の空間にあるらしい。


――まあ、そりゃそうか。あんなのが洞窟の中で暴れたら、一気に何もかも崩壊しちゃいそうだもんな。


 ”転送球”は、岩陰に隠された白い、真珠のような球体で、これを持って念じることで、あらかじめ指定されている座標にテレポートできる、というもの。


 さっそく”転送球”に触れ、むむむと念じてみる。

 すると、一瞬だけ気が遠くなり……次の瞬間、京太郎は”迷宮”内へと移動していた。


――さすがにもう、この程度のことでは驚かなくなってきたな。


 と、自分の成長(?)に感心しつつ。

 転送先には”ジテンシャ”が寂しそうな表情で待ち受けていた。


『MUOOOO……』


 少し撫でてやると、安堵の吐息を吐く。

 ここはどうやら、”奈落の水源”と呼ばれる地区らしい。湿気を多く含んだ空気が鼻についた。

 視線を向けると、確かに奈落の暗闇にも見える、底知れぬ深さの湖が眼前に広がっている。


「それにしても……」


 京太郎は、ぎゅっと握りしめていた”魂運びの指輪”を天にかざして、嘆息する。


――”魂の保存”。……上手くいって良かった。


 一応勝算はあった。

 以前、『ルールブック』で”勇者”の項目を確認したとき、


――死亡時は肉体が瞬時に消滅し魂魄体となり、以前に”セーブ”した教会まで物理的障壁を突き抜けて飛んでいく。


 という一文を目にしている。

 これはつまり、この世界の住人には”魂魄”、――つまり”魂”が宿っているということに他ならない。

 京太郎が知る限り、”霊魂”あるいは”魂”などと言うものはオカルト信者が口にする非科学的な現象の一種だと思っていたが、この世界ではそうでもないらしい。

 で、あるならば、……きっとそれを保存する方法もあるはず。

 そう思ったのである。


 京太郎はしばらく、”魂運びの指輪”を眺めていたが、


「シム、これ、あげるよ」


 と、気軽にそれを渡した。


『え、えっ? ……ええっ?』

「知っての通りの効果だ。死者の魂を吸収し、その人といつでも交信できるようになる」

『そ、……そんな貴重なものを……?』


 まあ、『ルールブック』を開けばいくらでも手に入るので、実際には貴重でもなんでもないのだが。……少なくとも今のところは、世界でたった一つきりのアイテムではある。


「私は彼とそんなに親しかったわけじゃない。君の方が彼の情報を有効活用できるんじゃないだろうか。それに、ここまでの案内も頑張ってくれてるし」


 実際、火竜に招かれなければ巣に行けなかったことを考えると、シムがいてくれた恩恵は大きい。


『あ、……ありがとうございます! 光栄ですっ』


 シムは感激して、ごくごく自然に左手の薬指にそれを嵌めた。

 一瞬だけぎょっとしたが、考えてみたら結婚指輪の風習はこちら側の世界のものに過ぎない。

 でも、ちょっとだけ不安になって、


「なあシム……一つ聞きたいんだが、男同士の恋愛についてどう思う?」


 と、一応聞いてみる。

 少年の返答は、


『え? ……人それぞれだと思いますけど?』


 なんだか煮え切らないものだった。どうやら、この世界においてもLGBTへの配慮のような考え方は存在するらしい。


『あのぉ……ま、まさかとは思いますが、京太郎さま、そちらのケが?』

「私は女体の崇拝者だとも。それも熱狂的な。若い頃からそうなんだ」

『で、……ですよねー……』


 ホッと胸をなで下ろすシムを見て、京太郎も安心した。

 それ以上この話題を掘り下げるのは辞めにして、”ジテンシャ”に腰掛ける。


「さあ、そろそろ出発……」


 振り向くと、婚約した乙女のように左手を掲げて、指輪をうっとりと眺めているシムがいた。


――本当に……大丈夫、だよな?



 ここから先は、いつ”人族”と出くわすかわからない。

 シムの案内で”ジテンシャ”を走らせ、慎重に”迷宮”を進んでいく。


「しかし、――道は本当にこっちでいいのかい」

『ええ、間違いないです』


 彼が指さしているのは、”迷宮”を昇っていく方角、……要するに入り口までの道のりだ。


「”魔女”っていうのはずいぶんと大胆なヤツなんだな。……ラスボスはダンジョンの一番奥にいるのが普通なのに」

『……ひ、”人族”もなんでか、みんなそう思っているようですね。ただ、”チレヂレの呪い”をかけるには、できるだけ”人族”に近づく必要があるらしいんです』

「ふうん。そういうものなのか」

『はい、そういうものなんです』


 ”迷宮”第二階層には、多くの”人族”の痕跡が見られた。


 食い散らかされた動物の骨、地図の切れ端、薪の跡、あちこちに見られる『順路』という文字が添えられた矢印……。


 シム曰く、『この辺はもう、ほとんど”探索者”の縄張りと言って良いかも知れませんね』とのこと。

 また、道中、


『―んむっ?』


 シムの体毛がぶわっと逆立つ場面があった。


『あ、あの……ちょっとこの先は、遠回りしてもらいたく……』

「どうした?」

『し、……祝福が施されている、……みたいです』

「なんだって? 祝福?」

『は、は、ハイ。……ぼくたちが嫌がる匂いのする薬草をいっぱいすりつぶしたものを振りまいてる場所で……近寄るとクラクラするんです』

「そうか……」


 京太郎は一瞬、『ルールブック』を開き、この“祝福”とやらを無効化しようとする……が、別にその必要もないように思われた。

 迂回路といってもそれほど遠回りではないし、それに、この“祝福”の効果を当てにした”人族”の死者が現れることを恐れたためだ。


 フェルニゲシュの一件を受けて、念のため『ルールブック』で確認したところ、


【管理情報:その?

 管理者は、死者を蘇生させられる。】


 どうやら、このルールも書き込むことができないことがわかっている。

 ”魂の保存”と”死者蘇生”の間には深い溝が横たわっているらしい。

 これはつまり、自分のうっかりミスで死人が出た場合、取り返しがつかない、ということだ。


――今後、『ルールブック』の扱いは一層注意しなければ。


 というわけで、京太郎は『無敵のパンチ力』だとか『最強の魔法を覚える』などのルール追加に消極的になっていた。何かの誤りで無関係な人や仲間、――例えばシムを殴り殺すような真似をしてしまった場合、恐らく一生自分を許せないだろうと思ったためだ。


『京太郎さま、こちらです』


 シムの言うとおり”ジテンシャ”を向かわせ、一行は”奈落の水源”に接続された水路沿いに、ゆっくりと進んでいく。


 都市部に続いて、ここも舗装された道路が続いているのには助かっていた。

 車輪が役に立つのはこういう場所に限る。

 どうやら、例の水源から流れる水は”迷宮”全体を循環しているらしい。そういう意味でこの空間は”迷宮”の心臓部だとわかる。


『ほ、本当はこの場所……破壊されちゃうと、ぼくたち、すっごく困るんですよ』

「そうなの?」

『ハ、ハイ。……ここの水路は最下層まで続いてて、そこの”魔族”の飲み水にもなってるから……』

「へえ。じゃあ、爆弾か何かを使えば……」

『ひ、”人族”も、それにうすうす気付いてる人、いるらしいんですけど、で、で、でも……それを、しない。なんでだと、思います?』

「さあ?」

『……ひ、一つは、ぼくたち”魔族”が決死の覚悟で総力戦をい、挑んできたら、”迷宮”付近にある都市がめちゃくちゃになって、たくさんの被害が出るから』

「他にも理由があるのかい?」

『”人族”にも一応、“魔族”に同情的な人がいる、らしくて。そ、その人が、破壊兵器の持ち込みを禁じているとか、どうとか。もちろん、”魔女”さまが見張ってくれている、というのもありますけど』

「ふむ……」


 つまりそれは、……”魔族”たちは”人族”の恩情にすがって、かろうじて生かされている、とも言える。


――本当に、首の皮一枚ってとこで滅びてないだけなんだな、この世界は。


 京太郎が、この巨大で不思議な建物を観光気分で眺めていると、


「――?」


 ふいに、視界の隅を人影が横切った気がした。

 小柄で、華奢な女の子の人影である。


「なあシム? いまの、みたかい」

『え?』


 シムが首を傾げる。


『ご、ごめんなさい、いま、指輪でフェルおじさんと話してて……』

「いや、いいんだ。……ええと、もう一度確認するけど、この場所は”人族”の縄張りなんだよね」

『ええ』

「もし、”人族”に、今の我々の姿を見られると、どうなるだろう」

『それは、……どうでしょう。”魔族”の一味と思われても……。あ、でもご心配なく。ぼくは魔法で姿を変えられますし。それに”人族”の匂いもありません。この辺にいるのはみんな”魔族”か、そうでなくとも魔物の一種ですよ』

「そうか」

『ちなみに、この辺にはゴーレム種と呼ばれる、”魔女”さまの手先がたくさん隠れてるはずなんですけど、……まあ、ぼくたちが襲われていないということは、きっとこちらを受け入れてくれるつもりなんだと思います』

「そりゃ有り難いな」


 京太郎は納得して、”ジテンシャ”を先に進ませる。


――しかし、一瞬見えたあの娘、……。


 ずいぶんと綺麗な銀髪だったな。


 ”魔女”の住処を見つけたのは、それから数十分後になる。

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