第22話 火竜の最期

「なるほど。話はよくわかりました。……ところでそろそろ傷の件、詳しくお伺いしたいんですが」


 京太郎は内心、回復の術を試すだけでも試させてもらいたいと思っている。意外と上手くいくかも知れないし。


『――お前の、……好意は、ありがたい。……が。――これは、治らぬ傷、だろう、な』

「なんでそう思うんです?」

『この傷は、――特別な……”マジック・アイテム”でつけられたものだ。感覚的に……わかる。これは、――君の持つ、不思議な本でも、……癒やせぬ……』

「そんな」


 京太郎は顔をしかめる。


――”勇者”の力は”管理者”の力を上回ることがある。


 そう言われても、感覚的に納得できるものではない。


「でもこの本は……なんというか、この世界の創世にも使われたものなんです。それが通用しないとか……」

『知っている。……己れは……四代前の、――”管理者”とも、――顔見知り、だから』

「じゃあ……」


 火竜は続きを言わせず、


『”神殺し”のルールは、……その、四代前の、――”管理者”が、……自分で設定した、――ものだ』


 そして、苦しげに言葉を切って、数秒後、


『「その方が面白ぇから」とか、なんとか言って……』


 ずきずきと頭が痛くなる。

 どうやら四代前の前任者はとんでもないヤツだったらしい。


 そしてもう一つ、これでほぼ確定した事実がある。


 その、”勇者”に関する設定は恐らく、そう簡単に変更できるものではない、ということ。

 もし”管理者を殺す”ような危険なルールが採用されているのなら、きっと先代か先々代の管理者がそれに手を加えていただろう。

 それができていないということは、……京太郎は深く嘆息する。


――とにかく、思い悩むのは後にするか。


 今は、この貴重な情報源を死なせない方法を考えなければ。


「……ところでフェルおじさん、もう一度確認していいかな」

『フェルおじ……む。何、だ――?』

「あなたの傷は癒やせないといったよな。それは、”勇者”のマジック・アイテムの効果ってことで?」

『ああ、……”鉄腕の勇者”、……リカ・アームズマンの攻撃を、――まともに受けてしまった。あれは……あらゆるものに不可逆の崩壊をもたらす……殴ったものを”破壊”するマジック・アイテム、――だ』

「なるほど。それであなたの《自己再生Ⅴ》が機能しなくなっている、と」

『理解が早い。――それでも、なんとか生きながらえていたが、――そろそろ、魔力切れ、が……』

「待ってくれ、もうちょっと頑張ってくれ」


 京太郎が手を差し出すと、阿吽の呼吸でシムが鞄を手渡した。中から『ルールブック』を取り出し、会話中ずっと、頭の隅で考えていた文章を一気に書き込んでいく。


【名称:魂運びの指輪

 番号:SK-7

 説明:死者の魂を保存しておける指輪。

 指輪の装着者は好きなときに魂と交信することが可能。】


 この内容なら恐らく、上位にあるどのルールとも矛盾しないはず。

 何度か内容を確認して、


「よし……」


 呟くと、薄暗がりの中でキラリと輝く金色の指輪が顕現した。

 装飾は最小限。薄い青色の宝石が一つ、目立たない程度に嵌まっているだけのもの。だがそれがむしろ品があって、京太郎は好みのデザインだと思う。

 それを空中でキャッチし、


「この世界の住人の死生観がわからないので、いちおう聞いておく。……どうする? このままあの世に旅立つこともできるが、……なんなら、君の魂と共に歩んでも良い」

『…………? なに?』

「いま、君の魂を保存するための指輪を産み出した。これを使えば、この指輪の中に君の意識を封じ込め、共に外の世界を歩むことができるようになる」

『……………………』


 その時だった。


 ごおん! という、もの凄い音があたりに響き渡り、京太郎の座っている火竜の羽根が揺れる。

 そして、その怪獣の、天に轟くような雄叫びが上がった。


『おお、――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!』


 京太郎はびっくりして、


「え、ええッ!? ……私なんか気に障ることいいましたかぁ!?」

『管理者よ! ――慈悲深い男だ、お前は、――』

「そんな、世界中に向けて言うようにしなくっても……」


 どうやら今のは、感謝の気持ちの顕れだったらしい。


『ヒュー! さすが京太郎さま! 略してさすきょーです!』


 とはいえ、シムにまで褒められて、悪い気はしない。


「ってか、前任の管理者と会ったことあるなら、そのザマになった時点で助けを請えば良かったのに……なんで首ちょんぱの状態でおしゃべりしようと思ったんだ」

『あり得ぬ、――あり得ぬ。――私の知る限り、……そのように無償で何かをする管理者など、――これまで一人たりとも、――いなかったのだ』

「本当か……?」


 なんだかそうなってくると、自分が一般的な管理者に比べてひどく逸脱しているのではないかと、不安になってくる。


――そういえば前の会社で、出張費が最大一万円まで出るっていうからちょっと良いホテルとったら、後でしこたま経理に怒られたことあったな。


 今回も、そういうことがなければいいのだが。

 とはいえ、出したものを今更引っ込めることもできなかった。

 もしこれで何かのペナルティを背負うことになったとしても覚悟の上……いや、もしそうなったらそうなったで、できるだけしらばっくれた後、みっともなく足掻いたりするだろうけど。


『慈悲深い――管理者よ。……――貴公に――百万の感謝を』

「いや、いいって」

『ところで、……ええと、それで――すまん、そろそろ、――死にそう――なの――だが……己れは、どうすれば、――?』

「え? ……ええと、あ、使い方設定してなかったわ」

『ん?』

「でも、死んだときに自動的に魂を吸い込むとか、そういうのだと思う、多分」

『多分……と言われても、……――なんだか頼りない、――』

「大丈夫、大丈夫、あとはこっちでなんとかするからさ、そっちは安心してさくっと死ぬんでいただければ……」

『しかし……己れもさすがに、死ぬのは初めてだから……その……安心して、――さくっと……と、言われても……』


 京太郎は少し悩んで、


「ぶっちゃけそっちは、後どれくらいで死にそうなのだろうか?」

『そう、――だな。――残った魔力の感じだと、……あと、二十分くらい、か……』

「結構長いっすね」

『ならば、……いま、すぐにでも、――この命、貴公に捧げるとしよう――』

「え? ちょっとまってくれ。それ、なんだか怖い。それだと私発信であなたを死なせたみたいな感じがする」

『しかし……そう言われても……、――』

「せっかくだし、最期の瞬間まで待ってますよ。……しりとりでもする?」

『なんだ、――その、シリトリ、――というの、――は?』

「すまない、いまのは失言だった。なかったことにしてくれ」

『ふぅ、――む、……』


 ドラゴンの死に立ち会うという荘厳の瞬間だというのに、実にぐだぐだした感じになってしまった。


「……ええと、では、一応、肉体を離れてこの指輪に宿るということで、いまの気持ちを詩として後世に残すというのはどうかな?」

『――ぬ。後世? やはり己れは、……消えるのか、――?』

「あ、いや、そんなことはないっす。でも、住み慣れた我が家を別れる時、ちょっと一句詠みたくなるときってあるだろ。そういう感じで」

『そう言われても……引っ越し先の、――境遇も、―――よくわからないし……だいたい、――詩など、これまで詠んだことも、――』


 と、いささか間の抜けた会話劇が続くこと、十数分。


 世界創世の時代から生きながらえてきた偉大な火竜の、辞世の詩が生まれ出でた。

 その内容は、


『旅人よ、ゆめゆめ忘れるなかれ

 我、愚行と貪欲、罪業を見つめ続けるもの也

 あらゆる偽善を見抜くもの也

 貴君のこころに過ち生まれるたび、我は貴君の背を一飲みにせん


 我が生涯、大地の上にあり

 世界の始まりを見たもの 世界の終わりにまなざしを向く


 我ら長寿の者にとり 死は唯一の慰め也

 しかしその展望未だ消えず 異邦の者と共に逝くことを許し給え


 我が生涯に一片の悔いなし』


 というもの。

 最期の一言は、


『即興とはいえ……ちょっと、――イマイチだな、なんだか、――パクりっぽいし、それに――そもそも、――己れは実際に世界の始まりを見た、――訳では、――ない。できればもう一度ネタ出しから、――』


 であった。


 ちなみに彼の魂は無事、”魂運びの指輪”に吸収された。

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