第21話 火竜のおじさん
とりあえず逆さづりのまま、ぷらぷらと手を振ってみる。
その脳裏には、お釈迦様の手のひらでハシャいでいる孫悟空の絵面が浮かんでいた。
「こんな格好で失礼。……私は坂本京太郎です」
『そんな格好なの、は――、己れの責だが、――お前は、――己れを恐れぬ、ね』
「ええ、まあ。一昨日まではこんなふうになるなんて自分でも思ってなかったンですが……今は前向きに捉えています」
『そうか、――』
そこで京太郎は、足下の方からゆっくり半回転し、……何か、得体の知れないごつごつしたものに座らされる。
床暖房のフローリングみたいに暖かいな、と思っていると、そうやらそこは、その巨大な生き物の身体の一部らしかった。あまりに大きすぎて、また、視界が昏いせいもあって、それがどの部位かはわからない。
ただ、手を当ててみると、巌の下に流れる血液の鼓動を感じることができた。
――全長は、たぶん……ゴジラとかガメラとか、そういうスケールだろう。
先ほどシムの希望で生み出した“龍”の比ではない。その怪物は、明らかにこの世界の生命の規格から外れた巨大さだった。
こいつが噂の火竜だというのであれば、こんなものに”人族”が立ち向かえるはずがない。……そう思える。
少なくともあの、ソフィアのパーティは”リザードマン”三匹に苦戦していた。
彼女たちが平均的な”人族”よりよっぽど劣るというのでもない限り、この怪物は存在するだけで”人族”の畏怖の対象となるだろう……。
「失礼ですがここ、灯りはないんですか?」
『無い』
「そうですか……ええと、あなたは、なぜ私をここへ?」
『理由は、――いくつかある。己れは……お前に、希望の光を、――見た。だから……話したくなった。……それが、――理由の、一つ、だ』
「希望の光、ですか」
それならもうちょっと挨拶の仕方というものがあるのではないか、と、内心思う。事前に招待状を送っておくとか。
京太郎は念のため、小声で「――鑑定」と呟く。情報は多いに越したことはない。
――”火竜”フェルニゲシュ
○固有魔法
《巨大化》……通常の同一種よりも身体が大きい。
《不老》……老いることがない。
《火耐性》……火に対する強力な耐性を持つ。
○通常魔法
《転移Ⅵ》……周囲五キロメートル圏内の物体を強制的に転移させる。
《千里眼Ⅲ》……周囲五キロメートル圏内まで視野を広げることができる。
《地獄耳Ⅲ》……周囲五キロメートル圏内で発された音声を自由に聴くことができる。
《美声Ⅱ》……聴く者に心地よい声を発する。音量は自動的に調整される。
《念動力Ⅱ》……100キロまでの物体を念じただけで動かすことができる。
《自己再生Ⅴ》……《自然治癒》系の強化版。心臓と頭部さえ残っていれば欠損した部位も完全に回復する。
《火系Ⅰ》……指先に火を産み出す。
《火系Ⅱ》……手のひらから火球を産み出す。
《火系Ⅲ》……装備している武具に火属性を付与する液体を塗布する。
《火系Ⅳ》……手のひらから火炎を放射する。
《火系Ⅴ》……任意の場所に魔方陣を描き、そこから強烈な焔の柱を産み出す。
《火系Ⅵ》……周囲を焼き尽くす火炎を口から吐く。
《火系Ⅶ》……追尾する焔の矢を生み出し、指定した対象に対して放つ。
《火系Ⅷ》……自分の周囲に火系の術を無効化するフィールドを作り出す。
《火系Ⅸ》……魔方陣を対象の身体に描くことで、回避不能の火炎の呪いを植え付ける。
《火系Ⅹ》……対象に業火の呪いを付与する。この呪いは次元を超えて作用する。《火系Ⅷ》を利用することでのみ術の解除が可能。
「へええ」
どうやら、火系の魔法といっても色々と種類があるようだが、基本的には数字が大きくなるほど強くなる、みたいな感じのようだ。
リムが覚えている火系魔法がⅤまでだったから……きっとこの怪物はかなり強い、ということだろう。多分。
『お前、――は、”魔族”、を――害するものではない、……そうだね?』
「ええ、まあ。こう見えて私、異世界人でして。ここには”魔族”を救うために来たんです」
『わかって、――いる。……シムと、――話していたのを、聴いていた、から』
「なるほど、話が早い」
フムフムと感心するそぶりを見せて、
「ここには、あなたの状況を確認に来たんです。最近、”人族”が”第三階層”に入り込んでいる、というクレームを受けましてね。話によると、”第二階層”はアナタが守護している、と聞いたもので。……そのへん、どうでしょう」
我ながら、なんだか本当にマンションの管理人みたいな言い分だった。
『己れ? 己れは……もう、――ダメ、だな』
「ダメって、何がダメなんです」
『先日、……戯れとばかりに訪れた――”勇者”と戦って、――負けたのだ』
「なんと」
驚く一方、良かった、ここ来た甲斐があったな、と、安堵する。
「じゃ、急いで治療しなくては」
『――無駄だ』
大地が震えるような声で、火竜は応えた。
「そんなことありませんよ。私が治癒します。傷を見せて下さい」
『無駄だと言ってる』
ぼお、と、一際大きい焔が暗闇を照らした。
「――――ん?」
京太郎は一瞬見えたものに違和感を覚える。
あれほど強大に思えた火竜が、思ったほどでもないような気がしてきたのだ。
それに、……目の前にいた火竜の顔。
気のせいでなければ、少し
『お前は、……”管理者”、――だね?』
「え? ……ああ、そうか。長生きなんですね。前任者を知っててもおかしくないのか。……そうです、私は”金の盾異界管理サービス”から派遣されてきたものです」
『なら、……よく注意しなさい。……君たちは決して、――無敵ではない』
「へ?」
『”勇者”の力は、――異世界人の力を上回る、ということだ。……お前たちの言葉を借りるなら、「現実改変の優先度が高い」、といったところか』
「そうなんですか?」
『ああ。――現に、己れが受けた傷は……』
その時だった。
話の腰を折るようなタイミングで、
『き、京太郎さまっ! いますか!?』
少年の声が、空洞の中を反響する。
『やっぱりここにいたんですね。……言い忘れてました、火竜、……フェルおじさんは時々、そうやって転移魔法を使って、ぼくたち”亜人”を驚かせることがあるって』
「シム? シムなのか?」
『ええっ! ”ジテンシャ”が急いでくれたんです。……ええと……どっちの方かな』
「こっちだ」
京太郎は鞄からスマホを取りだし、ライトを点け、頭の上で振る。
ほどなくして、駆け足のシムと合流した。
『よかった。おじさんに一飲みにされてなくって』
「そんなことはなかった。なかなか紳士的な人? だな、その、火竜おじさんは」
『でもここ……なんでこんな風に暗いんです? いつもは明るいのに』
応えたのは、火竜であった。
『もう、――ここに、――灯りを点ける必要がなくなったからだよ、――若い”ウェアウルフ”。――シムといったな』
『え?』
『”魔女”のやつ、――死にかけた、……竜に、――割く、――リソースも、惜しい、――らしくて、な。まったく、――友だちがいの、――ないやつだ』
『え? おじさん、なんだか声の調子が……ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいッ。今、明かりを、――《ホーリー・ライト》!』
洞窟内でよく見られる光源の小型版が産み出され、辺りを明るく照らす。
同時に、京太郎とシムは息を呑んだ。
そこにあったのは、――ほとんど首から上だけになった、”火竜”フェルニゲシュの無残な姿であったためだ。
「うわっ、思ったよりよっぽどひどい!」
京太郎はたまげた。首だけになっても口をきく生き物に出会ったのは、これが初めてのことだっためである。
『ははは、――驚いた、――かね』
蟻が人間の悩みを理解しないように、――京太郎はまず、その圧倒的なスケール感に思考停止していた。
火竜の全体像はこうだ。
まず、京太郎たちの目の前に、無残に引き裂かれた頭部が転がっている。
その下、胸から腹にかけては、大男に噛みつかれたように欠損しており、血で汚れた内臓が、暗闇の中でときおり脈動しているのが見えた。
また、胴体にかろうじて接続されている、ほとんどぼろ切れのような手足が痛々しく、肘から先の部分は千切れて火竜の巣のあちこちに散らばっている。
あまりのことに火竜から目をそらしても、破壊の痕跡はあちこちに広がっていた。
高さ数百メートルほどの果てしなく高く、灰色の天井。
その壁面に、月面のようなクレーターが多数、刻み込まれていた。まるで、ミサイルの絨毯爆撃を受けたかのように。
京太郎がいま腰掛けているものはどうやら、かろうじて神経が繋がっている部分、――鳥に例えるなら、手羽先のあたりらしい。
「これ全部、”勇者”が?」
『そういうこと、――だ』
それだけで京太郎の自宅アパートなど一口に飲込んでしまいそうな口から、ごぼ、ごぼ、と、焔が漏れ出る。それがどこか、血を吐いているように見えた。
『いいかな、”管理人”。――ゆめゆめ忘れるな。”勇者”に警戒しなさい。……連中には、……”神殺し”の能力が与えられている、……だから時として、君たちを容易に殺すだろう――』
ぞわ、と。
それは、――全身が泡立つ一言だった。
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