第20話 火竜の巣へ
【名称:ジテンシャ
番号:SK-1
説明:管理人である、坂本京太郎の足になる乗りもの。ペダルをこぐことで車輪が回り、前進する。
車体は白色でかなり軽く、こぐのにほとんど力がいらないのが特徴。
サドルは凸凹でも尻が痛くならないよう、柔らかめのクッションにしてほしい。
あと車輪はかなり頑丈に出来ていてちょっとやそっとでは壊れないってことで。
補遺:嗅覚は鋭敏で、どのような動物の痕跡も追えるようにする。
補遺2:ペダルは不要。自動で動くことにする。あと背もたれもつけて、移動中は本を読めるような感じにしてほしい。
補遺3:タイヤを強化。今より大きめのサイズに。多少の凸凹でも問題なく走行できるようにする。
補遺4:全体的に巨大化してもらって、座席を二つに増やしてもらいたい。具体的に言うと、馬車に近い形状がベスト。
補遺5:荷物置き用のちょっとしたスペースも追加。
補遺6:強力な自己再生能力を付与。】
もはやそれは、自転車でもなんでもない何かであった。
あれこれ後付けで設定を追加した結果、”ジテンシャ”は今、人智を超えた謎の生命体と化しつつある。
”朧車”という牛車の妖怪をアニメで見たことがあるが、どことなくそれに似てないこともない。――まあ、”ジテンシャ”はあれほど顔が大きくないが。
『MOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
ひどい魔改造を受けたにも関わらず、”ジテンシャ”は上機嫌だった。
「かくあるべし」と産み出された生き物だからか、京太郎の役に立てることだけが”ジテンシャ”の喜びであるらしい。
『え、ええと、京太郎さま、このお方? は?』
シムは、恐る恐る、といった具合に、先ほど草むらからのっそり現れた”ジテンシャ”の鼻先に手を置く。”ジテンシャ”は満足そうに眼を閉じた。
いま、彼の下半身はぐにょんと肥大化しており、腹部には以前ペダルだった場所が変化したと思しき踏み台まである始末。もはや誰もこれを、自然のまま産み出された生き物とは思わないだろう。
京太郎は”ジテンシャ”の右側に座って、左側に友人を招く。
シムがそこに飛び乗ると、早速”ジテンシャ”は元来た道を走り出した。
目指しているのは、――”火竜”が棲むという”迷宮”第二階層である。
シムによると、”魔女”の住処は第一階層にあるらしく、先にそちらを目指すのが効率的、とのこと。
”ジテンシャ”は身体が大きくなった分、スピードは今までより速く、ちょっとした障害物であれば弾き飛ばせるよう進化していた。
また、道中”ミート・イーター”の群れに出くわさなかったのは、隣にシムがいてくれたためだろう。
▼
”迷宮都市”を抜け、ソフィアと出会った場所をあっという間に通り過ぎ……今度は彼女が去って行った方向へと疾走する。
”迷宮”の構造を正確に把握しているのは”魔族”の中でも”魔女”だけらしいが、それでも”亜人”たちは調査の末、大まかな全体像を把握しているようだ。
車上にてシムから話を聞いたところ、”迷宮都市”は七、八メートルほどの分厚い壁で囲まれているらしい。
その内部に入り込む道は三つ。
正門、後門、そして”亜人”たちによって開拓された、洞窟へ向かう裏道。
シムは、こっそり村から持ち出してきたという”迷宮”の地図の写し(もしこれが”人族”の手に渡ったら仲間から処刑されるというほど貴重なもの)を眺めつつ、
『こ、こ、ここは本来、……色んな”魔族”が平和に暮らせるように作られた場所、なんだ、そうです……』
「ふむ」
『実際、しばらくの間は栄えていたそうなんですけど……仲間割れが起こって……、多くの“魔族”はここより下層に向かった、と、そう聞いています』
「もったいないな。ちゃんと手入れすれば、まだ住めそうなのに」
『い、今でも一部の“魔族”は住んでますよ?』
「え、そうなの?」
『はい。ゴブリンだとか、小鬼だとか呼ばれる連中で……』
「ああ、RPG序盤に戦うやつか」
『え?』
「なんでもない。……でもここ、しばらく歩いたけどそういう連中とは出くわさなかったなあ」
『彼らは臆病ですから、隠れていたのでしょう』
道は”ジテンシャ”が自動的に選んでくれているため、指示する必要はない。
それに、隣に”魔族”の一員がいてくれているということが、身分を証明する助けになっているはず。道中は平和に過ぎていった。
迷宮都市を通り抜けるのにかけた時間は、七、八十分、といったところだろうか。
京太郎たちは都市の正門へと到着し、一時足を止める。
「これは……」
そこで京太郎たちの前に立ち塞がったのは、どこまでもどこまでも長く続く階段だ。
幅は六メートルほどだろうか。天井までは十メートルほど。
まずまず、見晴らしの良いところと言える。
その天井部には例の輝く浮遊物(シムによると、”魔女”の魔法によるものらしい)がふわふわと浮いており、足下は蛍光灯で照らされているかのように明るい。
京太郎が息を呑んだのは、その階段の壁と天井に彫られた、実に見事な意匠の彫刻であった。
彫刻は、”人族”と”魔族”が争っているのを天使だか女神だかが天から見守っている、という構図がほとんどで、それが歴史絵巻風に延々と続いている。
まるで美術館にいるような、荘厳な気持ちを起こさせる空間だった。
というのに、足下に転がっているのは”人族”が食べ散らかした残骸の山。
冒険家にマナーを求めても仕方がないとは言え、京太郎の心にちょっとした怒りが生まれた。
「しっかし……」
眼を細めて、階段の先をのぞき見ようとしてみる。目標とするところはほとんど点になっていて、よく見えない。
「すごいな。……私の故郷でもきっと、こんな光景は見られないよ」
『”無限階段”と呼ばれる場所です。長さは二、三キロほどなので、すぐに出られますよ』
「……二、三キロ……こんなんまともに昇ったら、絶対明日は筋肉痛になるな」
もちろん、今の”ジテンシャ”であればこの程度の段差、楽々昇ってくれるだろう。
だが、そろそろ京太郎は、真っ当に生きているこの世界の人々に対して少し申し訳ないような気持ちが生まれてきている。
実際、これまで観光客気分で通り抜けてきた迷宮は本来、日頃の鍛錬を欠かさぬ冒険家たちが入念な計画と準備を進めてようやく辿り着ける、といった場所に違いない。
京太郎の身体は決して同年代の男に比べてだらしがないというわけではないが、――それは別に、彼が日頃から鍛えているからではない。単にここ数年、お金がなかったために食事を制限していたためである。
――本格的にジム通いとかするべきかな。
『こ、ここを抜ければすぐ、”奈落の水源”って場所につ、つ、着きます。そこから火竜の巣へと向かいます』
「オーケイ。……ちなみに、その巣ってとこは、水源から近いのかい」
『ええと、近い、というかなんというか……火竜の巣へ向かうには、少しばかり特殊な方法をとらなくちゃいけなくて……』
「特殊?」
『ご、ご、ご安心を。ぼくがおじさんと交渉すれば、危険なことはない、はずです』
「頼りにしてるよ」
『えへへ』
そこで二人は、いったん休憩をとることに。
”無限階段”手前、”奈落の水源”と繋がっているという水路付近で足を止め、”ジテンシャ”にたっぷり水をやり、水路を泳ぐハコフグにも似た白い鱗の魚を棒でちょっと突っついたりして遊ぶ。
一段落し、十分休ませた”ジテンシャ”に乗り込み、先に進むように促す……と。
奇妙な出来事が起こった。
がたがたがた! と辺りが揺れたかと思うと、突如として周囲の明かりが消え、ぐるんと天地がひっくり返ったのである。
「ん?」
はてな、と、京太郎は首を傾げるばかり。
逆さづりの罠に引っかかったようなもので、状況の把握にはそれから数秒が必要だった。
ただ一つだけ言えるのは、――いま、自分の周囲にはシムも”ジテンシャ”もいない、ということ。
どうやら何者かの術を受けて、空間転移というか、テレポート……的な何かが起こったらしい。
いま、京太郎はどこか得体の知れない暗闇の中にいて、ふわふわと宙に浮いているようだった。
「…………ええっと、……なんだ、これ?」
逆さづりにされているこの状況にいて、坂本京太郎はさほど動じてはいない。
というのも、
【管理情報:その4
管理者を攻撃しようとする全ての術は発動しない。】
京太郎にはこのルールがあるためだ。
この術が、京太郎を害するつもりで使われたものでないことはわかっていた。
とはいえ、
ぼぅ、と、焔の輝きが、暗闇を一瞬だけ照らす。
その瞬間、――
「――――う、うおッ」
心に、根源的な恐怖が蘇った。
一瞬だけ目が合ったのだ。
坂本京太郎の身の丈ほどの、火のような輝きを放つ、巨大な眼球と。
ちらちらと辺りを照らす焔は、どうやらその眼球の真下、――赤く、分厚い鱗で覆われた口元から不定期に吐き出されているらしい。
――こ、コイツが?
その正体は、京太郎にも察することができた。
なにせ、これから会いに行こうとしていた相手なのだ。
――火竜。
『お前、――名はなんという、かな?』
全体像すらはっきりしないその生き物の声は、意外なほど人を落ち着かせるバリトンボイスで、そういった。
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