第15話 『ルールブック』のルール

――まず、自分の手札を再検証するところから初めてみる、か。


 京太郎自身、まだ試していない『ルールブック』の利用法があることには気付いていた。

 例えば以下の内容を『ルールブック』に書き込んでみる。


【管理情報:その?

 管理者はこの世界の神として君臨し、万能の力で万物を支配する能力を持つ。】


 とか、


【管理情報:その?

 管理者は”勇者”の百億倍強い。管理者のパンチは不死を無効化する。】


 とか。

 結果はNG。書き込んだ内容は、溶けるように消えてしまった。

 エラーの原因はよくわかっていない。あるいは、何らかのルール違反が発生しているのかも知れない。

 その理由が何にせよ、――残念ながら『ルールブック』が万能の書ではないことは間違いなかった。


 以前も確認したことだが、『ルールブック』の索引は六つ。


 《基礎ルール》《時間・空間》《文化・思想》《生命》《技術》《管理情報》だ。


 何度かのトライ&エラーの末、京太郎に改変可能なのは《生命》《技術》《管理情報》の欄のみだとわかっている。

 そしてどうやら、改変可能な箇所への書き込みであっても、《基礎ルール》《時間・空間》《文化・思想》の内容と矛盾する場合、エラーが発生するらしい。


 例えば、


【管理情報:その?

 管理者が指を鳴らして『夜となれ』と唱えた場合、この世界の昼夜が逆転する。】


 こういうルールを書き込んだ場合も、文字は消えてしまう。

 これはどうやら、昨日チラリと見た”基礎ルール”における”光”と”闇”の内容と矛盾するためらしい。


――今後は、より上位のルールを意識して『ルールブック』を使うようにせねばいかんな。


『あ、あのぉ……どうかされましたか?』


 しばらく京太郎が”ルールブック”に夢中になっていたためか、シムが所在なさげな顔を向けている。

 新任の管理者は、努めて顔色を変えず、


「ああいや、なんでもないよ。……それよりひとつ、シムの意見が聞きたい」

『はあ。なんなりと』

「いま、……私にできる術は限られている。一つ、自由に生き物を産み出す術。二つ、自由に道具を産み出す術」

『えっ、おっ、すごっ、いや、えっと、わ、わかりました』

「……この手札で、できるかぎり効率的に君たち”魔族”を救済したい。……君ならどうする?」


 すると、シムは興味深い知的パズルを供されたように尾を振って、


『ええと……そ、その。”自由に”っていうのは、本当に制限なく、ですか? 例えば、人族の街を一瞬で粉砕する爆弾、とか』

「“なんでも”って訳じゃないけど、それくらいはできると思う、多分」

『ほ、ほ、ほえぇぇぇぇ……』

「とりあえず今は、君なりに案を出してもらえないかい。けど条件が三つある。なるべく殺人はなし、動物虐待もなし、弱い者イジメもなし、だ」

『ハ、ハイ』


 言って、シムはしばらく部屋の中をぐるぐる回り始めた。ブツブツと口の中で独り言を言っているが、京太郎の耳には聞き取れない音量である。

 少しでも自分の優秀さをアピールしたいのか、その返答は早かった。


『……そそ、即効性のあるものならば二つ三つ、案があります』

「やるなあ」

『た、ただ、それはぜんぶ、”人族”を殺さないまでも、何らかの間接的な打撃を与えることが前提でして……。ご、ごめんなさい。やっぱり今のは、なし、で。む、難しいです、ね。……一つの種族が繁栄するってことは、別の種族の領地を奪うことに繋がるから……』

「間接的……か」


 京太郎はこっそり落胆する。

 さすがに無茶ぶりだったか。


「一応、その案も聞かせてもらっていいかな」

『い、いちばん単純なものでは、”人族”の土地を枯れさせて撤退を促し、そこを侵略の足がかりにする、というものです。枯れさせるべき土地の提案も、あります。……ち、ち、地上の知識は、村一番の自信がありますので……』


 なるほど。即興で考えたにしては……まずまず、といったところか。


『で、で、でも! それは、そういうのは、ナシってことにし、し、しましょう! ぼ、ぼくも、”人族”が苦しむところをみたくないですし、それに、……』


 シムは言葉に詰まって、なんだか泣きそうな顔をつくる。


「それに?」


 京太郎が先を促すと、


『きょ、京太郎さまの……その、できるだけひ、被害を少なくしたい、っていう、その、……きもちを、た、大切にしたい、という、か……む、むずかしい、です、けど』


 そう言われると、少し照れくさいが。


「でも私だって、なんの犠牲も払わずに世界を変えようとは思ってないよ」

『それでも、……被害は考えられる限り、最小限度、です!』


 理想を追うことは構わないが……。

 正直、それで仕事の効率が著しく落ちる、というのも困る。

 そんな京太郎に、若い”ウェアウルフ”は口ごもりながら……一言一言、岩に刻み込むにして、言った。


『ち、ち、地上を追われてから、……ね、姉さん、リムは、この村のために、みんなのために、い、いろんなことをぎ、犠牲にして、……それで、……優しかった姉さんは……変わってしまったから……』


 京太郎は何とも言えず、唇をへの字にしている。 


『け、け、結果が正しくても、やり方を間違えたら……きっと、京太郎さまも、同じ・・なってしまう、と……思うん、です』


 少年の悲壮な顔つきに、京太郎は自分の過去の姿を見た。

 悔しいことや、不平等なこと、理不尽なことに対して猛然と立ち向かっていた、若い時代を。


『ぼ、ぼ、ぼくは、……優しい神様がいる世界に棲みたい……です。ハイ』


 なんだかむしょうにモゾモゾするものを感じ、後頭部を掻く。

 ちょうどいま、自分には万能の力などないことが判明したばかりなのだが。

 口元には自然、営業向けの作り物でない、本当の笑みが浮かんでいた。


「……ふう、む」


 そして、この新たな友人の頭を撫でてやる。少年は心地よさそうに目をつぶる。


「そうだな。私もそう思う」


 大学を卒業してからずっと、厳しい社会の中でどうにか生きていこうと必死に足掻いてきた。

 この世界が残酷だと言うことなど、とっくの昔からわかりきっている。

 だからこそ、彼の理想には共鳴するものがあった。


「良い仕事をしよう。人々を笑顔にするような、ね」


 思えば、――歳を取るごとに、同い年の友人は一人、また一人と疎遠になっていった。

 子供の頃のように遊べる仲間は、もはや一人もいない。


 坂本京太郎は内心、シムのような、話せる友人を求めていたのかもしれない。



 その後、京太郎はシムから、いくつかの情報を得た。


『といっても、う、うちの集落から得られる情報なんて、全体の一握りに過ぎません、けど……』


 とはいえ、ほとんどゼロから情報収集をスタートしている京太郎にとっては、極めて有意義である。

 手に入れた情報は、大きく三つ。


 一つ。現状、この世界に存在する”魔族”の大半は、”人族”が迷宮メイズと呼ぶ超巨大な地下迷宮に棲んでいること。


 二つ。迷宮メイズが生まれたのは今から千年以上も前。強力な魔法を操る”魔族”の王により、最後の避難所として創られたものであること。


 三つ。迷宮メイズの出入り口には、”人族”が住む巨大な都市が広がっており、”人族”は日々迷宮メイズ攻略のため不死の”人族”(一般には探索者と呼ばれている)を送り込んでいること。


「ふむふむ……」


 京太郎は丁寧にメモを取りながら、唸る。


「一つ、質問いいかい」

『何百個でも、お、お受けします』

「話を聞く限り、”人族”は不死で、数も多い。対する君たちは、命は一つきりで、数も少ない。……軍隊でも編成されてしまえば、あっという間に滅ぼされてしまうんじゃないかと思うんだが」

『えっと。……り、理由はいくつかありますが、一つは、”魔女”さまの御力なのです』

「”魔女”、か」


 一度だけリムが口にしていたな。”魔女”から連絡がない、とかどうとか。


『”魔女”さまは、こ、この迷宮メイズを創った王様のお妃様で、いまも現役で”人族”と戦っていらっしゃるお方です。その”魔女”さまが秘密の方法で結界を張ってるんだ、と、き、聞いてます』

「結界?」

『は、はい。”魔女”さまの固有魔法で、……”人族”の間では、”チレヂレの呪い”と呼ばれているようですね』

れってことかね」

『…………? エエト……』


 翻訳の問題だろうか。巧く伝わっていないらしく、なんだか不思議そうに少年が首を傾げる。

 京太郎は「気にしないで、続けて」と笑った。


『ち、”チレヂレの呪い”は、探索者たちが軍団を編成できなくするための呪いです。具体的に言うと、一日に六名以上の”人族”が、この迷宮メイズに侵入してくることはないのです』

「なるほど。一日に六人」


 京太郎は、手元のToDoリストに『今日の目標:魔女と会う』を書き加えて、


――言われてみれば、昨日出くわしたソフィアって人たちも六人組だった気がするな。


『そ、そ、それに加えて、迷宮メイズ内には無限に増殖・設置される”魔物”や”罠”があるので……こ、こ、この数十年間、ぼくたちはそれなりに平和に暮らしてきたのです』

「だが……最近ではそうでもなくなったんだね」

『ええ。……こ、こ、この迷宮メイズは、全部で五階層まであるのですが、その、か、か、階層ごとに……ええと、とっても強い”魔族”がい、い、いるんです』

「ボスモンスターってとこだな」

『え? ぼす……?』

「なんでもない」

『とにかく、ここのすぐ上の第二階層には……火を噴くドラゴンのおじさんがいて……それがどうも、”人族”にた、た、倒されちゃったんじゃないか、と』

「ふむ」


 京太郎は深く頷いて、


「そりゃ、すぐにチェックしに行かないと」

『ええ……』


 シムは物憂げに応える。

 新たな一行をToDoリストに書き加えて、京太郎は立ち上がった。


「ひとつ。そのドラゴンおじさんの安否を確かめる。ふたつ。”魔女”と会う。……悪いがシム、案内頼めるかい」

『も、も、も、もちろんです光栄です!』

「あ、でも、その前に……」


 時計を見る。あれこれ話し合ったせいで、すでに時刻は昼前だ。


「飯にしようか」

『はい!』


 それは、シムと出会ってから一番元気の良い『はい』だった。

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