第14話 勇者というもの
ウェパルがデスクの棚を開くと、事務系の文房具屋にありそうなショボい金庫が入っていた。
「えーっと。”
「自分から暗証番号を言っていくのか……」
さすがにちょっと、セキュリティガバガバすぎないだろうか。
「この会社には良い人しかいないから。へーきへーき」
「……信頼してもらえているのは嬉しいけども」
カパりと金庫を開くと、中には異世界の鍵……と思しき、数字が書き込まれた札付きの鍵が整頓されて入っていた。
「やっぱ異世界って、他にもあるの?」
「あるよ」
「いくつくらい?」
「………………さあ?」
なんでそんなこと気になるの? とばかりに首を傾げるウェパル。これは応えられないというより、本当に知らないだけのようだ。
――だが、……昨日見た『ルールブック』には”WORLD0147”とあったな。
0が四つある、ということはつまり、最低でも1000個以上の”異世界”が存在することにはならないだろうか。
もしそうなら……なんだか、頭のくらくらする話だ。
砂利道の小石を一つ拾い上げて、「これがお前の世界だ」と突きつけられたかのような。
すこし気がかりだったのは、自分のいるこの世界は、その1000個のうちの一つに過ぎないのだろうか、ということ。
うまく言えないが、自分の故郷であるこの世界は特別なものであってほしいという気持ちがあった。
とはいえ、――それについてウェパルに訊ねたところで答えは返ってこないだろう。
やがて京太郎は、深く考えることを止めた。そもそも、この宇宙の全貌について考えることなど、人生のうちでもそうそうあることではない。自分の周りにある小さな人間関係を丸く収めるだけでも厄介なのだ、目に見えないところまで気を配っている余裕はない、というのが正直なところである。
ウェパルはぞんざいに異世界の鍵を放り投げ、
「使い方はわかるよね」
「……昨日、ソロモンさんが使ってるのをみたからね。でも、念のためもう一度教えてもらっていいかな」
「難しくはない。鍵を開けたら、扉の横のフックにかけとくの。そんだけ。……みんなしょっちゅう間違って鍵ごと持って行っちゃうんだけど、そうなると誰が仕事中かわからなくなるから。困る」
「なるほどね」
今どき賃貸物件の裏口にも使わなそうな銀色の鍵をまじまじの眺めた後、京太郎はオフィスの奥、――行き止まりの位置にある鉄扉に向かう。
鍵を鍵穴に差し込むと、扉全体が少し震えた。
きっといま、この瞬間……この世界と異世界が接続されたのだ。――本能的にそう思う。
扉の横には鍵をひっかけられる場所があったので、言われたとおり”0032”と書かれているところにひっかけ、
「じゃ、いってきます」
「うーい」
扉を開く。
管理業務、二日目の始まりである。
▼
扉を開くとそこは、――昨日、一時間ほど過ごした部屋であった。
そしてその中央には、ダンゴムシのように丸まっている毛玉がある。
一瞬それが何かわからず、近くによって、――
「うわっ」
昨日の”亜人”、――シムだとわかった。
「何やってんの」
『お、――お、おっ』
変なうめき声のあと、
『おはようございましゅ』
本日二人目の寝ぼけ眼と目が合う。
どういう理由かわからないが、どうやら一晩中そこで帰りを待っていたらしい。
……で、待ち疲れて眠ってしまった、と。
「別に、そこまでしなくても良かったのに」
『と、トンデモ、ない、です! こんな興味深いこと、ぼく、人生で初めてで……! い、い、一週間だって、ここで粘ってるつもりだったんですから!』
そういうものだろうか。
目をキラキラさせるシムに首を傾げつつ、
『こ、これからあなたは、世界の歴史にのこるような、い、い、偉大なことを始めるつもりだって、ぼく、わかるんです! そうでしょう? あなたは、魔法使いだなんてとんでもない。……”神の使い”なんだ』
「……む」
京太郎は唇を尖らせて不満げに、
「自分を天使だと思ったことはない。私は仕事をしにきてるだけだ」
『でもでも、……れ、歴史をひもとくと、時代の節目には、あなたのような人が現れて大きな変革をもたらしたって、か、書いてあるんです』
シムは、あらかじめ用意していたらしい書籍を何冊か引っ張り出して、京太郎に見せる。
そこには、雲間から降り注ぐ光と共に降臨するひげもじゃの男と、彼をあがめる人間の姿が描かれていた。
ひげもじゃの背中の方を注目すると、今し方京太郎が通ってきた扉と似たデザインのものが見える。
「……あー。……なるほど。こりゃきっと、前任者だろうな」
『え?』
「この世界の前の担当ってこと。私は昨日この仕事に就いたばかりだから」
『そ、そ、そうだったんですか。――ちょっと残念だな。ずっと、造物主と出会ったら、一言言ってやろうと思ってたのに』
「……具体的には?」
『そ、そ、そりゃもう! なんであなたは、”人族”ばっかりえこひいきするんですかって!』
「ふむ」
京太郎は少し腕を組んで、
「その機会があるかどうかわからないけど、もし彼に会ったら伝えておくよ」
『お、お願いしま、す! ……あっでも、やっぱり天罰とか怖いからいいです!』
「どっちやねん」
数十秒前には寝ていたと思えないほどシムは興奮していた。混乱している、と言い換えることもできるかもしれない。
犬顔の少年は、落ち着きなく部屋をぐるぐる回りながら、
『そ、そ、それよりとにかく、肝心なことは。……あなたは、数百年の時を超えてようやく、ぼくたちの手助けをしてくれるってこと。でしょ?』
「まあ、そうだね」
『やったあ!』
犬顔の少年が両手を挙げる。
それは、どことなく餌をねだる仔犬の仕草を彷彿とさせた。
「じゃあ、君もリムを説得してくれるよな」
『そ、そ、そ、それは無理ですね。ぼく、群れではぜんぜん信頼されてないんで。姉……いや、り、リムだって……ぼくを信じてくれるとは、思えないです、はい』
「そうなの?」
『はい。ぼ、ぼく、いわゆる変わり者ってやつですから』
だろうね、と、小さくうなる。
正直、出会ったときから少し落ち着きの無い子だとは思っていた。だが、それが異常だとは思えなかったのだ。
京太郎は未だ、この世界での”普通”がよくわからないでいる。
「じゃあ、知恵を貸してくれるだけでいい。……正直、私は自分の力を持て余してるんだ。目的だってはっきりしてるんだが、そこにたどり着くまで、どうすればいいかわからないでいる」
すると、シムは尻尾と一緒にぴんとその場に直立し、
『一つ、提案があります』
「ふむ?」
『いま、この世界でぼくたちを苦しめてる原因は一つ。――ゆ、ゆ、ゆ、”勇者”です。あの”勇者”を取り除くことができれば、いまの”人族”優勢の状況から、だ、だ、だ、脱出できる、ん、じゃないか、という』
「”勇者”」
京太郎は口をへの字にする。
どういう形であれ、殺しの提案であれば却下するつもりでいた。夜、寝る前にお化けが出てくる気がして落ち着かないためである。これは、彼の少年時代のトラウマと関係していた。坂本京太郎は、『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』に出てくる異世界のお化けが現実世界に現れるシーンを未だに恐れているのだ。
『とはいえ、……その、ご存じかも知れませんが……”勇者”は殺せません』
「殺せない……?」
そういえば昨日、ソフィアが言っていたな。
――”勇者の仲間”である印を刻まれた者は不死となり、万一冒険の途中で息絶えても教会で蘇る。
とか、なんとか。
「殺せない生き物、か」
どうにも、物事の道理に反する話だと思えた。
”死”なない人間などと。
ディストピアもののSFじゃあるまいし。
ほとんど反射的に、京太郎は『ルールブック』を手に取っている。
”勇者”の項目は、”基礎ルール”の中ほどにあった。
【名称:勇者
番号:GG-5
説明:世界に八人いる”人族”の守護者。
彼らはそれぞれ、極めて優先度の高い現実改変を行うマジック・アイテムを有しており、それがなくとも一人一人が平均的なドラゴンに匹敵するほどに強い。
また、もれなく全員不死の属性を与えられており、魔術によって魂も汚染されないこととする。
死亡時は肉体が瞬時に消滅し魂魄体となり、以前に”セーブ”した教会まで物理的障壁を通り抜けて飛んでいく。教会では復活専用の聖櫃が祭られており、そこに不死鳥の血を落とすことで死者は蘇ることとする。
補遺:冒険の途中、仲間が死ぬとめっちゃテンション下がる、というクレームがあったので、”勇者”は仲間にも不死を付与できる能力を与えることにする。
補遺2:スケベなことばっかりして”人族”をいじめる”勇者”がいるので、”勇者”になったものの性欲は常人の十分の一ほどに抑えることにする。
補遺3:あんまり戦闘に向いてない性格の”勇者”がいるので、みんなちょっとずつ好戦的な性格に改変する。
補遺4:”勇者”同士の戦闘は許されない。数キロ圏内で”勇者”に与えられたマジック・アイテムの起動を検知した場合、罰としてお互い”
補遺5:”勇者”はそれぞれ領地を定め、その領地内でのみ活動するように。
補遺6:”勇者”は戦争をしない。】
【名称:勇者の紋章
番号:GG-15
説明:勇者たちのクレームにより付け加えられたルール。
”勇者”自らの手で紋章(デザインは自由)を刻み込むことにより、”人族”を不死とする。不死の仕様は基本的に”勇者”のそれと一緒。】
ぱたんと『ルールブック』閉じ、眉間を軽く揉む。
――やりたいことはわかる、が……。
こんなルールを作ってしまったらどうなるかなど、想像がつきそうなものなのに。
ここで問題になるのは、この”勇者”のルールが”基礎ルール”の項目に書かれている点である。
すでに何度か試しているが、《基礎ルール》《時間・空間》《文化・思想》の部分は京太郎には変更することができない。
つまり京太郎は、「一部の”人族”は不死である」というハンディキャップを抱えたまま、”魔族”たちを繁栄させなければならない、ということで……。
――マジかよ。厄介だな。
一番良いのは、ソロモンにお願いしてこのルールを根本的に改変してもらうこと、だが。
ことはそう単純ではない気もする。
――もし、……”勇者を殺す”という一文を書き込むだけでこの世界の何もかもが解決するっていうのなら……そもそも、私が派遣される理由がない気がするし。
もちろんこれは、考えすぎかもしれない。
だが経験上、そういう嫌な予感に限って、――良く当たるのだ。本当に。
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