第16話 食肉獣(加工済)

 部屋を出ると、羊頭のメロフと目が合った。


――いったん家に帰ったりしてたから忘れてたけど、そういや軟禁されてたんだっけ。


 あるいは、勝手に出て行ってしまうと、彼は罰せられてしまうだろうか。

 京太郎は少し申し訳ない気持ちで、


「今から出かけるけど。いいかい」

『は、は、はひぃ!』


 恐縮した軍人のように、直立不動の態勢をとるメロフ。


『ほ、本当はその、できるだけ外出は控えていただくよう、お伝えするのが筋、なのですが! 私、あなたの邪魔をしないことに決めたのです!』

「へ……ああ、そうなの?」


 唐突な宣言に、京太郎は首を傾げる。

 すると彼は、震える声で、唐突に告白を始めた。


『私、失礼ながらここで、お二人の話をこっそり聞いておりました!』

「ん?」


 京太郎は目を丸くして羊頭の男と見つめ合う。

 ”亜人デミ”にしては表情豊かな彼は、肉食獣に噛まれる一秒前みたいな顔でびしっと天井を見上げ、


『わ、私はあなたを、信じますっ! からっ! 村のみんなにも! そう言いますからっ』

「あっ、……うん、ありがと」

『こ、ここ、この世界を救ってください! みんなが笑って暮らせる世界を! 理想郷の実現をッ!』


 苦笑いしつつ、そろりそろりと彼の隣を横切っていく。

 さすがに「理想郷の実現」と言われても、肩の荷が重すぎる気がした。

 もちろん、そこを目指すべきだということは間違いない、が。

 その背に、甲高いキイキイ声で、


『ご武運を!』

「う、うん……」


 胡乱に応えたが、京太郎は内心、自分の武運で何かが解決するような事態にはならないことを望んでいる。



 京太郎が広場に出ると、すでに”回復の泉”の前には”亜人デミ”の行列ができていた。

 すでに一部の亜人が音頭を取っていて、村人全員に行き渡るようにスープと付け合わせの、藻と茸を簡単に炒めただけの料理が配られている。


『あっ、……こ、これきっと、けっこう時間かかっちゃいますね。ぼく、ならんできます!』

「いや、いいよ」


 京太郎は慌てて言った。できればあのマズそうな炒め物を間近で見たくなかったためだ。


「新しく……何か出してみよう」

『わあっ。つ、ついにっ、その不思議な本の力が見られるんですね?』


 シムは嬉しそうに歓声をあげた。

 そんな二人の周囲には、すでに”亜人デミ”の子供たちが集まってきている。

 どうやら、京太郎が『ルールブック』を開くと美味しいものが出てくると、すでに村中に知れ渡っているらしい。


 京太郎はちょっと困った顔で笑って、近くにいられると集中できないから、と、彼らを遠ざけた。

 花に水をやりすぎては枯れる。ドラえもんだって、秘密道具を利用してどら焼きの本格的な量産体制を作らなかっただろう。

 とはいえ、この場では少しくらい大盤振る舞いしたって構わないだろう、という気持ちも生まれている。

 この場所は、明らかに食糧が足りていないようだし。


「シム、一つ聞いて良いかな」

『はいっ』

「いまさらだけど……念のため、君たち亜人デミの食性が知りたいんだ。……例えば……」


 京太郎は子供の頃、犬を飼っていた時期の記憶を思い出して、


「イヌ科なら確か、ネギとかチョコレート、柑橘類がダメだったはずだろ?」

『い、犬……。えっと、ぼくたちは、犬とは違う生き物なので……もちろん、匂いのきついものが苦手とか、好みはありますが』

「そうか。ならいいんだけど」


 ひょっとすると、亜人を動物扱いするのは失礼に当たるのかもしれない。

 内心反省しつつ、京太郎は『ルールブック』にペンを走らせた。


【名称:加工済み食肉獣

 番号:SK-5

 説明:迷宮、第三階層に多く出現する、缶詰に手足と羽根が生えたような形の動物。外皮は鋼鉄で覆われているが、身体にプルトップ状の部位があり、そこを引っ張るだけで簡単に中身が食べられるようになる。中にはこの世界に存在する様々な食用家畜の肉、魚類、貝類などが美味しく調理されたものが入っている。

 なお、食肉獣は生命というより機械の一種で、繁殖なども行わない。運良く見つけられた人は美味しい想いができるという、いわばボーナスキャラのようなものである。

 補遺:試供品として、動かなくなった食肉獣を五十個ほど段ボール詰めにして用意してください。】


 同時に、段ボール箱がぽかんと京太郎の前に落下してくる。

 京太郎は、今朝コンビニで買ってきたいろはすを嘗める程度飲んで、段ボールをあけた。

 中には、思った通りのものが入っている。

 直径10センチほどの缶詰ボディに、とってつけたような手足と羽根。

 宇宙人の触覚を思わせる、ぴょこんと飛び出した二本の目玉。

 プルトップを引っ張ってやると、ふわっと湯気で眼鏡が曇った。


「おおっ」


 中身は、どうやら厚切りのステーキのようだ。一つ、指でつまんで口の中に放り込むと、とろとろの肉が口の中で溶けるように消えていった。塩こしょうの具合もほどよい。わざわざ”美味しく調理されたもの”と書き込んだだけはある。


「……ん。こりゃいいや」


 とはいえ、一つ缶詰を食べ終えると、もう十分、という気になっていた。

 普段はもっと食べるのだが、やはり状況が状況なこともあって、胃が収縮しているのかもしれない。


 京太郎は、弁当代わりに缶詰を二つ鞄に入れて、シムにも三つほど渡した後、残りを、よだれを垂らしてみている亜人の子供たちにプレゼントした。

 同時に、ゾンビのように幼い亜人たちが段ボールに殺到する。


「いま、足になる生き物を呼ぶから、――食事は道中済ませよう。五時までにその、”魔女”って人と顔合わせを済ませたい」

『ハ、ハイ』

「……あ、それと、ひょっとするとしばらく帰られなくなるかもしれない。家族に挨拶したほうが良いかも知れないよ」

『い、い、いいんです』


 少年は眼を細めて笑って、


『もう、ぼくの命は、京太郎さまに捧げると決めましたので』

「……いや、さすがに重いぞ、それ」


 苦く言う。シムはふふふと笑うばかりだった。

 そんな二人が、村の門に行き当たったあたりだろうか。


『待ちな』


 背中から、声が掛かる。

 振り向くと、――村の頭領、リムであった。

 彼女は、剣呑な表情で金色の眼を輝かせながら、言う。


『なあ、そこの”人族”。アタシの弟連れて、――どこ行く気だい』

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