第9話 道中にて
四方を人狼に包囲されながら、ぞろぞろと洞窟内を歩く。
洞窟、といっても、足下の凹凸は少なく、ほとんど舗装された道路と変わらない。恐らくここも自然に出来たものではなく、先ほどの迷宮都市と同じく、人工的な空間なのだろう。
とはいえ、ここまで大規模な工事を物理的に行えるとも思えない。
ここにも何か、人智を超えた術が使われていることは間違いなかった。
道中にて、盗むように『ルールブック』で確認したところ、
【名称:ウェアウルフ
番号:GG-1091
説明:”人族”と狼の子が繁殖した種。
”人族”は性欲が旺盛で、男同士、女同士、果ては犬猫昆虫、絵に描いた餅にすら性的興奮を覚える種族であるので、時々こういうのが産まれても良いことにする。
ウェアウルフはかなり”人族”に近しい生命体であり、平均的な知能指数が高く、食性も”人族”とほぼ同等。”亜人”シリーズが群れを形成する場合、基本的にウェアウルフが指導者となることは間違いない。
補遺:ウェアウルフは”人族”に化ける術を持っているものが多く、人間の村に紛れて生活している個体もいる。】
どうやら連中、正式には”ウェアウルフ”というらしい。
「”人族”に化けられる、か……」
小さく呟く。
それは、人間同士であれば聞き逃してしまうようなかすかな音量だったが、
『アンタは化けてるってワケじゃないんだろう?』
当然のようにリムは応えた。
「そうだね。私はこれがありのままの姿だ」
『……あんたが傷つかないのは、そのマジック・アイテムを使ってるからかい?』
一瞬迷ったが、京太郎は真実を口にする。
「そんなとこだ。……あ、ちなみに忠告しておくが、コレを盗もうったって、痛い想いするだけだからな」
『わかってるよ。それを予想できないくらい、アタシらは馬鹿じゃない。何かの術がかかってるってことだろ』
「まあね」
自信満々に言うが、実を言うとこれは完全なハッタリだった。いま『ルールブック』を力尽くで奪われた場合、京太郎はどうすればいいか検討もつかない。
素知らぬ顔を作りつつ、かつてないほどの速筆で、
【管理情報:その7
ルールブックはかんりにんいがいさわれません。さわるとビリッとしびれます。】
と書き込み、大切に鞄の中に仕舞う。
『ところで、一つ聞きたいんだがねえ』
「なんでもどうぞ」
『あんたさっき、この場所には仕事しに来てる、……みたいに言ってたよね』
「ああ」
『ってことは、あんたに仕事を依頼した何者かがいるってことだ。違うかい?』
京太郎は内心、そんなふうに子供に噛んで含めるように言わなくて良いのに、と思っている。
「そうだな」
『そいつの正体は?』
「それなんだが、私自身、よくわかってないんだ」
『わからない?』
「さっき、十数分くらいの簡単な講習を受けて、この世界に放り出されたばっかりだからね」
そこで京太郎は一瞬、”神”というワードを彼らの前で出すか迷った。
思うに、あのソロモンと名乗った美形の白人は恐らく、その手の超常的存在なのではないか。
だが、確証はなかった。
ひょっとするとソロモンもまた、京太郎と同じく雇われの身である可能性は捨てきれない。
適当なことを言って彼らを混乱させるわけにはいかなかった。
「聞いた限りでは……なんでも、”魔族”が滅びるとこの世界はメチャクチャになってしまって、何もかもおしまいになるらしくてな。私がそれを防ぐ必要があるんだと」
『へえ。そうなのかい?』
「君たちの間で、そういう話は聞かないのかい?」
『……。初耳だね』
「そうか」
『でも、それが事実ならいい気味ってところだ。”人族”は大喜びでアタシらを殺して回ってるが、結果的にそれは連中の首を絞めるってことになるワケだろ』
「ああ。……まあ、君の自滅願望はともかく、私は君らの置かれている状況をひっくり返しに来た、ということだ」
『フウ……ン……』
辺りが少しずつ暗闇に染まっていく中、値踏みするような人狼たちの金色の目だけが輝いて見える。
恐らく、今の話は半分ほども信用されていないであろう。
この空気には覚えがあった。
コミュ力のある友人に誘われて疑心暗鬼系のゲームで遊ぶサークルに参加する羽目になったことがある。その時、こっちは完全にシロなのにどれだけ誠意を持って説明しても周囲の信用を得られなかった。
信頼というのは、言葉で手に入れるものではない。
行動で勝ち得なければ。
『おい、姉御』
『なんだい?』
『マジで、……この間抜け野郎の与太話を信じるつもりか?』
京太郎を取り囲んでいた中の一人が、先導するリムに声をかける。
ちなみに”間抜け野郎の与太話”の部分は、意図的に京太郎に聞こえるよう、声量を上げていた。
『言葉を選びな、フリン』
京太郎は、”フリン”と呼ばれた人狼の外見と名を素早く観察し、記憶する。
敵意を持って接する者がいるのであれば、むしろそこから信頼を得ていくべきだ。それが自分の立場を明確にする近道だとわかっている。
『だが、村には……余分な食糧だってもう、……』
「あ、食べ物なら厄介になる必要はないよ。そんなに腹減ってないし」
『うるせえっ。お前には聞いてないっ』
――さっきも思ったけどこいつら、怒ると牙をむくんだな。
『なあ、フリン。もうちょっと前向きに考えなよ。吉兆の可能性だってあるじゃないか』
『しかし……』
『わかってるだろ。長年”
『じゃあ……やっぱりもっと下の階層へ逃げるしか』
『馬鹿言うんじゃない。アタシ等じゃあ下層の怪物どもとは渡り合えない。ガキどもだっているんだよ?』
『それはそうかも、だが……ッ』
フリンは、この議論に勝つのは無理筋だと気付いたらしく、さりげなく話題を変えた。
『――竜のオッサンはまだ死んじゃいない可能性だってッ!』
『そうだとしても、”人族”の侵入を止められなくなっちまったんだから一緒さ。……頼みの”魔女”様の連絡もないし、……これが、目の前に垂らされた最後の蜘蛛の糸の可能性もある』
気まずい空気が流れた。
京太郎は、全身にちくちくするものを感じながら、ただ歩いていることしかできない。
はっきりしているのは、リムがいましている行動は、彼らの種族にとって一世一代の賭けである、ということ。
そして、坂本京太郎はできるかぎりその期待に応えるつもりである、ということだった。
”魔族”の村に到着したのは、それから間もなくである。
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